「やはり素晴らしい」。連子格子や切子格子を備えた家々が軒を連ねる景色を眺めながら、私は思わずそうつぶやく。ここは津市芸濃町楠原。伊勢別街道の宿場の一つである楠原宿があった場所。椋本宿と関宿の間に位置し、集落の真ん中付近には街道が直角に折れ曲がる「桝形」が残っており、多くの旅人が行きかった往時の風情を感じさせる町並みが広がる。
 私が素晴らしいと感じているのは、景色そのもの以上にこの町に住む人々の心意気である。通りに沿って立ち並ぶ家々をよく見ると、姿かたちは似ていても、古いものと比較的新しいものが混在していることがわかる。つまり、この歴史的な深みを感じさせる景観は、古い家と調和するようできる限り建築様式が揃えられていることに起因している。
 そして、観光地として多くの人々が訪れる中で実利を兼ねて残されてきたのではなく、ここに住む人たちの思いによって、今もこの町並みが守られているのである。近年、津市の景観計画で景観形成地区にも指定されたが、それ以前から地域住民が自主的に景観を守ってきたというわけだ。
 津から亀山へ抜ける際には津関線を通る津市民がほとんどなので、ひっそりと美しい町並みが広がっていることを知らない人も多いはず。平日の昼間に、人々の営みや息遣いを感じながら、この景色を独り占めしながら闊歩するのはこの上ない贅沢である。
 楠原の集落を抜けると、すぐに津市と亀山市の境と国道25号バイパスの「名阪国道」。この旅を始める前に挙がっていた歩く道の候補に、国道25号本線もあったことを思い出した。国道にも関わらず、整備が行き届いていない酷道として有名な道である。余談だが、連載で国道を4本踏破するなど、道を步くことが生業の一部となっている私は、CBCで火曜深夜に放送中の「道との遭遇」というバラエティ番組のファンである。全国各地の様々な車道・歩道にフォーカスを当てており、名阪国道のオメガカーブや、本線の酷道ぶりも紹介されていた。道に潜む未知を解き明かす内容にシンパシーを感じつつ、初回から欠かさず視聴している。
 時刻は11時過ぎと少し早めだが、近くの川森食堂で昼食。数ある亀山味噌焼きうどんが食べられる店の中でも私のお気に入り。ガツンとにんにくが効いた濃厚な味わいがたまらない。3代目店主の川森篤さんとは懇意で近年、何度かお店にお邪魔したものの、タイミングが合わず、しばらく直接顔を合わせていない。「今日こそは」という気持ちで店に入るとあいにくまた留守のよう。再び会える日を楽しみにしつつ、ホルモンみそ焼きうどん定食をオーダー。食欲をそそる香りに誘われるがままに夢中でうどんをすすると、亀山駅からここまで歩いた疲れも吹き飛んでしまう。
 腹ごしらえも終わり店を後にすると、いよいよ伊勢別街道を辿る旅の目的地である関宿はもう目と鼻の先。(本紙報道部長・麻生純矢)