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11月14日号の本紙で取り上げた、三重中勢FC代表兼監督の鎌田廣志さんから、注目の選手が紹介された。昨年度の同FCでキャプテンを務めた、津市香良洲町に住む山本昊輝君だ。
今年春、香海中学校に進学し、スカウトのあったクラブチーム、ヴェルデラッソ松阪に所属。U─12エリートとして、中学1年生ながら3年生で構成されるチームU─15のレギュラー選手に選ばれている。
サッカーが趣味の父親に影響を受け、小学校2年生の秋、同FCに入団。「最初、監督にマナーについて厳しく指導を受けた。集中力が足りないとも」。その冬、初めて出場した津市民大会で見事優勝。優秀選手賞として、金メダルが鎌田監督から贈られた。「すごく嬉しくて、喜んで家族に見せた」と振り返る。早々に頭角を現した山本君は、4年生になると、6年生のクラスで練習するように。「すごくきつかったけれど、成長できた。学年を重ねるにつれマナーも身に付き、監督にはサッカー以外の面でも、多くのことを教えてもらった」。5年生で、金沢や京都の大会に出場し、6年生では、フットサルの全国大会で東京に遠征。「中勢FCはゴールを早く目指すけれど、パスを出しプレイを作りながら向かっていくという、ゴール前の選択肢を一つ覚えた」と、県外の強豪チームとの対戦からの学びを教えてくれた。
山本君に、サッカーの好きなところと、同FCの良いところを聞いた。「僕はフォワードなので、点を決めることはもちろんだが、仲間をまとめることも大切。中勢FCは、監督が個人の良さを引き出してくれて、さらに自分の努力によって強みを磨いていけるチーム」。
鎌田さんは、三重県のサッカー界で超有名人だ。「中勢FCから来たと言うと、カマちゃんのところかと、みんな知っている。指導は怖くないかとよく聞かれるが『全く』と答えている。選手一人ひとりに愛情を持って、監督独自の優しさで平等に接してくれる。チームメイト全員が監督を好き」と山本君。小6の時の座右の銘は「感謝」だったそう。優勝しても、両親、指導者へまずは感謝。「鎌田さんのおかげ」と、ヴェルデラッソでプレイする今も、〝ありがとう〟の気持ちを大切にしている。
現在、ヴェルデラッソでは、週2回の練習と週末の試合をこなしている。「2学年上の中3のみんなとやっていくのは厳しい。パスの精度も、体つきも違う。同学年の子たちとは普通にできるキープでも、上の年齢の子たちとは全然できない。筋トレやランニングも入れていき、体づくりをしていく」。オフの合間に、鎌田監督のもと同FCに所属する小学生の憧れの先輩として、一緒にプレイしながらアドバイスに加わっている。
「去年は東海選抜に選ばれた。日本代表になることが夢。将来的には、プロになりたい。海外にも行ってみたい。日本も好きだけど、両親がブラジル出身なので、ブラジルも応援している」。若きサッカー選手は、学校での勉強も両立し、中学生としての努力も欠かさない。
地域の未来のスターの今後の活躍に期待だ。
2024年12月12日 PM 4:24



いよいよ大津市に入る。津市を出発し、伊勢別街道をたどり、亀山市・甲賀市・湖南市・栗東市・草津市を経て、ついに7つ目の市となる。残るは大津市と京都市のみ。大津市は滋賀県の県庁所在地で、人口は約34万人。市域は滋賀県のシンボルである琵琶湖の南部に接し、琵琶湖から流れる瀬田川を挟んでL字型に広がっている。この瀬田川は、大阪湾に注ぐ淀川の上流部分であり、川を下るにつれて宇治川、淀川と名前を変えていく。
「天下分け目」という言葉を聞くと、多くの人が真っ先に岐阜県の関ヶ原を思い浮かべるだろう。しかし、それに劣らず有名な「天下分け目」がここにもある。それが瀬田川に架かる瀬田の唐橋だ。この橋は、あの有名なことわざ「急がば回れ」の由来にもなっている。「もののふの 矢橋の舟は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」という歌がその元ネタと言われている。この歌の意味は、(草津の)矢橋から船で琵琶湖を渡るのは速いが、風が強く危険が伴うため、急ぎたいなら安全な瀬田の唐橋を回ったほうがよい、というものだ。今でこそ、大津市内に琵琶湖大橋が掛かっており、わずかな料金を支払えば、安全かつ簡単に湖の上を行き来できるようになったが、昔はスピードの代償に相応のリスクを支払う必要があったというわけである。命と安全を天秤にかけたらどちらが大事かは自明の理である。
