鈴鹿峠を越えると間も無く、三重県と滋賀県の境を示す石碑がある。『左三重県 右滋賀県』『江戸まで百里 京まで十七里』などの文字が刻まれている。この旅の目的地である京都までは、ここから大体70㎞弱ということになる。具体的な距離という情報が手に入ると、これまで国道を踏破してきた経験から、どれくらいの時間で歩けるかなど、より鮮明なシミュレーションが可能となる。いつか時間が許せば、逆方向の東京日本橋まで歩いてみたいものである。
 県境を越えると間も無く、巨大な石灯篭が姿を現す。江戸時代中期に建てられた「万人講常夜燈」である。四国の香川県で「こんぴらさん」の通称で知られる金刀比良宮の常夜燈であり、往来する商人たちが道中の安全を祈り灯をともしていたという。その重さは38トン、高さも5・5mと補足すれば、大きさが伝わるかもしれない。ちょうど国道1号の鈴鹿トンネル入り口の真上に当たる付近に置かれている。こんぴらさんには、10年ほど前に参拝したことがあるが、本宮までで785段、奥社までだと1368段と、登るだけで功徳が積めそうなほど長い石段のことは深く記憶に刻まれている。とても味わいのある顔をしたこんぴらさんのキャラクター「笑顔元気くん」が描かれたお守りはトリコロールの千鳥格子柄が大変洒落ていたことも思い出す。意図しないタイミングで自分の過去と現在が交差するのも旅の楽しさである。
 峠を越えると、再び街道が国道と交わり、また別れ、しばらく進むと新名神高速道路の土山橋の橋脚が見える。道は人々のニーズによって踏み固められているという話を時々しているが、高速道路はその最たるものである。最新の土木技術で森を拓き、山を穿つことで最短ルートで目的地に辿り着ける道をつくりあげることができる。この道が開通したおかげで一気に京都が近くなった。津市からだと所要時間1時間強くらいなので名古屋に出るのと、それほど変わらない感覚でいける。十数年前に、私は高速道路料金が1000円上限になる社会実験をしている頃、新名神で数えきれないくらい京都へと出かけていた。この旅の目的地である三条大橋付近ももちろん出掛けたことがある。今では、自動車でも国道1号で京都を目指す人はきっと物好きの部類に入るだろう。まして、私のように旧街道を歩いて目指す人間はその極みといえる。何度も通ったこの橋も、じっくりと下をくぐりながら観察するとまた違った趣がある。また、巨大なコンクリートの橋の近くには、ここが新名神の起工の地であることを示すモニュメントと碑も建っている。上からでは絶対に気付けない新たな情報を得られて私は思わず笑顔を浮かべる。再び高速道路で、この橋を通るたびに、きっと下を歩いたことを思い出すはず。こうした小さな発見の積み重ねこそが知見となり、人生を豊かにする。そして、そういった発見をお伝えするのがこの旅や連載の意義でもある。(本紙報道部長・麻生純矢)

