随想倶楽部

 ある暑い夏の昼下がり、車を走らせていた時、アスファルトの歩道に座り込んでいるご老人が目に入ってきました。気になって自動車を止め、「大丈夫ですか」と声を掛けました。ご老人は買い物でいっぱいのレジ袋をそばに置き、首からカバンを掛けていました。
 返ってきた返事がどうにも弱弱しい。「家はどこです。おくりますよ」。「そうか、世話を掛けるな」。「どうぞ乗ってください」。老人に道案内をしてもらって、玄関先まで送り届けました。ご老人は「ありがとう、助かりました」とお礼の言葉を言われました。
 あの夏の日、あのままだったら、どうなっていたことだろう。焼け付いたアスファルトの上は、気温がとても高い。熱中症にでもなれば命にかかわる。
 それにしても、買い物をしてくれる家族はいなかったのだろうか。
 そして、去年の夏の日の午後、家人が「ついさっき、見知らぬおばあさんが前の道をフラフラと歩いていった」という。これはただ事ではない。すぐにその老婦人を走って追いました。やっと追いついたのですが、手には途中で摘んだのか野の花、それと転んでできたのか、手の甲にかすり傷ができ血が滲んでいました。「何処へ行くの?」と声を掛けると、「家に帰るの」と海岸堤防の方を指差すのです。
 「あっちは海で、家なんかあらへん」と言っても海の方を指差し、「家に帰る」と言うばかり。「何処から来たん?」と問うたものの、意味不明のことを繰り返します。「名前はなんていうの?」…返事がありません。
 そこでピンと来ました。認知症の「これは徘徊ではないか」。携帯で警察に電話をして、事情を説明しました。15分くらいでパトカーが到着し、警察官が老婦人をパトカーに乗せて、なにやら無線で交信していると、老人介護施設から抜け出し、捜索願が出ていることが判ったのです。あとは警察官に任せ、その場を離れました。
 今年の4月の雨降りの日でした。スーパーで買い物を終えて帰宅中に雨の中を傘もささずに道路をとぼとぼと歩いている少し変なご老人が目に入ってきました。そのまま一度は通り過ぎたものの、気になってしまい、車を止めてそのご老人を探しました。見つからない…あちこち探し、やっと見つけ、「どこかの家を探しているのですか?」…「自動車が…」。「どこから来たのですか?」…返事がありません。「どこへゆくんですか?」…「家」。「あなた今津市にいるんですよ」…「ええっ、四日市とちがうの」…「いえ、津市です」。目がうつろ。ここまでのやり取りで私は判断しました。警察を呼ぶしかありません。
 雨の中、傘をさしながら、携帯で110番。10分位でパトカーが来ました。眼光人を射る警官2名に事情を説明すると、警官はご老人をパトカーに乗せました。これで一安心。大正13年生まれの人であることが判りました。一昨日から家に帰っていないらしい。家族はどんなにか心配していたことだろう。
 あとは警察官に任せて、その場を離れました。歳格好からゆくと私の父の年代の人。早く父を亡くした私にはその老人が亡き父と重なって見えました。「父が健在ならば、このような老人なのだろう」と。人事ではなかった。日ごろから私は車を運転しながら、様子がおかしい老人には車を止めて、「大丈夫ですか?」と声をかけるようにしている。
 川柳「お父さん 家に帰ろう さがしたよ」。  

 (津市在住。英語、英会話講師)

 

