2023年9月

三重大学の持つ知識を一般と共有しようと各分野の専門家を招き隔月ペースで開いている津市・津市民文化祭実行委員会主催の三重大学シリーズ、第108回文化講演会?「発見塾」が9月16日㈯13時半~15時、津リージョンプラザ1階中央保健センター待合ホールで開かれる。主催=津市民文化祭実行委員会・津市。主管=津文化協会。後援=三重大学、本紙。
 今回の講師は同大学教育学部の大坪慶之教授。演題は『西太后統治下の清朝と近代世界』。
 大坪教授は「19世紀後半の中国では清朝の統治のもと西太后という一人の女性が政治を左右していました。当時の東アジア世界は、西洋諸国と対峙する中で大きな変動期を迎えています。例えば日本では、幕末・維新を経て明治政府により近代国家が建設されていきます。
 一方の中国は、17世紀以来続く清朝が近代世界の中で存続を図るために自ら変革を試みます。そのような時代の中国の政治はどのようなものだったのでしょうか。『稀代の悪女』とのイメージもある西太后ですが、47年もの長きにわたり実権を維持した例は世界的にも珍しいものです。その治世について清朝の統治構造、朝廷内の政治の動きからみてみましょう」と話す。入場無料、事前申込み不要。直接会場へ。
 問い合わせは☎090・1236・1144辻本さん。
 尚、会場は土足厳禁で履物の収納スペースは設置されている下駄箱を使用。

 津市榊原町の「湯元榊原舘」は、歴史講座と温泉入浴とを組み合わせた人気企画の第4弾「みえを知る旅Ⅳ」を10月~来年3月にかけ開く。
 古くから伊勢神宮の参拝にあたって、身を清める〝湯ごり〟の地としての役割を果たしてきた榊原温泉。百年以上の歴史を持つ老舗温泉旅館の同館は、歴史教室「みえを知る旅」をこれまで3期開催。三重県民でも知ってるつもりで知らない県内の歴史や文化風土を学ぶ場で、毎回定員いっぱいの70名が集まるほどの好評を博している。
 「みえを知る旅Ⅳ」は全6回。「北勢と伊賀」をテーマに、江戸末期から明治維新の転換期に幕府側の立場を貫いた桑名藩や、俳聖・松尾芭蕉などを題材とする。
 ①「桑名の幕末1~松平越中家と京都」…10月30日10時〜12時、講師は桑名市博物館の杉本竜館長②「萬古焼中興の祖・森有節と作品の魅力」…11月13日10時〜12時、講師は朝日町歴史博物館学芸員の浅川充弘さん③「帝政ロシアを見た船頭・大黒屋光太夫」…12月11日10時〜12時、講師は鈴鹿市文化スポーツ部文化財課の学芸員の代田美里さん④「松尾芭蕉が作り上げた世界〈1〉~四時を友とす」…1月22日10時〜12時、講師は伊賀市松尾芭蕉記念館学芸員の髙井悠子さん⑤「稲葉三衛門と四日市港修築事業」…2月19日、三重県立北星高等学校教諭の石原佳樹さん⑥「草奉行…平松楽斎」…3月11日10時~12時、講師は三重郷土会常任理事の浅生悦生さん。
 参加は湯元榊原舘、道の駅津かわげ、アスト津2階の津市観光協会と三重県観光連盟、三重県庁1階の三重県観光局に設置の専用申込用紙に記入しFAXで送信。定員先着70名。参加費は6回分6000円(入浴料込み)の一括払い。締切りは10月6日。問い合わせは同舘津252・0206へ。

 先日、京都産業大学名誉教授所功先生の随筆を拝読いたしました。題名は「君が代」「細石の巌となりて」の意味です。これを読んだ時、ふと学生の時に担当してくださった教授がよく似た内容の話を懐かしく想い出しました。
 国歌「君が代」は人を尊敬し、和の気持を大切にする(長寿と繁栄)歌と思っています。十世紀の延喜五年(九〇五)『古今和歌集』巻七、三四三番賀歌にある「君が代は千代に八千代に細石の巌となりて苔の産すまで
詠み人知らず」が採用されたものです。「君」は年長の親しい人を指し、「代」は世・時代でその地位を務める人を指します。一時期(悲しい第二次大戦時)は軍の国体護持に使用された事がありましたが、今はそれを乗り越えて平成十一年(一九九九)八月に制定された国旗国歌に関する法律で決められています。
 この歌は末永く国の繁栄と個々の力が集まり、それはまるで小さな石が積み重なり、長い年月をかけて大きな岩の塊(細石の巌)となり、それに苔が生えるまでの国や人々の生や気持を守っていこうとする祝歌と感じています。なんとステキな寿歌でしょう!
 私はこの歌に詠まれている「苔」のところが好きです。苔は岩や木の根っこに生えて、水分を栄養分としている花の咲かない小さな植物です。「苔むす」とは長い時間がかかり古くなったもので、永久のものの一つに使われます。
 苔はひっそりと生え、でも潤いと繊細さがあり、力強さがあります。
 平安時代の貴族の華やかにみられる梅、桜、紅葉に対して、次の世の武士や人々は質素、閑静の中にもみずみずしい美しさをとらえて、そこにある侘び寂びの風情を苔のもつ力に日本人の精神を見い出しているのでしょう。
 年に一~二回滋賀県の永源寺の庭を訪ねます。夏は緑の木々を鑑賞し生きるパワーを、秋には真っ赤に色づき血染めの紅葉といわれる紅葉を長時間眺めています。その下にびっしりと敷かれている苔が木々の戯れを支えています。ひっそりと味わい深くその場所を守るかのように苔があります。花々の艶やかさと苔の地味の美しさを教えてくれます。ほんまに私はホッとひと息つき、その美しさの中に時の経つのを忘れています。他に苔寺で有名な京都の西方寺庭園、三千院門跡や他に市松模様の東福寺などもいいです。
 そして、もう一つ、苔(草)の歌があります。万葉集第一、二十二の「川の上のゆつ岩群に草むさず常にもがもな常おとめにて」(訳 川のほとりにある神聖な沢山の岩には苔が生えていません。このようにいつまでも変わらず美しい皇女でいてくださいね。) 皇女とは十市皇女です。彼女の父は天武天皇、母は宮廷歌人額田王の子として生まれました。十七歳の時に天智天皇の子、大友皇子(追号 弘文天皇)と結婚。葛野王を生みます。父と夫の戦いの壬申の乱が起こり、大友皇子は死去。父の命令で伊勢神宮を参拝する時に初瀬街道を通り、波多の横山(現 三重県津市一志町井関、大仰、八太のあたり。そして波瀬川と雲出川に挟まれた横に長い山)を見て乳母で侍女の吹黄刀自が十市皇女を元気づけるために詠んだ歌天武四年(六七五)二月十三日)です。でも十市皇女は三十一歳の時、急死しています。

 国歌の君が代の苔むす=永遠の繁栄と幸せを詠んだもの。

 万葉集の歌の草むさず=いつまでも清浄な若々しい人でいてねと詠んだもの。

 私はこの万葉集の歌を時々思い出して〝いつまでも気持は若くいようね〟と自分のパワーアップの為に口づさみます。
 苔は現代、世界中の大気汚染物質の害で沢山枯れていくようです。人類の未来のために、次世代の人々の心の寄り所として苔の大切さを継いでいきたいものです。

 (全国歴史研究会 三重歴史研究会 ときめき高虎会及び久居城下町案内人の会会員)

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