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横断歩道で信号待ちをする。広い道を渡る時の待ち時間は長いので過ぎて行く車を眺める。運転者を眺める。信号待ちの間の私の習慣だ。
軽自動車に乗っているのは高齢女性が多い。かわいい車には若い女性が乗っている。豪奢な車でゆったりと進むのは中年の女性で、スポーティーな車でビュンと行くのは中年の男性。若い男性は車に拘らないのだろうか。いや、この時間、若い男性は仕事の車に乗っている。
一家に二台の車が当たり前になった時代。家々の駐車場は三台分だ。住宅街ウォーキングの時にはそこに止まっている車を眺める。大きい車と小さい車が並んでいることが多い。これは子どもがいる家庭だろうと想像する。大きい車は家族で出かける時、小さい車は塾やお稽古事の送迎に。
高級外車が二台並んでいる家もあった。子育てが終わった高年の夫婦のお宅だろうと想像する。たぶんすごいお金持ちなのだろう。でも、今どき高級車を並べておくのは不用心だと思ってしまう。闇バイトの素人強盗に狙われるかもしれない。
私は車種を見分けられないし、新車かどうかも分からないけれど、車観察は面白い。大きく高そうな車の持ち主は承認欲求を満たしたい人だろうか、持ち物に拘らない人の車はこんなのだろうかと考える。家の外から見える持ち物は車だけだから。 (舞)
2025年6月11日 PM 2:01



時刻は12時半、近くの居酒屋で手早くランチを済ませた私は、滋賀県庁の本庁舎の前に立っている。中央にそびえる塔屋、壁面にちりばめられたレリーフ、重厚感がある石畳の車寄せなど、威厳と風格を漂わせるルネサンス様式の建物にしばし心を奪われる。滋賀県を代表する近代建築の一つとして数えられているこの美しい建物は昭和14年(1939)竣工で、設計者は早稲田大学大隈講堂、栃木県庁などを手掛けた佐藤功一。当時の建築界の重鎮として数多くの作品を手掛けた彼は、東京帝国大学卒業後に三重県の技師となったという経歴もあり、少しご縁を感じる。
時代に沿って公共建築物に求められるものは変化している。この庁舎が建てられた時代には、いわゆる〝お上〟の権威を示す役割も少なからず求められていた気がする。それは、封建社会における城の延長線上にある役割に近いものである。一方、より民主化が進んだ昨今では、公共建築物に求められるのは、親しみ易さ、言い換えると市民の理解である。分かりやすい例を挙げると、機能性に優れた質実剛健な建物などが最たるものだろう。華美さや威厳を演出するためにコストを割いた建物は市民の批判の的になる可能性が出てくるからだ。しかし、そうすると建物は想定した耐用年数での建て替えを前提とした消耗品の域に収まり易くなる側面がある。もちろん、それは耐震性などの安全面や機能性などを考慮すると、理に適った考え方である。この県庁舎も中に入ると、階段のレリーフなど歴史を重ねても色褪せない美しさを感じるものの、近年整備された施設と比べると、年代相応の不便さを感じる場面があることは想像に難くない。
しかし、ほんの一握りでも良いので、この県庁舎のように長きにわたって活用されながら、時代を超えて受け継がれていくシンボル足り得る建物が現代にも生まれて欲しいと感じる。そういったものが集まれば地域の魅力の源泉となるからだ。
滋賀県庁を後にした私は、再び北側の旧東海道に戻る。ここまで歩いてきて、ずっと疑問に思っていたことがある。この大津エリアには、繁華街と呼ばれるほど、人や店舗が集まる場所がないのではないかということである。江戸時代には琵琶湖に沿って東西に広がるこの辺りは「大津百町」と呼ばれ、北国街道にも接続する東海道最後の宿場町である大津宿として栄えただけでなく、琵琶湖水運の港町、三井寺(園城寺)の門前町という3つの顔を持っていた。膳所城が置かれた膳所が防衛や政治を司る地域とすれば、大津は地域経済を担うまちであった。現在、旧東海道は石畳調に整備されている箇所もあり、地域のアイデンティティとして大切にされていることが感じられ、長い歴史を持つ老舗の和菓子屋などが見受けられるが、飲食店はJR大津駅と京阪鉄道のびわ湖浜大津駅の間に散在している形。アーケードのかかった商店街もあるが、繁華街というより近隣の人たちが日常的に買い物などで訪れる場所といった雰囲気。ところどころにシャッターが下りているのも地方都市の日常である。では、このまちに魅力がないのかというと、全くその逆で独自の魅力にあふれている。雄大な琵琶湖が生み出す絶景のロケーションはもちろん、京都と大津を結ぶ路面電車である京阪鉄道の京津線は、大津らしさに溢れた風景の代表格である。大津市は近隣の市と同じく京都や大阪へのアクセスが良いベッドタウンとして人口が増えている地域だけあり、目立った繁華街こそないが、生活に必要な施設や店舗は揃っており、確かな活気が街に漂っている。付近には風情溢れる町屋がたくさん残っており、古くから交通の要衝だった土地ならではの歴史や文化と日常的に接することもできる素晴らしい街であると感じる。
私たちが暮らす津市と大津市の大きな共通点といえば、県庁所在地で名前が似ていること。それぞれ伊勢湾、琵琶湖を代表する港(津)があったことにその名は由来するが、それ以外に面白い共通点がある。それはよく似た名前の大きなビルがあることだ。それが津市のアスト津と大津市の明日都浜大津。アスト津は津駅前にそびえ立つ地上18階の商業施設・オフィス・行政の施設などが入った複合ビルで津市のランドマーク。一方の明日都浜大津は、びわ湖浜大津駅前にある地上17階の複合ビルで保健所・子育て支援センターなど公共施設が多く入居しており、高層階はマンションとなっている。アスト津の名前の由来は、「明日」+「私たち」+「都」の合成語USTに津を付したもの。また、TSU(津)を右から読むとUST(アスト)。前述の意味を当てた明日都津という漢字も命名理由に含まれており、明日都浜大津と類似している。アスト津の竣工は2001年に対して、明日都浜大津の竣工は1998年。建設された経緯などは異なるが、オープンした時期も近いのが面白い。津市と大津市は、距離的には約90㎞。凄く遠いわけでもないが、決して近くもなく、日常的な接点は少ないが、小さな共通点を見出すと一気に精神的な距離が縮まった気がするのは面白い。(本紙社長・麻生純矢)
2025年6月11日 PM 1:45