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三重県保険医協会(三重県内の医師・歯科医師約1800名の団体)は、10月6日㈰、ホテルグリーンパーク津の伊勢・安濃の間で市民シンポジウム『ホントにいいの?健康保険証廃止~もう一度立ち止まって考えてみよう~』を開く。2024年12月2日のマイナ保険証への原則一本化について、健康保険証が国民皆保険制度の中で果たしている役割や健康保険証廃止による問題点を「医療者」「介護者」「法律家」など、様々な立場から報告を行い、実情と問題点を確認する機会とするのが目的。
また、特別講演では、経済ジャーナリストの荻原博子氏が「保険証廃止でみんな不便に!」をテーマに講演する。
スケジュールは
▼13時・開会と挨拶
▼13時5分・特別講演
▼13時50分・シンポジウム=報告1「マイナ保険証のトラブル…医療現場からの声」=宮﨑智徳氏(三重県保険医協会会長・高茶屋診療所所長)
報告2「介護現場における問題点」=山口真弓氏(㈱ライフ・テクノサービス施設事業部課長)
海野誠氏(社会福祉法人敬峰会施設事業部課長)
報告3「法律上の問題点について」=森一恵氏(三重弁護士会前年度副会長・三重合同法律事務所)、ディスカッション
▼15時25分・閉会挨拶
▼15時30分・閉会
定員200名。だれでも参加できる。WEB併用での開催となる。事前申込制。申し込みは二次元コードまたはFAX059・225・1088(栗原さん行き)で、表題「ホントにいいの?健康保険証廃止」、現地かWEBか、参加者人数、代表者氏名、電話番号、メールアドレスを記入して送信。問合わせは同協会☎059・225・1071。
申込はこちらから
2024年9月12日 AM 4:55

津市久居アルスプラザ・ギャラリーで9月18日㈬~9月22日㈰までの9時~17時(最終日は16時まで)、毎年恒例の三重のものづくり作家による合同作品展「つくりびと展・拾六─翔(かえる)─」が開かれる。 今回はアカデミックな技法を習得し対象と真摯に向き合う「日本画」、自らが草木染めした水引糸を使いアクセサリーなどを展開する「水引細工」の新メンバー二人が新たに参加。また、段ボールをロボットにリメイクして子供たちにも大人気の「クラフト」、フランス伝統工芸の技術を駆使して精密な箱やケースを作る「カルトナージュ」、トールペイントの技から発展させた「アクリル画」の二つのジャンルの三人が復帰する。
さらに、日常の会話の中から人の表情を切り取る「写真」、超細密な表現で自然の生き物を描く「ネイチャーアート」、緻密な作品でファンも多い「木工」、生花や造花を巧みに組み合わせてシックな中に豪華さも感じさせる「フラワーデザイン」、様々なビーズを多様な技法で女性の美をより引き立てる「コスチュームジュエリー」、綿の種植えから糸を紡ぎ、染め織りまでを行う「染め織り」、繊細な筆さばきで器にエレガンスな花を咲かせる「陶磁器上絵付け」、作品本体を生かすことで表現する「表装」、自身開催の個展でも多くのファンを集める「水彩画」、可愛くてほっとする世界観と、ポップでカラフルな色遣いが人目を惹く「イラスト」、何が出てくるか毎予測不能な作者による「する絵画」の全16名。
問い合わせは松尾表具店☎059・293・0175へ。
2024年9月12日 AM 4:55

時刻はちょうど10時。一歩踏み入れた草津市は滋賀県の南西部に位置しており、市域は約68㎢。特筆すべきは人口で、市が誕生した1954年の約3万2000人と比べると、現在の人口は約14万人。わずか70年で人口が4倍以上に増えている計算になる。元々、東海道と中山道が接する草津宿を擁する交通の要衝だったが、その要素は現在にも引き継がれ、電車や自動車を利用した交通の利便性に優れる京阪神のベッドタウンとして成長したという経緯がある。昔、草津市に初めてきた時、草津温泉がある群馬県の草津町と勘違いをして「せっかくなので温泉に入ろう!」と友人と一帯を探し回ったのは若気の至りというほかない。
