図1 (a) Aβモノマーが膜中でオリゴマー化し、チャネルを形成する様子。チャネル形成により細胞内へのイオン流入量が増加し細胞内のイオンの均衡が崩れることで神経細胞死を引き起こすことが知られてる。(b)2時間のチャネル電流計測によって得られた電流シグナル。時間経過に伴いモノマー由来のシグナルが減少し、オリゴマー由来のシグナルが増加することが確認された。

 東京農工大学と三重大学のグループは、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβが、人工細胞膜中で毒性を持つ構造に変化する様子をリアルタイムに観察することに成功。膜中のコレステロールが毒性構造への変化を促進することや、カテキンが毒性構造を阻害することを見出した。この発見はアルツハイマー病の治療法開発に有用な知見となることが期待されている。

 アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ(Aβ)は凝集性が高く、単量体(モノマー)から中間体の重合体(オリゴマー)を経てアミロイド線維を形成することが知られている。中でも、オリゴマーに強い細胞毒性があることがわかっている。Aβオリゴマーの細胞毒性機構の一つがチャネル(細胞膜を貫通する孔)形成であり、神経細胞膜中に孔を開けることで細胞死を引き起こすが、これまでAβが膜中でモノマーからオリゴマーに凝集していく過程は確認されていなかった。
 最近、小さい繊維状のオリゴマー(プロトフィブリル)を標的としたモノクローナル抗体であるレカネマブがアルツハイマー病の新薬として承認され、Aβの凝集過程を理解することがますます重要視されている。
 今回の研究は、東京農工大学大学院工学府大学院生の沼口友理さん(当時)、竹内七海さん(卓越大学院生)、同大学工学研究院生命機能科学部門の塚越かおり助教、池袋一典卓越教授、川野竜司教授、これに三重大学大学院工学研究科応用化学専攻の鈴木勇輝准教授らによって実施。
 研究チームは、マイクロデバイスを用いたチャネル電流計測によって、Aβモノマーが脂質膜(人工細胞膜)中で凝集してチャネルを形成していく過程の観察を試みた。チャネル電流計測では、Aβと脂質膜の相互作用によって流れるイオン電流を電流シグナルとして観測することができる。AβモノマーとAβオリゴマーでは電流シグナルの特徴が異なるため、Aβの膜中でのチャネル形成を電流シグナルの変化から観測することができる。
 Aβモノマーを用いてチャネル電流計測を2時間行ったところ、時間経過に伴うシグナルの変化が観測され、膜中でAβモノマーが凝集してオリゴマー化し、チャネルを形成する事実を発見。
 続いて、神経細胞膜を模倣した人工細胞膜を用いて計測したところ、コレステロールを含む膜組成においてチャネル形成シグナルが多く観察され、膜中のコレステロールがAβの膜中でのチャネル2形成を促進することがわかった。さらに、Aβの凝集阻害剤であるカテキンの一種EGCGによるAβチャネルへの作用を調べた結果、EGCGの添加により電流シグナルが減少し、EGCGはAβの凝集だけでなく、膜中に形成されたチャネルの活性も阻害することを新たに発見した。
 同研究により、チャネル電流計測によってAβと人工細胞膜との相互作用を観測し、凝集の過程を観察できることが明らかになった。これにより、Aβと神経細胞膜との相互作用の解明が進み、アルツハイマー病の治療法開発に貢献することが期待される。