国道165号を遡る

本堂へと続く長谷寺の登廊

本堂へと続く長谷寺の登廊

長谷寺の拝観時間には滑り込みセーフ。拝観料を支払った後に深呼吸。乱れた息を整えて、国の重要文化財にも指定されれている仁王門をくぐる。ここは真言宗豊山派の総本山で、門にかかっている長谷寺の額字は、戦国時代がお好きな方にはおなじみの後陽成天皇の筆によるもの。門から延びる屋根付きの階段である登廊も重要文化財。本堂へと続く長い階段を一歩登る度に悠久の時を遡っていくような感覚を覚える。普段であれば観光客の姿も絶えないこの寺も時節柄と拝観時間終了間際ということもあり人影はない。特に登廊に沿って牡丹の花が咲き乱れる時期には、多くの人で賑わうだけに、これだけ静かな長谷寺は、とても贅沢に感じる。これも仏のお導きなのかもしれない。
399段もある長い長い階段を登りきると、眼前にはそびえ立つ大伽藍。国宝の本堂である。清水寺と同じく切り立った崖に建てられており、舞台からは周囲の山々を望む美しい風景と寺の全貌が一望できる。これだけでも、ここまで急いできた甲斐があるというもの。人生は不思議と帳尻が合うように出来ているのだと、先ほどとは打って変わり、不信心極まりない考えが頭をよ

そびえたつ長谷寺の本堂

そびえたつ長谷寺の本堂

ぎる。
堂宇の中に入ると、私のような生来の横着者であっても、厳かな空気の影響で無意識のうちに背筋を伸ばし、姿勢を正してしまう。拝所から高さ12mを超える日本最大級の観音像である本尊・十一面観世音菩薩立像に向かって手を合わせる。いつも神仏の前に立つ時は、感謝をささげるのみ。人の命はとても儚い。今この瞬間、ここに生きているだけで、とてもありがたい。齢40を超えてつくづく思うが、今自分が幸せかどうかは客観的指標ではなく、己の認知のみで決まる。何不自由ない恵まれた環境で過ごしていても自分が不幸だと思えば不幸。逆に恵まれない境遇にあっても自分が幸せと思えば幸せなのだ。つまり、自分の手の中にあるはずの幸せに気付けるかどうかが大切ということ。寺社仏閣で心を落ち着けて祈るだけの健康状態があれば、それ以上、何を望むことがあろうか。
参拝を終えた私は心洗われる気持ちで長谷寺を後にする。ただ私には、まだ重要な使命が残されている。それは我が家の平和を守るために必要な供物、つまり妻への土産を用意することである。うっかり忘れて帰宅しようものならば、立場が危うい。
門前にちょうど良い塩梅の土産物屋を見つけたので中に入ると、おあつらえ向きとばかりにショーケースの中にプリンが並んでいる。接客してくれた見目麗しい御婦人に全種類を箱に詰めてくれるようにお願いする。どこから来たのかと尋ねられたので、近鉄榛原駅から歩いてきた旨をつげると、彼女は驚きの表情を浮かべる。冷静に考えると、そんなことをわざわざするのは、相当の物好きだけで

あろう。
夕暮れが迫り、門前町に並ぶ土産物屋はどこも店じまいを始めている。無事に目的地にたどり着いた達成感と、妻の機嫌を損ねずに済んだ安堵感で私の心は満たされている。プリンの入ったずっしり重い袋を手にした私は、のんびりと家路についた。(本紙報道部長・麻生純矢)

国道165号沿いの風景(奈良県桜井市吉隠)

国道165号沿いの風景(奈良県桜井市吉隠)

美しく整備された棚田(奈良県桜井市吉隠)

美しく整備された棚田(奈良県桜井市吉隠)

奈良県桜井市吉隠(よなばり)。趣深く美しさを感じる地名で彩られたこの地は、大和国の最南端に当たる。国道165号のルーツである大和と伊勢を結ぶ伊勢街道(初瀬街道)沿いにあったため、江戸時代には長谷寺へ参詣する人やお伊勢参りへ行く人の往来でも賑わっていた。更に時代を遡ると都からほど近いこともあり、695年に持統天皇も御幸した記載も日本書紀に残っている。地名の由来は一帯に広がる初瀬谷の奥まった(隠れた)ところにある良い(吉)場所という意味があるらしい。
万葉集には、この地を詠んだ歌が収められている。