旧東海道は、国道1号の手前で脇道に入っていき、歩行者専用の草津宿橋で国道を横断する形で整備されている。この場所には以前、周囲の平地よりも川床が高い場所にある天井川、草津川が流れており、国道に川の下を通す形で草津川隧道と草津川第2トンネルが設置されていた。天井川はその構造上、大規模な水害が発生する危険性があるため、平成14年(2002)に河川の一部を平地化した新草津川放水路の通水を開始。これによって、草津川は廃川となった。
二つのトンネルに話を移すが、坑門の中央に仕切り壁を配した草津川隧道は昭和11年(1936)に造られ、当初は上下2車線という形で供用開始。しかし、自動車の普及に伴う交通量の増加に対応できなくなったため、第二草津川トンネルが昭和42年(1967)に造られることとなった。以降は、草津川隧道を上り、第二草津トンネルを下りとした4車線として長らく使われてきた。しかし、両トンネルは高さが約4・6m~4・7mしかなく、草津川隧道上を草津川が流れていたため、改修できないまま、長年使われてきた。しかし、前述の通り草津川が廃川になったことで、高さと交差点の改良が可能となり、平成29年(2017年)に草津川隧道、平成30年(2018)に草津川第2トンネルがそれぞれ撤去されることとなった。そして、平成31年(2019)にトンネルが無くなったことで国道1号によって分断されていた旧東海道を結ぶために草津宿橋が設置された。
橋の近くにある案内板には、こういった経緯が写真や図を交えながら、丁寧にまとめられており、第二トンネルから取り外された銘板も設置されている。この銘板を揮毫したのは、草津中学校3年生だった松田(旧姓)明さんという女性。案内板には、取り外された銘板と彼女が50年以上の時を経て再会した際の写真も掲載されている。
本能寺の変や関ヶ原の戦いなど、誰もが知る歴史的な事件が起こった場所に足を運び、思いを馳せる人は多い。有名、無名を含めて無数の人が行きかっていた旧東海道を巡る旅も似た色合いを帯びているといえる。そういった歴史的な価値が担保された史跡と比べると、私たちの生活を支える道路やそれに付随するトンネルなどは、その価値が軽んじられている感が否めない。それらは時代のニーズや土木技術の進歩に合わせて、どんどん姿を変えていくものではあるので、いちいち全てを記憶してはキリがないという現実も理解している。とはいえ、まごうことなき先人たちの知恵と汗の結晶であるトンネルが天井川と共に姿を消しても、忘れ去られないように〝痕跡〟を残す姿勢には共感を抱かずには居られない。
案内板を隅から隅まで読み終えた私は、草津宿橋上へと歩みを進めて、眼下に流れる無数の車に目をやる。きっとここの景色も、いずれ姿を変える。誰もが東海道を徒歩で旅する時代から、車や列車や飛行機での移動が当たり前となり、それに合わせて世界は流転してきた。天井川の廃川とトンネルの設置と撤去もその一幕に過ぎない。遠い未来には、今は絵空事のように思われている空飛ぶ車がここを行き来しているかもしれない。
当たり前のことであるが時代が進むほどに、我々が背負う過去は増えていく。現代の便利な生活を謳歌しつつも、その礎を築き上げた先達のことを知り、然るべき敬意を払うことから生まれる正の循環が健全な発展を続ける原動力となると私は信じている。「持続可能な社会」が人類共通のキーワードとなって久しいが、美辞麗句を掲げつつ、政治的なパフォーマンスやマネーゲームに利用している〝偉い人〟の姿に冷ややかな視線を向けてしまうことも少なくない。私は、しおらしく世界の行く末を憂うよりも、見慣れた道から繋がっていく多くの場所に自分の足で辿り着き、未知を明らかにしたい。その過程で得た経験や知見を皆さんにフィードバックし、『何もない』と思われがちな景色の中に潜む面白さに気づくきっかけをつくることこそが、私にできる持続可能な社会への貢献だと確信している。(本紙社長・麻生純矢)
2024年9月12日 AM 4:55