2025年6月

 5月8日午前9時、大津市浜大津の大津港近くの駐車場に車を停め、2023年に始まった徒歩旅の最後の行程が始まった。津市・江戸橋をスタートし、伊勢別街道と旧東海道を経て大津宿本陣跡まで、これまでに歩いた行程は6回。合計距離は125㎞にのぼる。月並みな言い方になるが、思えば遠くへ来たものである。
 今日の目的地は、東海道の終点・京都の三条大橋。距離にして約12㎞。大津から京都までは、まさに目と鼻の先。滋賀県の旧国名「近江」が、「京都に近い琵琶湖」に由来するという説にも納得がいく。一方で、静岡県西部の旧国名「遠江」は「京都から遠い浜名湖」が語源とされている。
 前回の行程以降、取材やプライベートも含め何度も大津を訪れてきた。お気に入りの飲食店もできたし、大津港に浮かぶ外輪船「ミシガン」や大型客船「ビアンカ」の姿を見ると、地元に帰ってきたような安心感を覚えるようになった。津と大津。名前がよく似たこの二つの街は、「居心地のよさ」という大きな共通点を持っている。
 大津港から、前回のゴール地点である大津宿の本陣跡まで、滋賀県道556号を南進する。この道路には、びわこ浜大津駅と京都市山科区の御陵駅を結ぶ京阪電鉄の京津線が並走しており、道幅が広い。全長7・5kmという短い路線だが、大津市街では道路上を自動車と並んで走る「路面電車」としての姿が街の象徴にもなっている。
 この京津線は、やがて通常の鉄道のように線路上を走るようになり、その後は地下鉄へと姿を変える。一つの路線で路面電車・地上鉄道・地下鉄に変化していく様が楽しめる全国でも唯一の存在として知られている。ちょうど京津線の電車が京都方面からやってきて、車と並走していたので、ワクワクしながらその姿を見送った。
 スマートフォンさえあれば、世界中の情報が手に入る時代。だが、実際に自分の目で見て、空気の匂いをかぎ、手で触れ、舌で味わい、耳で聞く……そんな五感での体験は、唯一無二のものだ。そこから得られる知見は、まさに自分だけの宝物。最も原始的な移動手段である徒歩は、五感を総動員する旅だ。これまでに踏破してきた国道163号や165号も、歩いた当日の天気や出来事までも鮮明に思い出せる。車なら数十分で通り過ぎてしまう距離を、丸一日かけて歩くことに、確かな価値が生まれることを確信できる瞬間である。
 県道556号と国道1号が合流するあたりに、標高324mの逢坂山がある。近江国と山城国、つまり現在の滋賀県と京都府の境界に位置するこの山には、かつて「逢坂の関」が設けられていた。古くから交通の要衝として重要な役割を果たしてきた土地である。
 「逢坂」と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、百人一首の蝉丸の歌だ。
「これやこの 行くも帰るも別れつつ 知るも知らぬも 逢坂の関」
 現代語訳すれば、「これがあの有名な逢坂の関か。旅立つ人も帰る人も、知っている人も知らない人も、みなここで出会い、別れていくのだな」といったところか。旅人たちの姿に人生の縮図を見出した、情緒あふれる名歌である。
 中学時代の百人一首大会では、「これやこの…」と読み上げられた瞬間に札の取り合いになった記憶がある。それは「坊主めくり」の影響が強かった。歌を知らなくても遊べる坊主めくりは、子供たちにも大人気で、私も本来の遊び方ではなく、坊主めくりばかり楽しんでいた。絵札を積んだ山札から、一枚ずつ札を引いていき、坊主札を引けば手札をすべて失い、姫札を引いた人がそれを総取りできるという単純明快なゲーム。蝉丸は「坊主札」の中でも特別な存在でトランプのジョーカーのような存在として扱われていた。私が遊んでいた百人一首では、後ろ姿で顔が描かれておらず、引いた瞬間に「あっ」と声が上がる存在感を放っていた。他の坊主札の〇〇法師と比べると蝉丸という名前は一度耳にしたら忘れない抜群のインパクトを持っている。
