随想倶楽部

知人に吊るし雛をいただきました。ずうーと前に旅宿で吊るし雛を見かけた時に「わぁー、きれい。こんなのあったらいいなぁ、欲しいなぁ」と思っていました。思いは通じて「吊るし雛を作ったよ」と私にくださいました。
吊るし雛は江戸時代に庶民の間で作られ、代々子や孫の成長を祈って家の中に飾られた心温まるお祝いの品です。
日本には習わし、しきたりの言葉があります。習わしは古くからの習慣のこと。しきたりは「仕来たる」ことでずっとやってきた意味から生まれた言葉です。共に共通語で、長い歴史の中で育まれた言葉です。
吊るし雛は全体的に朱色が多く使われており、朱色は厄除けと衣食住に恵まれ成長を願っています。段飾りひな人形は江戸時代に一般家庭ではなかなか手に入らなかったので吊るし雛を考え出して、家族の者が一針一針に愛情を縫い込めて作っています。
現在は段飾り雛人形の横に吊るされて、子供の幸せを祈っています。吊るし雛の紅白の鶴は神の使いで元気に育つように。とうがらしは悪い虫がつかないように。巾着はお金に困らないように。花は可愛く育つように。猿っこは災いの病が去るように。赤いべべ着た鯛はおめでたい日が沢山訪れますように。ぞうりは健康で働き者になるお守りとの事です。その他にもいろいろと飾られており見ていても飽きません。
テレビのスイッチを押すと四季を感じる行事や習わしがコマーシャルやニュースとして放送されます。現在、私達は明治5年(1872)から太陽暦(新暦)に基づいて生活をしています。が、古く中国から伝わった(旧暦)行事、文化は日本人の風俗習慣、しきたりとして続いています。四季(春夏秋冬)の中に二十四節気(立春・夏至・秋分・冬至等)、七十二候(時候の様子を表したもの、例えば・啓蟄入梅・寒露等)があり、旧暦ならではの趣きがあります。
その他に一年の行事として一月は門松・花餅・七草粥、二月は追な(節分・豆まき)・はだか祭・初午、三月は桃の節句(ひな祭り)・春の彼岸・花見、四月は花祭り、五月は端午の節句・川開き・母の日、六月は・山王祭・父の日、七月は七夕・ねぶた祭り、八月は八朔・盆踊り、九月は重陽の節句・おくんち祭、十月はえびす講・紅葉狩り、十一月は顔見世・七五三・酉の市、十二月は歳の市・クリスマス・餅つきなど。他にも各地でいろいろな行事が行われています。これらの行事は五穀豊穣・先祖供養・家内安全・商売繁盛などの願いと祈りを込めてされています。
バレンタイン・恵方巻きは日本だけの風習です。女性から男性にチョコレートを贈り、愛の告白です。翌月のホワイトデーには男性から女性に返礼として贈り物をする習慣ができています。いただけないと少しガッカリしますね。立春の前日に豆まきと共に行われる恵方巻きは、その年の吉の方角を向いて七品の具が入った巻き寿司を食べて健康と幸せを祈るものです。また、その年の終わる頃の十二月二十五日にはキリストの生誕を祝うクリスマスがあります。
クリスマスは江戸時代ひそかに長崎の出島で行われていました。阿蘭陀冬至として祝っています。江戸後期の文人、狂歌師の蜀山人(大田南畝)が文久元年(1861)に幕府の役人として長崎奉行所に赴任。その時に祝宴に招待されており、その内容が記録とされて残っています。
日本はこのように中国をはじめ他国からいろんな文化を取り入れ、五穀(米・麦・粟・豆・稗)豊穣と安全、健康を祈ったのです。
しきたりっていいなぁ♪
日本人の生活の知恵から作り上げられ、今に繋がるこの伝統文化、風習を宝物として末永く守り続くことを祈っています。
吊るし雛の一つ一つに「ありがとう。来年もよろしくね。」と声かけをして 箱の中にそっとしまいました。
(全国歴史研究会会員、三重歴史研究会会員及びときめき高虎会会員)

暦の上では、早くも節分・立春を迎えようとしておりますが、新春とは名ばかりの寒さが続いております。その一方で辺りを見回せば、いつの間にか小さな春の訪れを見つけ、蠟梅の黄色い花が、甘い香りを漂わせ、暖かい日の光が窓からさしこみ、嬉しくなるのもこの季節です。
今回は節分・立春にふさわしく、歌舞伎小唄から「吉三節分」江戸小唄より「山谷の小舟」と一連の「春風がそよそよと」
をご紹介いたします。

「吉三節分」

月も朧に白魚の 篝  も霞む春の夜に
冷たい風もほろ酔い  の 心持よくうかう  かと
浮かれ烏の唯一羽   塒へ帰る川端で
竿の雫か濡れ手で粟  「御厄払いましょう  厄落し」「ほんに今  夜は節分か こいつ  ぁ春から」縁起がい  いわぇ

歌舞伎は阿竹黙阿弥作「三人吉三巴白浪」という世話物で、お嬢吉三、お坊吉三、和尚吉三、三人吉三の白浪(盗賊)の物語で、「大川端庚申塚の場」が舞台となっております。
この小唄は草紙庵が幾多の研究資料を集め、自信をもって発表したもので、芝居のセリフと下座と舞台との間をたっぷり使って唄う従来の小唄から一転して、「語る小唄」を意識して作曲したもので、歌舞伎の危機の声がささやかれていた昭和五年に、突如世に問うたのが吉三節分でした。これまでの歌舞伎小唄にみられぬ新鮮さがあるという事から、小唄好きの市川三升、守田勘也、日本画家の伊東深水などの、演劇人、知識人達が相談し、都内の花柳界にもこの小唄を流行らせるよう努力した結果、またたく間に話題に上るようになり、草紙庵の歌舞伎小唄の決定版となって、今日迄伝承されております。

