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2023年の民間救急は、他県への長距離搬送が多かった。三重県から東京、横浜、岐阜県高山市、大阪府、愛知県、奈良県、和歌山県など。患者の年齢や症状も様々。 年の前半は、まだ新型コロナウイルスに伴う患者移送が多く、防護服に包んだ体からしぼるように出る汗が車のシートを濡らしたが、新型コロナが一段落してからは、5時間以上の長距離や、人工呼吸器装着に伴う患者搬送などに変った。
ドクターの同乗で指示を得ながら医療処置の継続は緊張が続く。高所から転落して脊髄を損傷した人、交通事故のあとの幼子の転院、器官切開を施した人など。当社の看護師も同乗した。
深夜の出動依頼もあり、そのほとんどが救急車で病院へ搬送された人で、帰宅に伴い車椅子やストレッチャー、時には夜中に車椅子に乗った患者さんをアパートの階段10段を上げた。
深夜の目的地までは道の境目も分かりにくく、鯛釣りで知られる南伊勢町方面までの依頼もあった。帰りは日の出となり、釣り客よろしくコンビニ駐車場で、隣に来た人に「今日は何を狙いますか?」と聞かれることもあった。
一方、正月に伊賀市内の病院の新築移転に伴う患者の引越搬送や、津市内の病院新築移転もあり、県内の同業者ら十数社で患者を搬送した。他県の病院への移転で業者が連携して行うこともあり、DMAT(災害派遣医療チーム)の移送サポーターである私自身も日頃の訓練が生かされた。
関東に住む高齢患者の家族から移送の相談が何件かあった。「余生を自分の好きな所で住まわせてあげたい」。声は時折詰まり気味だが、これまで一人暮らしだった親が入院したのを機に呼び寄せたいということらしい。至急の時、家族が遠方から駆け付けなければならないという労苦も一因だ。
地域包括ケアシステム、地域医療連携が全国各地に幅広く推進展開される中でも、患者の移送手段は常に課題だ。民間救急は様々な疾患を抱えた患者もおり、最適な医療系対策をして患者を搬送しなければならない。
必死で頑張ろうとする人に寄り添い、必要ならばどこへでも行く。車輌で難しい時は鉄道、航空機など、当社と連携した民間救急が全国各地で引き継ぐことができるので心強い。どれも概ね数時間。場合によっては宿泊が必要になる搬送もあるが、患者の体調や病状も照らし合わせて、最適な移送を選択する。しかし、本人の体力や受入れ先との調整が難航し、いたずらに日時が経過することもある。
民間救急による医療処置の継続搬送は、人工呼吸器やシリンジポンプ(点滴静脈注射を施行する際、利便性と安全性を得るため使用する医療器具)、輸液ポンプ継続のほか、医療用酸素、痰吸引、モニター心電図での見守りなどが必要。
ストレッチャーでの移動時には、機器に振動を加えないよう運転に注意しなければならない。生きようとしている患者の、良い意味で「ラストドライブ」になるかも知れず、搬送途中に急変があれば最寄りの基幹病院へ至急連絡するか、消防救急にバトンタッチするよう指示もあり、油断できない。
これらがあって、やっと出発できた喜びは、患者はもとより家族も同じだ。添乗する看護師は、言葉も発せられないような高齢の患者にとって、一時の思わぬ〝我が子〟。搬送先にも現状を伝え、次の我が家が見えた時、担当者が「もうすぐよ」と励ます。我々スタッフも異常なく来れたことに正直ほっとする。
準備は大変だが、患者の道中の頑張りもあって予定通り到着したときは「がんばったね。お大事に」と手を握って伝えると、かすかに微笑んで、うなづく。
後日、家族から「たっての願いであった移送が無事終わり、最後の望みが叶いました。精一杯、見守ってやりたい」と、連絡をもらうことがある、〝生きる〟ということを民間救急の走行を通じて改めて知る時だ。
未曾有の拡大をもたらした新型コロナウイルスは5類に移行したが、当社の搬送形態は変わったわけではない。発熱患者に対しては、従来通り防護体制を整えた上で搬送し、今後訪れるかも知れない再拡大やインフルエンザ等にも注意している。
また、学校の修学旅行など、児童生徒が万が一、旅先で発熱や感染があり一行から他県へ離脱する場合などに備えて、他社の民間救急と連携しており、突発案件でも機動面を生かして対応する手筈だ。津市の救急出動件数も増加しているらしい。我々民間救急は一期一会。事業者としての誇りと目標を持ち、患者に寄り添った搬送を続けていきたい。(民間救急 はあと福祉タクシー代表)
2024年1月10日 AM 11:59
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