 蝉丸は平安時代前期の歌人で、逢坂山に庵を結んでいたという伝承がある。盲目の琵琶法師であったとも、物乞いであったとも、天皇の皇子であったとも言われ、出自には諸説あって実像は不明。史実としてはっきりしているのは、あの歌を詠んだということだけだ。
 この地には、蝉丸を芸能の神として祀る関蝉丸神社があり、上社と下社に分かれているのが特徴。特に下社は参道の途中に京津線の踏切があり、遮断機が下りると鳥居のすぐ前を電車が通るという、なんともユニークな景観を楽しめる。境内には神楽殿や国指定重要文化財の時雨燈籠があり、奥には小野小町を祀る塚もある。一方、上社は石段と赤い鳥居が印象的な斜面にあり、どちらも無人ながら清掃が行き届き、地域住民の信仰の深さが感じられる。
 上社と下社の間には、名神高速道路をまたぐ2本の巨大な鉄橋──蝉丸橋と追分橋が架かっている。どちらも1963年の名神高速開通時から使われており、1日の交通量はそれぞれ10万台を超える。私も幾度となく走ったことがあるが、今回初めて下から見上げて観察した。
 トラス構造の鉄骨が幾重にも重なり、巨大な橋脚がそびえる姿は圧巻。普段はわずか数秒で通り過ぎてしまうこの橋も、下から見ると全く違う表情を見せてくれる。大津トンネルと蝉丸トンネルの間にあるこの橋を通る時間は数秒なので存在すら意識しないまま通っている人も多いだろう。しかし、その下には、多くの人にとって未知の風景が広がっているのだ。
 知っているつもりの場所にも、実は「まだ見ぬ風景」が潜んでいる。見慣れた日常のなかにも、目を凝らせば未知がある。好奇心を持ってそれを探し続けることで、人生はもっと豊かになっていく。旅を続けてきた私の人生が豊かになっていることが何よりの証明である。
 逢坂の関は平安時代後期から徐々に形骸化。近世に往来し易くするために道が掘り下げられたことなども影響し、正確にどこにあったかは分からなくなっている。国道1号と旧東海道の分岐点には、「逢阪山関址」の碑があるが、もちろんこれは正確な場所を示すものではない。しかし、自分自身が蝉丸の歌の世界に身を置いている実感が湧いてくる。前述の通り名神高速道路や国道1号を、毎日多くの人が行きかっていることもあり、逢坂の関は形を変え、今も交通の要衝となっている。ひとり徒歩で京都へと向かう私も、国道1号や名神高速で私の脇や頭上を行きかう人々も、昔の旅人たちのように顔を合わせることこそないが、知らず知らずのうちにここで出会いと別れを繰り返している。人の世は変わっているようで、変わっていないのかもしれない。(本紙社長・麻生純矢)

5月17日(土)、津市大門・丸之内周辺で「津ぅのドまんなかジャズフェスティバル2025」が開催される。10周年を迎える今回は、津観音総代会と三重テレビの共催による「津縁日音楽祭」も同日開催。両イベントあわせて10会場。ジャズに加え、多彩な音楽ジャンルを楽しめるだけでなく、「津市物産まつり」や「高虎楽座」なども同日開催されることから、中心市街地が音楽と活気に包まれそうだ。

 津市の中心市街地で生演奏を楽しめる本格的なジャズイベントとして親しまれている同フェスティバルは、2015年から毎年、津市大門・丸之内周辺を会場に開催されている。中心市街地の活性化と音楽文化の普及を目的に、地元のミュージシャンらによる実行委員会が運営している。
 今年は、「津市まん中広場」「ホテル津センターパレス」「神楽洞夢」「和院」「BRAN」「LinO」「Heartぽっぽ」の7会場で開催。うち、「津市まん中広場」と「ホテル津センターパレス」会場は10時半にスタートする。