「山谷の小舟」

山谷の小舟 着いた  着いたおお着いた
待乳山風 手拭でし  のぐ 雨か霙か
ままよままよ 今夜  も明日の晩も流連け  しょ生姜酒

明治中期の作で「山谷の小舟」とは吉原通りの猪牙舟の着く山谷堀のことをいいます。客の一人が山谷堀に着くのももどかしく、「おお着いた着いた」と舟から飛び下りると、季節は二月初めの立春の頃、春とは名のみで夜風は冷たく、雨か霙か手拭で寒さをしのぎながら、日本提を小走りに走り出すといった風景を唄っております。

「春風がそよそよと」
春風がそよそよと   福は内へとこの宿へ  鬼は外へと梅が香添  ゆる 雨か雪か
ままよままよ 今夜  も明日の晩も流連け  に玉子酒

この唄は「山谷の小舟」の替唄で廓は福は内、鬼は外と節分の豆まきをした翌日の立春の日で、春風が吹くと福とをかけ、お庭と鬼は外とかけた遊び唄です。庭の梅の香に匂ってくる部屋で、今降って来たのは雨か雪か、「それなら居続けるだけさ」と盃を傾ける風景を唄ったもので、当時とても流行った小唄です。
小唄 土筆派家元

「小唄の楽しみちんとんしゃん」も今回で10回目を迎え21曲をご紹介いたしました。三味線や小唄に興味のある方、初めての方など大歓迎です。実際にお聴きになりたい方は稽古場か「料亭ヤマニ」になっております。お気軽にご連絡ください。又、中日文化センターで講師も務めております。
稽古場「料亭ヤマニ」☎059・228・3590。

新しい年がスタートしリフレッシュしたい頃。温泉や各地巡り、地元のおいしいものを食べるのもまた、心身に活力を与えてくれる。しかし、家族と水入らずでどこかへ外出したいと思いながら高齢者や障害者、手術痕が気になる人など、外出を諦めている人も多いのではないだろうか。当社はバリアフリーのお出かけを後押ししようと、民間救急と共に高齢者や体の不自由な人も外出できる乗務を行っている。
ある日、こんな連絡があった。「車イスの本人と家族揃って、観光に行きたい。皆が行ける時に、福祉タクシーに乗っていろんな所を見てみたいのです」。その一言に私もも温かいものを感じ、目的地でどのように過ごしたいのか理解できた。
「要介護者のQOL(生活の質)の向上と、介護者のやすらぎ」の両立。これまで双方を同時に満たすのは難しかったが、近年、一部の観光地でバリアフリーの整備を行い、積極的に車イスユーザーを招き入れようという動きも出ている。県も、「日本一のバリアフリー推進県」を提唱している。
2016年に大手旅行会社が実施した調査によると、「要介護の方、またはその家族の方に対し、旅行をしたいですか?という問いに、92%もの人が「可能であれば行きたい」と答えている。
一方で「実際に要介護者と旅行したことがある」と答えた人は、30%にも満たないという結果が出ており、要介護、車イスでも外出したいという人が年々多くなっているにもかかわらず、70%以上の人は要介護者との旅行に不安を抱えている現状だ。福祉タクシーへ乗車する人に、常に「車イスやからといって、じっとしてたら足がもっと動かんようになるよ。外出をあきらめないで、楽しい時間をつくろう」と話してきた。それに対し、返る言葉が「そんなの、私には無理や」と言うので、「そうじゃないよ。お出かけをすればおいしいものや、いろんな人と会話もできる。元気も出るんや。それを手伝うのが私の仕事」。
理解してもらうのも大変だが、我々も観光やバリアフリー情報に精通し提供できれば、利用者も安心して乗車できるし、新たなスポットを発見できる。宿泊もできれば、私自身もよりバリアフリーの勉強ができる。
今回の行程は車イス1台、家族4人が乗車し、高速道路で北上。ホテルを起点に一泊して主要な観光地を巡ることになった。移動その他を除いて、家族が車イス介助を行うという。何が何でも福祉タクシーにお任せ一辺倒でない立派な考えだ。  運転中も、車内は和やか。ふだんはできない会話に、花が咲いている。コースも自分たちが決めているので出発時間の焦りもなく、ゆっくり観光できたのが今回の特徴。階段など、家族が難しい所は私が介助して、スムースに進んだ。
ただ、主要な所はバリアフリーも成されていたが、障害者マークの駐車場へ一般車が停車している光景には、乗車中の家族も苦言を呈した。これからも公共、民間共に、障害を持つ人にも施設が使い易く改良されるであろう。しかし。機器類の改良だけで解決されるものではない。現実はまだ、モラルに欠けている。
車イスや障害を持つ乗客を乗せて各地を巡り感じることは、要介護者本人と家族皆の支援もあって、はじめて実現できるということ。「次は、どこへ行こうかな」と、期待が膨らむ。心と体が一致する瞬間だ。
我々の仕事は安全、安心はもちろんだが、外へ出てみると案外いろんな課題や提案を発見する。 「いい日旅立ち」。その言葉どおり、お出かけは新しい出会い、新しい自分に会える。交通弱者、家族もどんどん出かけよう。体の調子も、すこぶる快調になるかもしれない。(民間救急  はあと福祉タクシー代表)

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