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津ぅるどふるさと
「川上山若宮八幡宮」の社より奥の雲出川源流の滝へは細い道を辿っていく。清らかな水のせせらぎと木々のささやき。一歩進むたびに、文明という薄衣をはがれ、あらわになった心が根源へと遡っていくような感覚をおぼえる。ほどなくすると、高さ4mほどの小さな滝の前に注連縄が張られているのが見えてくる。2人で滝に向って手を合わせ頭を垂れる。目を閉じて耳を澄ませると、滝の音と共に神の息吹が聞こえてくるような気がする。
その後、川上さんを後にした私たちは次の目的地である太
郎生方面へ向かうべく、JR名松線の伊勢奥津駅方面へと戻る。ここに来るまでは、緩やかな登り坂が続いていたので、帰りはしばらく下り坂。走り込みのおかげで飛躍的に伸びた体力にまかせ、快調に飛ばしていく。
しかし「好事魔多し」とは、よく言ったものである。奥津駅から2㎞ほど手間で突然、後輪に違和感。徐々にタイヤがしぼんでいくような感覚。間違いなくパンクだ。
自転車から降りて穴の開いた箇所を確認するがすぐには分からず。修理するのに、適当な路肩もなかったので、奥津駅前まで自転車を押していく。
パンク修理くらい自分でやるのが自転車乗りのたしなみとはいうが、手先の不器用な私は、挑戦すらしようと思ったことがない。その点、М君はなんでも自分でやりたい派。前輪と比べると、後輪を外すのは少し手間がかかることもあり、ここは修理の経験がある彼に任せることにする。
とはいうものの、間が悪いことにこの日は交換用のチューブを持ち合わせておらず、近くに自転車屋も無い状況。最悪リタイアかと思った瞬間、今朝M君が返品できなかったタイヤチューブのことが頭に浮かぶ。物は試しにと、取り外したホイールに当ててみると大きさがぴったり。それを見て「日頃の行いやな。神様はよう見とる」とうそぶく私。M君はすかさず「言うとけ」と返す。
なんにせよ、ここからは彼の独擅場である。ただ見守るしかない私は彼の手元に自販機で買ったばかりの冷たいコーラを置くと、アスファルトに腰を掛けて休憩。スマートフォンを脇に置いて、ジミ・ヘンドリックスの名曲「パープルヘイズ」を再生する。
私は酒も煙草もやらないが疲れた時にはこうやってお気に入りの曲を聴きながら〝一服〟をする。神と呼ばれた男が奏でるギターの音が鼓膜から、脳髄を伝わり、五臓六腑へと染み渡っていく。この心地良さは他に代えがたいものがある。
そうこうしていると、М君の方も悪戦苦闘の後に、チューブ交換を終えていた。空気を入れて試乗してみると、乗り心地は上々。「この貸しは高いぜ」と不敵な笑みを浮かべる彼に感謝をしつつ、彼にサイズの合わないチューブをすすめた店員にもほんの少しばかりの謝意をささげる。
なんとかトラブルを乗り越えた私たちはいよいよ、津市の最奥の地である美杉町太郎生に向ってスタートを切った。(本紙報道部長・麻生純矢)
2014年8月7日 AM 4:55
JR名松線の伊勢奥津駅から「川上山若宮八幡宮」へ向かって走り出した私たちは駅前に広がる集落を抜けていく。この辺りは、伊勢本街道の奥津宿として栄えた地。現在は地域住民たちが往時の風情を伝えるために「のれん街」と称し、各家が屋号の入ったのれんを軒先に飾っている。今は建物の無い場所にも、映画館跡を示す表記があり、過疎で悩んでいる美杉町が少し昔まで、いかに賑わっていたのかが伺える。
集落を抜けた先で、同町川上方面へと南進。めざす川上山若宮八幡宮、通称・川上さんは、その名の通り雲出川の源流に鎮座している。全国に仁徳天皇を祀る若宮八幡宮は多数あるが、その中で最古と言われる由緒正しき神社である。
薄い雲越しに差し込む柔らかな光と、道に沿って走る川から吹き上げてくる涼風を全身
に受けながら、私たちはのんびりとペダルを回す。
やがて、大きな茶色い鳥居が道にかかっているのが見える。更に、木立の中の道を行くと、苔むした灯篭が並んでいる。無数の白い灯篭と、それらを覆いつくすように生える木々は神気を放っているようにすら見える。ここを抜けて少し行くと、ようやく目的地である川上さんに到着だ。