大津市の市域に入ってしばらく進むと、瀬田の唐橋が見えてくる。この橋は、古来より軍事・交通の要衝として重要な役割を果たしてきた。東海道や中山道を京都へ入る際、この橋を渡らなければ、琵琶湖を船で横断するか、大きく南北に迂回する必要があったためだ。また、名所としても知られ、先述の歌や歌川広重の「近江八景」にもその姿が描かれている。現在架かっている橋は鉄筋コンクリート製で、長さは172メートル。擬宝珠を配した欄干や装飾された橋桁など、往時を彷彿とさせるデザインとなっている。
この橋は日本史上、何度も「天下分け目」となる舞台となった。有名な例として挙げられる筆頭は、672年に発生した「壬申の乱」。天智天皇の弟・大海人皇子(後の天武天皇)と、天智天皇の御子である大友皇子との争いが、この地で決着した。このほかにも、764年の藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱、1221年の承久の乱など、数えきれない戦いの趨勢を決した場所がこの橋なのである。また、伝説ではあるが、平将門を討ったことでも知られる藤原秀郷(俵藤太)の大ムカデ退治の舞台としても広く知られてる。
そんな中でも、私が特に印象深いのは戦国時代の「本能寺の変」における瀬田の唐橋の役割だ。1582年、明智光秀が謀反を起こし、織田信長と信忠親子を討ったこの事件の後、光秀は織田家の本拠地である安土城を目指した。しかし、瀬田城主・山岡景隆は信長への忠義が篤かったこともあり、唐橋を落として明智軍を足止めした。この行動により、光秀は仮橋を架けるのに3日を費やすこととなり、「中国大返し」で畿内へと迅速に兵を勧めた羽柴秀吉と準備不足のまま相対することなったという。そして、山崎の戦いで光秀は敗北し、権力を握った秀吉が、天下人への道を歩む契機となった。一方、景隆はこの時の功績で出世し、子孫が栄えたかというと、そう単純な話でもなく、後に秀吉と敵対したため、所領を没収されて隠遁を余儀なくされた。この話からも、歴史や人生には、見える形でも見えない形でも、無数の「天下分け目」(ターニングポイント)が存在していると実感させられる。
唐橋のたもとの川べりに下り、日陰で休憩を取る。琵琶湖から吹く風は涼やかで、暑さを和らげてくれる。この地に刻まれた無数のドラマに思いを馳せながら、北方に広がる琵琶湖を見つめる。ちなみに琵琶湖はもともと三重県にあったことをご存じだろうか。約400万年前、伊賀盆地(現在の大山田)に形成された「古琵琶湖」が、地殻変動により長い年月をかけて北方に移動し、現在の形になったのだ。三重県伊賀市のせせらぎ運動公園には、琵琶湖のルーツを記したモニュメントが設置されており、草津市にある琵琶湖博物館にもこの事実が紹介されている。
瀬田の唐橋を渡ると、いよいよ京都は目と鼻の先。橋の西側から南へ1キロほど進むと、東寺真言宗の大本山・石山寺がある。紫式部が『源氏物語』を執筆した場所としても有名で、文学や歴史好きにはたまらない名所。また、「びわ湖大河ドラマ館」も設置されている。
橋を渡り、北へ進むとJR石山駅に到着する。この駅周辺は想像以上に栄えていて驚かされる。飲食店や多くの店舗が立ち並び、活気にあふれている。調べてみると、大正時代末期から大型工場が進出し、現在も東レの工場があり、1日2万人が利用している。新名神高速道路の開通により、滋賀県が京都への通過点として認識されがちだが、実際に歩いてみると、京都に負けないくらい魅力的な場所がいくらでもある。「百聞は一見に如かず」とはまさにこのこと。
さて、この旅もいよいよ大詰め。次回は大津から京都へ向かう行程。どんな旅路になるのか、私自身が一番楽しみにしている。(本紙社長・麻生純矢)
