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12月13日、津市役所の前葉泰幸市長を、台湾台北市で同23日~27日開催された「台北U15野球招待大会」に出場した津リトルシニア野球協会所属選手の小川竣資さん(15)と岡田慧太さん(15)=共に津市立橋北中学校3年=が表敬訪問した。
この大会には日本、台湾、中国、韓国などの計32チームが出場。二人は、東海北陸地方から集まった選手によるトライアウトで実力を認められ、リトルシニア東海連盟の代表チームの一員として戦った。
二人は同協会の藤田定彦副会長、副会長兼総監督の道原貞幸さんらと共に前葉市長を訪問。 様々な状況に対応できるバッティングが持ち味で三塁手を務める小川さんは「高校から大学、社会人に出てからも続けること。今回の大会で自分を活かして頑張り、チームの勝利に貢献したい」、130㎞を超える速球が武器で投手の岡田さんは「初めての国際大会で緊張するが、良い選手たちと対戦できることが良い経験だと思って自分の個性を出して優勝をめざしたい」と活躍を誓った。前葉市長は「自信を持って堂々と野球をしてきてほしい」と二人を激励した。
2024年1月10日 AM 11:46
おめでとうございます。まずは歌留多でご挨拶。
(い)イスラエルとパレスチナ(ろ)ロシアはいつまで戦争を(は)八冠達成藤井さん(ほ)ホスト沼にはまって風俗に(に)庭の柿の木クマ登る(へ)別班は存在するのか(と)ときめいたのに蛙化現象(ち)地球沸騰暑い夏(り)理解増進LGBT(ぬ)ヌートバーのペッパーミル(る)ルフィ広域強盗事件(わ)Y2Kってレトロなファッション(か)笠置シヅ子のブギウギ(よ)四年ぶりの声出し応援(た)頼りたくなる生成AI(れ)レシートの数字が恐ろしい(そ)相思相愛スエコザサ(つ)ツイッターがXに(ね)熱狂オタクの推しの子(な)何が変わるかこども家庭庁(ら)楽々スマホで確定申告(む)娘も同行エッフェル姉さん(う)兔去って辰(の)望んでいない新しい戦前(お)大谷ホームラン王(く)首振りダンスで首壊れそう(や)闇バイトの甘い罠(ま)マニュアル販売頂き女子(け)原発処理水海へ(ふ)物流の2024問題(こ)コロナは5類に(え)円安でオーバーツーリズム(て)テレビで拝見戴冠式(あ)アイムウェアリングパンツ(さ)侍ジャパン世界一(き)岸田首相の広島サミット(ゆ)優勝じゃなくアレ(め)名勝負解説得意の観る将(み)みんなびっくり猿之助(し)昭和輝くジブリパーク(ひ)広がる大麻覚醒剤(も)もうワクチンも七回目(せ)性加害問題明るみに(す)すばらしい年に。
(舞)
2024年1月10日 AM 11:40


海道橋を渡ると、すぐに旧東海道は田村神社の参道と合流する。今も勇名をとどろかせている征夷大将軍・坂上田村麻呂を祀るこの神社は厄除けのご利益で有名。津市からも、そう遠くないので、お参りに訪れたことがある人も少なくないはず。かくいう私も毎年初詣に訪れている。この参道は何度も通ったことがあり、お正月には沢山の人で賑わっているが、ここが旧東海道の一部ということを全く知らなかった。折角なので、少し寄り道をして今日の道中の無事を祈ることにする。いつもは車でここまで来ているが、今日は鈴鹿峠を歩いて越えてきたので、心情がかなり違う。武威によって鈴鹿峠に安寧をもたらした伝説が残る田村麻呂に、これまで以上に敬意を抱いている。参道を進み、拝殿の前に立った私は一度深く深呼吸し、心を落ち着ける。そして、二礼二拍手一礼の作法でお参りを済ませる。
ここまで19㎞ほど歩いてきたが、まだまだ先は長いので油断できない。時刻は13時半過ぎなので、そろそろゆっくり休憩しながら腹ごしらえをしたいところ。そこで歩道橋を渡り、道の駅あいの土山に行く。「あいの土山」は「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」と鈴鹿馬子唄に出てくる言葉で、現在の甲賀市土山町の辺りを称した言葉。意味は諸説あり、甲賀市のホームページによると、①相の土山説…鈴鹿馬子唄の歌詞で、坂(坂下宿)は晴れ、鈴鹿(鈴鹿峠)は曇りで、相対する土山(土山宿)は雨が降るとする説②間の宿説…宿駅制度ができ、土山が宿駅に指定される前は間(あい)の宿であったことから、坂下宿ほど繁栄していないことを唄ったとされる説など8つの説が紹介されている。事実はどうであれ、「あい」という響きは柔らかく親しみやすいので、この道の駅だけでなく、ホールの名前やイベント名にも使われているのも頷ける。
道の駅に入ると、食券を購入し、食堂の窓際の席に座る。朝から歩きづめだったので、自分の体重を支えるという激務から解放された両足は、安堵と喜びをたたえている。注文した常夜灯丼は、以前紹介した鈴鹿峠の万人講常夜灯をイメージしており、丼に盛られたご飯の上には3本のエビのてんぷらが天に向かってそそり立ちそれをかき揚げが支えている。丼を前に手を合わせた私は、夢中でかきこみ空腹を満たしていく。
道の駅を出ると旧東海道横から土山宿へと入っていく。古くから交通の要衝として栄えてきた土山は江戸時代初期に東海道の宿駅に指定され、東海道五十三次の49番目の宿場町となった。1843年の記録では、大名などが宿泊する本陣2軒、旅籠44軒と難所の鈴鹿峠を目前に控える休息の場として栄えていた。旧東海道もカラー舗装されており、連格子の家など今でも風情ある町並みが残されている。また、旅籠を営んでいた家の軒先には屋号が書かれた看板も吊り下げられており、多くの旅人たちが行き来した往時の風景を想像しながら歩みを進める。これからゴールまで20㎞ほど歩かなければならないという厳しい現実から、目を逸らし、しばし、〝あい〟の旅情に浸るとにしよう。(本紙報道部長・麻生純矢)
2024年1月10日 AM 11:39