 注目は、津ジャズ10周年を記念した「10周年チャリティースペシャルライブ」。これまでフェスを支えてきたミュージシャンが集結する特別企画で、出演は世界的ジャズ・ヴィブラフォン奏者で津市出身の大井貴司さん、同じく津市出身のプロベーシスト長谷川英喜氏率いる「長谷川英喜EBバンド」、新進気鋭のピアノトリオ「平光広太郎Trio」、伊勢市出身のサクソフォーン奏者・塚本奈加さん率いる「塚本奈加Trio」など。ライブはホテル津センターパレス会場で16時50分から。チケットは1000円で、先着150名限定。ライブチャージは今後津市で開催される音楽イベントへの寄付に充てられる。
 さらに今年は10周年を機に、ジャズ以外の音楽ジャンルのミュージシャンにも参加の場を広げ、より多くの世代が楽しめるようにと、「津縁日音楽祭」が初開催される。津観音総代会と三重テレビが共催し、長く親しまれてきた古刹・津観音をはじめとする3会場(津観音、大門交差点、平治煎餅前)にて実施。地域で活躍するミュージシャンが集い、音楽の力で人と人との縁をつなぎ、地域のにぎわい創出をめざす。
 当日は、三重テレビの番組「ボイメン☆パーク」の収録もあり、人気アイドルグループ・BOYS AND MEN(通称ボイメン)のメンバーも会場を訪れる予定。「津縁日音楽祭」は津観音会場にて10時スタート。津市出身のアコースティックデュオ「うたまろ」など、多数のミュージシャンによるステージが展開される。
 両イベントを合わせると、出演者はプロ・アマ308名、72バンド。初夏を彩る音楽イベントとして、期待が高まる。
 すべてのコンサートは観覧無料だが、店舗を会場とする場合はドリンクの注文が必要になる。
 また当日は、丸之内商店街で「津市物産まつり」、フェニックス通りで「高虎楽座」、大門大通り商店街で「大門花マルシェ」、松菱で「ふるさと三重物産展」も開催。中心市街地が音楽と活気であふれる一日となりそうだ。

 私は今、事務所でノートパソコンに向かって、これまでの旅を振り返りつつ、この原稿を書いている。東海道五十三次の最後の宿場町である大津宿まで歩いてきたので、残すは終点の京都の三条大橋を目指すのみとなった。距離にすれば、わずか10㎞ほど。いわば、画竜点睛を残すのみだが、スケジュールと天気が噛み合わず、まだ最後の行程に出られていない。せっかくの機会と開き直って、しっかり紙面を割きながら、これまでの旅を振り返りたいと思っている。
 この徒歩旅が始まったのは2023年1月24日。「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」。ご存知、松尾芭蕉の「奥の細道」の冒頭であるが、年がら年中、様々な場所に出かけては、徒歩を満喫している私にとってこれほどしみいる言葉もない。そもそも、連載企画の原点は、「江戸橋から関宿までの伊勢別街道を一日で歩いてみよう」という軽い気持ちだった。しかし、この初日は、スタートした時間が遅かったこともあり、日暮れまでに関宿にたどり着けず、江戸橋から芸濃町椋本までの18㎞となった。この日、一番思い出に残っているのは、雪が舞うバス停で一緒になった男子高校生。バスで塾にでも行くのだろうかと思っていたら、彼は学校から帰ってくる女子高校生を待っていた。それはサプライズだったらしく、幸せそうな笑顔を浮かべながら雪の中に消えていく二人の姿が脳裏に焼き付いている。2年以上経った今も二人はきっと仲良くしていることだろう。