いつも「街道に遊ぶ」をご愛読頂きありがとうございます。以前より読者の方から「どこを歩いているのかわかり難いので、地図を掲載してほしい」というご意見を頂いていたので、旧伊勢別街道と旧東海道で京都をめざす旅が終盤に差し掛かった機会に、地図と共に振り返っていきます。
この徒歩旅のルールは各街道を私が一日で歩ける範囲で分割し、次回は前回のゴール地点から歩き始めるというものです。その道中でのネタを使い切ると、再び次の行程へという流れとなっています。これまで5日間で計108㎞を歩いてきた。内訳は以下。
1日目は2023年1月24日。旧伊勢別街道の始点である津市の江戸橋~芸濃町椋本の18㎞。
2日目は2023年6月9日。椋本~関宿までの14㎞(亀山駅から椋本まで歩いた距離含む)。
3日目は2023年10月2日。関宿~滋賀県甲賀市の近江鉄道水口石橋駅までの34㎞。
4日目は2024年2月27日。水口石橋駅から栗東市のJR手原駅までの24㎞。
5日目2024年1は手原駅~大津市のJR石山駅までの18㎞。
残る行程は石山駅~京都市の三条大橋の16㎞を残すのみ。近日中にまとまった時間を取って歩く予定を立てています。ただし、ここから先は、見所も多いはずなので、一気に最後まで歩くかを思案しているところです。乞うご期待!

2024年12月12日 PM 4:05
8日㈰10時~16時、津市東丸之内で、何気ない路地裏に潜む可能性をクローズアップした斬新なマルシェイベント「東丸之内通信(ヒガマルコミュニケーション)」が開かれる。主催は地元のコーヒーショップ「reimeiCOFFEE」で、地元や全国各地から集まったコーヒーを始めとした店舗、アーティストによるワークショップ、ライブなど、普段はひっそりとした住宅街の一角が心躍る空間に変貌を遂げる。

東丸之内通信を主催するreimeiCOFFEE(津市東丸之内11─12)は昨年10月にオープン。代表である久保吉史さん(48)が掲げる「30年続ける」というコンセプトに基づいた〝地元ファースト〟を第一に店舗を運営している。店舗を長く続けていくためには、地元から愛されることは不可欠だが、立地が東丸之内の奥にある閑静な住宅街の一角にあるため、いたずらに客が増えれば、混雑による弊害や違法駐車などの問題が発生してしまう。そこでこれまでメディアやSNSへの露出を出来る限り避け、周辺の地域住民たちが日常的に訪れ易い温かな店舗の雰囲気を作り上げている。
東丸之内通信も地元への感謝を第一に企画されたもので、普段は目立たない店舗周辺の路地裏に潜む可能性に注目。店舗と繋がりのある県内や全国の取引先や久保さん個人の交友関係からオファーをした店舗やアーティストによる出店、ワークショップ、ライブによるマルシェイベント。
出店する店舗数は24でマンションのヴィラ瓢亭(東丸之内12―4)前の駐車場にテントを設置し、ブースを設置する。出展店舗は県外の人気コーヒーショップである「High-Five Coffee stand」=長野県松本市=、「TABI Coffee Roaster」=奈良県奈良市=、「FUKUSUKE Coffee」=愛知県安城市=を始め、パン・菓子・茶・農作物・陶器(伊賀焼)・雑貨など。マンション前の道路は7時~18時まで歩行者天国になる。人気ステンシルアーティストの守矢守さんらによるワークショップは、reimeiCOFFEE及び東丸之内食堂の店舗内で開催。cafeMAWEの店舗内でスペシャルゲストのKTa☆brasilを始めとしたライブ。近くの公園にもフリースペースが設けられる。
若者の都会への流入が続く中、地方では魅力的な地域づくりが最優先課題となっている。地域住民すら気付かない街角に潜む可能性の可視化を試みる手法は課題の解決策の一つになり得る。
久保さんは「『津のまちには東丸之内がある』と思われるような面白い場所にしたい」と地元への愛情を胸に語る。
来場する場合、イベント用の駐車場はないので周囲の有料駐車場の利用すること。ゴミの持ち帰りにも協力を。
2024年12月12日 PM 3:35