降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくに

現代語に訳すると、「雪よ、そんなに降らないで。吉隠の猪養の岡に眠る愛しい人が寒がるから」といったところだろうか。この歌を詠んだのは持統天皇の夫、天武天皇の息子である穂積皇子。歌に詠まれた彼の想い人は、同じく天武天皇の娘で異母妹である但馬皇女。そして、彼女は穂積皇子と自身の異母兄にあたる天武天皇の長子・高市皇子の妻であったとも言われている。持統天皇は彼らの母親ではない。ちなみに、彼女は夫の兄・天智天皇の娘で夫の死後に発生した後継者争いで自害することになった大津皇子は異母姉の息子にあたる。少し遡ると、壬申の乱で天武天皇に破れた大友皇子(弘文天皇)は持統天皇の異母弟である。かいつまんで説明しただけでも、登場人物たちの余りに濃密な血縁関係がお分かり頂けるだろう。
血を分けた者同士が文字通り血で血を洗う争いを繰り広げた時代。背徳の香りは漂うものの、亡き想い人への純粋な愛が込められたこの歌の存在が際立つように思う。猪養の岡と推定される場所は国道のすぐ北にある吉隠公民館付近で、この歌を刻んだ碑も建てられている。旅路が美しい物語に彩られていく。
また、吉隠は棚田も有名で、奈良県景観遺産に登録されている。地元住民によるプロジェクト会議のメンバーが休耕田を解消するために、棚田で取れる米を「吉隠米」としてブランド化している。国道沿いに広がる棚田は空の状態だが、心血を注いで手入していることが一目でわかる。万葉集に詠まれた景色は今も損なわれること無く美しさをたたえている。
スマートフォンで時間を確認すると、16時10分。目的地の長谷寺は、もう目と鼻の先とはいえ、冬季拝観の受付時間リミットの16時半までわずかしか時間が残されていない。だが、何度もお伝えしている通り、国道には危険がいっぱい。歩道も途切れがちで、片側しかない場所も多い。出来るだけ安全を確保するために、対向車線沿いの歩道に向かって、横断歩道のない場所を渡らなければならないこともある。ここで無理して事故をしては目も当てられない。こんな時こそ、焦らず、御仏のお導きを信じることにしよう。もし間に合わなくても改めて訪れれば良いだけ。
なんとか長谷寺の門前町にたどり着いたが、16時半まで残り数分…。
ちょうど紙幅が尽きたので、私が拝観時間に間に合ったかどうかは次回に譲ることとしよう。(本紙報道部長・麻生純矢)

伊勢本街道の風情を残す榛原駅北側の町並

伊勢本街道の風情を残す榛原駅北側の町並

2月9日14時半過ぎ。この日も政府が10都府県に出している新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言の延長に伴い、三重県独自の緊急警戒宣言の対象となっている。当初は前々日に予定されていた宣言解除に合わせて日程を組んだため、この日となった。県外への移動自粛の指示は重々承知しているが、移動先が感染者数が多い地域ではなく、山間の道をほとんど人と接触せず、感染症対策にも注意しながら歩くので、どうかご容赦頂きたい。
近鉄榛原駅付近の駐車場。私は焦っている。歩き始める予定時刻を大幅に過ぎているからだ。なぜ時刻を大幅に過ぎただけで焦るかというと、今日の目的地である長谷寺の冬季拝観時間が16時半までだから。せっかくゆっくり拝観するために、前回早めに切り上げたのに、拝観すら危うい状況。実にまずい。焦燥感は募るばかり。
距離にすると約7㎞。余裕で着けそうな距離であるように思えるが、これまでの経験上、歩道のない箇所もある行程を歩くのは距離以上に時間がかかる。何より時間を優先して急ぎ過ぎてしまうと、この旅の醍醐味である国道沿いの旅情を味わうというコンセプトが台無しになってしまう。私は少し冷静になり「もし、拝観時間に間に合わなかったら、次の行程の最初に立ち寄ろう」と考えを改めると、一気に足取りは軽くなる。
榛原は、国道165号のルーツである初瀬街道と、大阪方面からお伊勢参りに向かう最短ルートで美杉方面へ向かう伊勢本街道の分岐点にある旧宿場町。駅北側には、毎日多くの旅人たちが訪れた往時の風情を今に伝える常夜灯、道標、旅館の建物などが残っている。今でも榛原駅は一日に一万人以上が乗降している。姿形は変えても交通の要衝としての役割を保っている。
国道に出た私は長谷寺方面に向かって山里をひたすら進む。スピーカー再生にして、スマートフォンで様々な曲を聴きながら歩いていると、色々なことが頭に浮かんでは消えていく。この旅が始まったのが一昨年の11月の終わり。間も無く、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、文字通り世界は一変してしまった。重い症状と医療現場の逼迫。感染拡大防止のための外出自粛やソーシャルディスタンスが一般化したが、そこで生まれた人と人との物理的な距離は、心の距離を生み出し、孤独に飲み込まれてしまう人を生み出してしまった。
スマートフォン内に入っている曲をランダム再生していると、ふと流れるイントロに私の表情は硬くなる。この曲を生み出した若き天才ミュージシャンも、コロナ禍中に、この世を去ったからだ。私が彼女のことを知ったのは、とある野外音楽フェスのステージ。類まれなる才能がきらめく楽曲にただただ魅了されるばかりだった。それ以来、どれだけ彼女の楽曲に救われたか分からない。しかし、今は彼女が奏でるギターの音色を聴くだけで、悲しみに押しつぶされそうになる。熱くなる目頭を押さえ、思わず足を止めそうになる私の耳に、彼女が紡いだ言葉が飛び込んでくる。
『私は行くよ 構わず行くよ どこまでも 何%の可能性でも知ったこっちゃない 行こうぜ うつくしい圧巻の近未来 絶景の新世界』(赤い公園「yumeutsuutsu」の歌詞より引用)。
いつかは私もあちらへ逝く。その時は必ず、彼女に感謝を伝えたい。だから、現に身を置く今は、歩みを止めず国道を往く。その先にあるうつくしい圧巻の近未来と絶景の新世界を夢みて…。
(本紙報道部長・麻生純矢。本稿は敬愛する故・津野米咲さんに捧ぐ)

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