1月8日9時。前回のゴールだったJR石山駅の南の有料駐車場に車を停めた私は、旧東海道を北へと歩き始める。駅周辺は街道に沿って、飲食店などの店舗が立ち並び、出勤途中と見られる男女が寒さに身をすくめたり、かじかむ手をこすり合わせながら歩いていく。
 余所行きではない街の日常。どこにでもあるような風景に見えるが、今この瞬間、ここでしか出会えない風景。歩みを進める度、刻一刻と変化していく眼前の世界を記憶に刻んでいく。
 京阪石山坂本線とJR東海道本線の踏切を渡って北へ行くと、大きな工場が立ち並ぶ工業地帯へ。周囲の看板には晴嵐という格好良い地名が刻まれている。私の脳裏には、フロートを装着して空を舞う旧日本海軍の水上攻撃機「晴嵐」の姿が頭に浮かんだが、本来は晴れた日にかかる霞もしくは晴れた日に吹き渡る山風を意味する言葉である。
 往時のこの辺りの景色は、江戸時代を代表する浮世絵師の一人である歌川広重の作品、近江八景の一つ「粟津の晴嵐」として描かれている。城があった膳所から瀬田まで琵琶湖湖岸を走る街道に沿って見事な松並木が続く様子が美しい。ここでは、湖岸を渡る風で枝葉がざわめく様子を晴嵐と呼んだそうである。
 昭和初期には500本を超える松が植えられていたが、時代の変化に伴い今ではこの景色はすっかり失われてしまっているが、湖岸のなぎさ公園には平成10年(1998)に松並木がつくられ、往時の姿を再現している。旧東海道からは少し外れるが、せっかくなので公園に立ち寄って、松並木を眺めながら一休み。植えられた松が樹齢を重ねて立派になれば、今以上に素晴らしい景勝が楽しめるに違いない。
 ただ現代日本では、北米原産の外来の病原体であるマツノザイセンチュウをカミキリムシが媒介することによって発生するマツ材線虫病のせいで、松を大きく生育することは非常に難しくなっている。津市内でも御殿場海岸や香良洲海岸で大きな被害が出ている。息災に育つことを願うばかりである。
 街道からは琵琶湖が見えないので、ベンチで一休みしながら景色を愛でる。こんなに大きいのに海ではない。子供のような感想が真っ先に浮かんでくるが、三重県で生まれ育った私は湖に余りが馴染みがなく、つい物珍しさを感じてしまう。
 「池・沼・湖の違いってなんだろう」と取り留めもない疑問がわいてきたので、手元のスマートフォンに入っている辞書アプリで調べてみる。すると、湖は、池や沼より大きく沿岸植物が生育できない深さ5m以上のものと説明されている。沼は池よりも大きいもので深さは5m未満とされ、大きい順に並べると湖沼池となる。確かに、それぞれの最大クラスで周囲の距離で比較すると琵琶湖235㎞、印旛沼47・5㎞、満濃池19・7㎞となっている。また、俗説的には池の多くがため池を主としているので人工、湖と沼は天然という分別もなされているそうだ。
 しかし、これらは法的に定められた基準ではなく、天然の池もあるし、沼より大きな池も存在する。また、ダム湖などの人造湖を湖と区分することも意見が分かれそうだ。辞書アプリに加え、インターネット上に散らばる関連情報を収集した結果、私たちは曖昧な共通認識を基準に湖と池と沼を分類してきたことが理解できた。ちなみに鷲と鷹も生物学的には同種であるが、主に大きさで分類している。現代では、ほとんどのものに、明確な基準が設けられて、誰が見てもわかるような区別がなされている。昨今では、区別を間違えば厳しく糾弾され、場合によってはSNSなどを通じて世界中からバッシングを受ける。理路整然とした区別は公正である分、時に息苦しさを感じてしまう。「あれはでっかいから湖!少し小さいあっちは沼で、こっちは池!」程度の曖昧な判断に愛おしさと、羨ましさを感じてしまうのは贅沢だろうか。(本紙社長・麻生純矢)