三重が世界に誇るブランド「松阪牛」の品質を競う共進会が相次いで催された。
 一つ目は、11月22日、松阪肉牛〝七保肉牛〟の女王を決める『第18回大紀町七保肉牛共進会』が度会郡大紀町野原のJA伊勢経済2課肉牛出荷場で行われた。主催=大紀町七保肉牛共進会。
 同共進会は旧七保村、旧大宮町時代から数えて今年で69年目。今回は七保和牛部会から11の肥育農家が未経産牛を出品した。「松阪肉牛共進会」でも近年は、同部会に所属する肥育農家が上位を占めるなど、レベルが高いことでも知られる。
 今年も優れた肉質・肉量と見た目を兼ね備えた素晴らしい牛が揃い、審査委員長である県畜産研究所大家畜研究課の梅木俊樹主査研究員らが一頭ずつ厳正に審査した。
 審査の結果、最高賞の優等賞1席は、岡田一彦さん(78)肥育の「あゆまる」号700㎏が輝いた。岡田さんは肥育歴50年を超えるベテランでこの共進会での優等賞1席は3年連続。更に昨年の「松阪肉牛共進会」で、チャンピオン牛である優秀賞1席を育て上げ、同共進会でも計三回の栄冠を手した実績を持つ。
 岡田さんは「3年連続で嬉しい」と笑顔。今年も出品された牛を全て購入した津市北丸之内の精肉店・朝日屋の香田佳永社長(63)は「素晴らしい牛だった」と喜んだ。
 そして、11月26日、世界のブランド『松阪牛』の年度チャンピオンを決める『第72回松阪肉牛共進会』が松阪農業公園ベルファームで=で開催された。主催=三重県・松阪市・津市など関係市町ほか関係農業団体。
 新型コロナウイルス感染拡大の影響で昨年3年ぶりに開催されたが、今年は制限を設けないコロナ禍以前と同じ形で催された。厳しい最終予選を勝ち抜き、この日の本選に出場した50頭の特産松阪牛は、兵庫県から買い付けた子牛を松阪牛肥育地域で採算を度外視して900日以上も肥育した未経産の牛。
 早朝から県畜産研究所の職員らによる厳正なる審査の結果、チャンピオン牛の優秀賞1席には、大紀町野原の中村一昭さん(47)肥育の『ひろこの1』号=肥育日数990日、676㎏=が選ばれた。中村さんの1席獲得は5年ぶり2回目で先代も含めると3回目。
 せり市には、この日を待ちかねたギャラリーや報道陣が集まり、朝日屋を始め、松阪の和田金や牛銀などが参加。肉の専門家ならではの厳しい目利きを基に、せり合戦を繰り広げた。大トリの『ひろこの1』号は激しい競り合いで大台を超える度にギャラリーからは歓声と拍手が上がった。最終的に朝日屋が3004万円で落札。朝日屋のチャンピオン牛落札は30年連続、通算40回目。今年も圧倒的な攻勢で50頭のうち、17頭を落札した朝日屋の香田社長は「飼料高騰などで肥育農家が苦しい思いをしているので応援したいという気持ちで落札した」と語った。中村さんは「凄い価格でとても嬉しい」と喜んだ。 朝日屋落札の牛は12月14日からの名牛まつりで通常価格で販売。

講演する髙木理事長

 津市の経営者で作る「丸之内倶楽部」の第187回例会がホテル津センターパレスで開かれた。
 各分野の専門家を講師に招いて隔月で実施しているもの。今回の講師は、鈴鹿医療科学大学理事長の髙木純一さん。テーマは「日本初の4年生医療系大学、設立と発展」。
 同大学は、平成3年4月に「科学技術の進歩を、真に人類の福祉と健康の向上に役立てる」を建学の精神とし、日本で初めてメディカル養成の4年生大学として設立。医療と福祉のスペシャリストを養成し、社会に送り出している。
 創立者の中村實氏の嫁婿に当たる髙木さんの実家は、佐世保で住友重機械工業の下請企業、髙木工業を経営。高木さんが後を継ぎ造船関係の仕事に従事。浮ドッグを発案するなど敏腕形経営者として知られる存在に。
 その後、平成10年に同大学に転職。持ち前の研ぎ澄まされた経営手腕で同大学の発展に尽力している。
 髙木さんは、「当時は医師、薬剤師、看護師を除くと、まだ医療専門職養成に特化した4年制大学が日本には存在せず、医療専門職の地位向上と医療の高度化へ対応するため、4年制医療系大学の設立が急務だった」と話し、次代のニーズと社会環境を的確に読むことの重要性を話した。
 また、少子化が進んだ現代社会では、18歳以下の数が減り続ける。全国の大学数や医療系が飽和状態にあり、定員割れの大学が50%を超え、25%が慢性赤字に陥っているという現状を指摘。三重県においても4年生大学を維持することが難しいと分析した。
 最後に「本大学が発展するには医療以外の分野へ進出するしかない」と締めた。

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