 2日目の行程は同年6月9日、JR亀山駅から関宿の西追分までの18㎞。この旅のルールは、前回のゴール地点まで公共交通機関などで戻り、再び再開するというもの。この日のスタート地点がなぜ亀山駅なのかというと、バスを目の前で乗り過ごしてしまったからである。本来はルートではないが、亀山駅から前回のゴール地点の芸濃町椋本まで戻るという行程を経てから、関宿を目指した。亀山駅からしばらく続くルートは10年以上前に、自転車で津市をめぐる「津ぅるどふるさと」という企画の初日に走った場所なので、その時の記憶が昨日のように蘇ってきた。あの企画は友人と一緒に巡っていたので、現在ののんびり一人旅スタイルとは随分色合いが違うものだったが楽しい思い出がいっぱい。以来、身近な場所に潜む未知を探しつつ、遠くを目指す徒歩旅は私のライフワークとなっている。芸濃町の楠原宿の美しい街並みなどを楽しみながら、伊勢別街道の終点にたどり着いたが、これまで国道163号や165号を終点から始点まで踏破した私にとっては物足りない距離なので、東海道を西に進み、終点の京都三条大橋を目指すことになった。
 3日目は関宿から滋賀県甲賀市の近江鉄道水口石橋駅までの34㎞。坂下宿から東海道の難所である鈴鹿峠を徒歩で超えるのは初めて。豊かな緑に彩られた峠道を歩きながら、峠で盗賊がその身を隠したと言われる鏡岩や巨大な万人講灯篭を見たり、田村神社、土山宿、水口宿など街道沿いの名所を巡りながら、歩いた道の行程さも距離もこのトップとなる一日を終えた。特に印象に残ったのは、東海道から見上げた水口岡山城。私が好きな長束正家という戦国武将の居城だったからだ。彼は石田三成らと共に豊臣五奉行に名を連ね、武勇でも智謀でもなく、算術という異色の能力で政権運営に貢献した。1600年の関ヶ原の戦いの後、籠城の末に偽計で捕らえられ、刑場の露と消えている。
 4日目の行程は2024年2月27日。水口石橋駅から滋賀県栗東市のJR手原駅までの24㎞。雪がちらつく寒い日だったが、豊かな水をたたえた堀が印象的な水口城に立ち寄り、江戸時代初期に日本の刀工が鍛えたといわれる西洋剣「水口レイピア」のレプリカを見ると、思わず心が踊った。横田の渡し跡には巨大な常夜灯があり、滋賀県を代表する野洲川を船で渡っていた往時をしのんだ。その後、湖南市に入り、明治時代につくられた二つの隧道が今も人々の生活を支えていることや、周囲の平地よりも高い場所を流れる天井川という滋賀県ならではの地理的特性を目の当たりにしながら、木曽義仲の出生を描いた人形浄瑠璃や歌舞伎の演目「源平布引滝」の基となった「手孕伝説」が伝わる地にたどり着いた。
 5日目の行程は2024年7月25日。手原駅から大津市のJR石山駅までの18㎞。猛暑の中での行程となった。手原駅近くにはSLが美しく保管されており、地域の人たちの熱意と愛着を感じたところからスタート。栗東市から草津市にかけては、東海道沿いにも若い母親と子供の姿を平日昼間から頻繁にみかけ、国内でも非常に稀有な人口増加地域である勢いを自分の肌で感じることができた。まさに百聞は一見に如かずである。琵琶湖から流れ出す唯一の河川である瀬田川(淀川)に架かる瀬田の唐橋は、数々の「天下分け目」となってきた場所である。そこから紫式部が源氏物語を起稿したと伝わる石山寺の麓から、大津市内最大の乗降者数を誇る石山駅に到着した。
 6日目は2025年1月8日。石山駅から大津宿までの13㎞。琵琶湖湖岸に江戸時代の旅人たちに知られた景勝地を再現した粟津の晴嵐、城づくりの名手である津藩祖・藤堂高虎が手掛けた膳所城跡、木曽義仲と松尾芭蕉が眠る義仲寺、街中に散在する町屋や老舗、小さな石碑を残すのみの大津宿跡と大津城跡。そして、後日取材で琵琶湖に浮かぶ遊覧船ミシガンで南湖のクルーズを楽しんだ。大津市は街に漂う空気も心地良く、この旅で特に思い出に残る場所となり、プライベートでも訪れるようになった。
 次回はいよいよ大津宿から東海道終点の京都の三条大橋。スケジュールを調整し、天気予報を注視する日が続く。旅の終わりを前に胸が高鳴る。(本紙社長・麻生純矢)

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