自転車を停め、飲み物でのどを潤した後に早速、参拝へ。車では何度か、ここに来たことがあるが、来る毎に感動させられる。その理由は、信仰というものの起源を感じられるからだ。私は自然の雄大さと人のちっぽけさの対比から、信仰が生まれたと思っている。人の力では、ままならない自然を畏れ、敬い、祀る。その過程で、人智を超えた〝神〟の存在を強く認識するようになったのだろう。
鳥居をくぐり参道を歩んでいった先に広がる境内。よどみひとつない清流と、悠久の時を生きる大樹が何本もそびえ立っている。例え、何も説明せずとも、ここが神域であると分かるほどの説得力が周囲に漂う空気にも満ちている。
社務所の前で神社の方に挨拶をし、本殿へと進む。流石に余り信心深くないM君も、神域の厳かな空気を肌で感じたのだろう。それなりの敬意を払っている様子で参拝を済ませた。
本殿の脇には、願いごとを思い浮かべながら持ち上げ、難なく上がった場合はそれが叶うという「おもかる石」。この石は、大小2種類あり、力自慢のМ君は当然、大を選択。難なく持ち上げた後、嘲笑を浮かべながら私の方を一瞥する。
ここで逃げては男がすたる。私は大きい石に手をかけるが、少し力を込めた時点で静かに敗北を悟り、黙って小さい石を持ち上げてみせる。勝ち誇ったようなM君の顔を見ないようにしながら、本殿よりも奥にある雲出川水源の滝へと歩を進める。(本紙報道部長・麻生純矢)
2014年7月17日 AM 9:04
7月2日10時頃。助手席に座るM君はひどくご立腹だった。「昨晩、タイヤ交換をしてたんやけど、自転車屋の店員にタイヤを見てもらいながら買った交換用チューブの大きさがまるで合わなかった。何も分からない頃に買ったから、こっちも悪いけど、一言いわないと気が済まない」と腕を組んでむくれている。
「それ買ったのいつ?レシートはとってあるの?」と私は冷静に問いかけるが「だいぶ前だし、もうレシートもないけど関係ない」と全く意に介さない様子。その自転車屋は、めざすべき美杉町とは逆方向。タイムロスだが、どうにも腹の虫が治まらなさそうな顔をしているM君を見て、仕方がなく車を走らせる。
店に到着すると「ちょっと車の中で待っててくれ」とM君は勇ましく店内に乗り込んでいく。しばらくすと、若い店員を引き連れ車のキャリアから自分の自転車を下ろす。更に5分ほど後に再び自転車を乗せ、助手席に戻ってきた。
来たときよりも幾分表情が和らいでいたので、一応どういうやりとりがあったのかを確認する。やはり、チューブは、購入から日数が経ちすぎているので、返品は断られたそうだ。その代わり、工賃を割引してもらい、チューブごとタイヤ交換をしたそうだ。怒り心頭のM君を短時間で納得させた相手の交渉力は中々のものであったのだろう。
なぜ長々と、この前段を書いたのかというと、返品できなかったチューブがこの後、思いもよらない活躍を果たすからである。
お待たせしたが、いよいよ本編だ。今回は津市美杉町のJR名松線の終点である伊勢奥津駅前からスタート。周知のとおり現在はJR名松線の家城より奥が運行休止となっているため、この駅に電車がくることはない。大部分を美杉町内で撮影した映画『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』でも、電車が登場するシーンはやむを得ず、岐阜県の明知鉄道で撮影されている。劇中でもかなり印象に残るシーンだけに、これは少し残念。
駅のすぐ横には出来たばかりの伊勢奥津駅前観光案内交流施設ひだまりがある。静まりかえっている様子だったので、近づいてみると水曜定休。これもアポなし旅の宿命。巡りあわせと諦めるしかない。
そのすぐ横には、全国的にも現存しているのが珍しいというSLの給水塔がある。今ではツタが絡まり、すっかり古びてしまっているものの、それがかえってノスタルジックな雰囲気を際立たせている。
用心深いM君の綿密な自転車チェックも終わり、準備も整ったので、いよいよ出発。天気予報を見ながら雨が降らないか心配していたが、薄い雲で日差しが和らぎ、丁度良いくらい。最初の目的は「川上山若宮八幡宮」で、ここから片道6㎞ほど。私たちは意気揚々とペダルをこぎ始めた。(本紙報道部長・麻生純矢)
2014年7月10日 AM 4:55