 大晦日に親友の舩井勝仁氏から一本の電話があった。ちょうど、伊勢神宮で年越しの篝火の御奉仕をさせていただくための準備で禊ぎを終えたところだった。
 「赤塚さん、正月の三日に東京に来て!」
 聞けば、二人の共著である「聖なる約束」を読まれた方から勝仁さんに電話があり、イスラエルに行くことになったが、その前にこの本の著者に会って話が聞きたいとのこと。
 その電話の相手は、安倍晋三総理の奥様、昭恵夫人で勝仁氏の父、船井幸雄先生と昭恵さんのお父さんの時代からのご縁なのだそうだ。
 混み合う満席の新幹線で約束の品川のレストランに向かった。一人でタクシーに乗ってやって来られた昭恵さんは、穏やかな中にもまぶしい光を放つ素晴らしい女性で、新年の挨拶とともに会話は進んでいった。
 昭恵さん、勝仁さん、私の三人は、ビールのピッチも上がり次第に話も熱を帯びていった。エルサレムでの首相公式行事の間、フリーの時間があるが、どこに行くのがいいだろうか?と、訪ねる昭恵さんに私はためらうことなく「エインカレム(ぶどう薗の泉)」イエスの母マリアが洗礼者ヨハネの母エリザベツを訪ねた場所にある「訪問教会」をおすすめした。
 これから来るべき新しい世界は、男社会の戦い、競い合う荒い波動ではなく、女性性の潤い、喜び、生み育てる母性の柔らかな波動の時代にならなければならないと思えるから、女性性の喜びの波動に満ちた最高の場所だとお伝えした。それから、ほろ酔い気分で昭恵さんはこう言った。
 「私はね、家庭内野党って呼ばれてるのよ。年末で予定いっぱいあるのに何でこんなときに選挙なんかするのよ!って言ったら主人が珍しく声を荒げて、怒ってね。僕は命を懸けてるんだ!ですって。どうして、男の人は総理大臣になんかなりたいのかしら。本当に自由もないのに。だけどね赤塚さん、私いろんな政治家を間近で見てきたわ。ほとんどの人が顔が変わってゆくの。そう、悪くなるの。でもね主人は、付き合ってた頃から顔が変わらない。いい顔。だから本当に素晴らしい人だと思ってる」。
 そして、「来年ね、サミットがあるでしょ。伊勢でできたらいいわねって彼と言ってるのよ。でも、三重県が手を挙げないのよ」とビックリすることを言われた。
 三重に帰った私は、三重県がサミットの誘致に名乗りでることを毎日祈った。
三週間ほどして、新聞で三重県が立候補したことを知った。
 よし!三重県がんばれ!神宮に行き御神楽を奉納して私は強く祈った。
 建国以来二六七五年の歴史を持つ世界最古の王朝国家、日本。物質と力が支配する世界から、大調和の世界へとシフトする灯明台となる役割の国、日本。
 神道は、宗教を超えた神ながらの道、感じる世界であり、諸宗教和合の光なのだ。
 想像してみよう。世界の首脳が、「世界に平和の風が吹きますように」「地球が一日でも命永らえますように」「すべての宗教が手をつなぎますように」と、祈る姿を。そして、その場所は世界で唯一、二千年生き続けている人類の聖地、伊勢神宮しかあるまい。
 神楽殿から出て、携帯電話を見ると私のフェイスブックにメッセージが届いている。
 なんと、鈴木英敬三重県知事からではないか!
 「赤塚さん、ありがとうございます。まさに人類の聖地というこの地で育まれた共生の精神性を世界にメッセージとして出せることを最大のアピールポイントとしています。ずっと水面下で調整をしてまいりまして、少し遅くなりましたが、昨日表明いたしました。外務省から、遅れたことは全くハンディにならないと言われていますので、しっかり誘致実現に向けて頑張ります。応援よろしくお願いいたします!」。
 伊勢で世界の首脳がやまとこころにふれることから、新世界は始まるにちがいない。日本民族心を合わせ、伊勢の国でのサミットの実現を祈ろうではないか。
    (赤塚建設㈱社長)

 今、妖怪ゲームや妖怪体操が流行っています。子どもたちはゲームやメダルを使って画面の中で妖怪と対決しています。妖怪ウオッチの蓋を開けて覗くと、人間界の人には見えない妖怪がいて、悪さをすればやっつけるというゲームです。 子どもたちはゲームを通して悪に立ち向かい、正義感に満たされるようです。私は小さい頃に民話や昔話を読んで、怪しく恐ろしく感じていました。又、その一方では教えられる所がありました。時代と共に常識や思いが変化していきます。今はその古典的な妖怪も共に活躍し、人の心をくぎづけにしています。
 妖怪とは化け物のこと。人の目に見えない理解しにくいもので、恐怖、畏敬の念を持ちます。それに姿形が作られ、人々の心のすき間に善悪の化け物がうごめいているものです。さかのぼって奈良時代の史書『日本書紀』斉明天皇の七年八月の条に「鬼」の言葉が記述されています。「鬼」とは死者の霊魂。鬼=オニは「陰(オン)」の訛ったものです。鬼は死者や祖先の霊が善意ならば人を守る神「鬼神」(例えば「鬼子母神」)となり、悪意あれば地獄鬼(羅殺)になります。
 山姥、雪女、蛇女の話は日本の穀霊神や再生神に結びついており、神話のイザナミが原形です。女性はすべてを生み出す神秘的な存在です。記紀には書かれていない地方の話が民話となっていき、人々の間で云い伝えられ、生活の知恵や教訓が含まれて現代へと繋がれてきています。日本人の宗教的観念「あらゆるものに霊は宿る」には、動物、植物や日常用品の中にも化け物を作り出しています。 『日本書紀』の推古天皇御代三十五年春二月の条に「貉(狸)有りて、人に化けて歌をうたう」と記述があります。歌は呪術の一種とされ、狸・狐・兎が呪術を操る動物とされていました。狸・狐・兎はもっとも身近にいた動物なので昔話の中に残っていきました。
 平安時代には怨霊信仰が強く、不思議な事件レポート『日本霊異記』に狐が「女」に化けて嫁入りしたり、更にこの時代に活躍した陰陽師安倍晴明の母は信太の森に棲む狐だったという伝説があります。妖狐は山に帰る前に田植えをして、後に五穀豊穣や財宝を与えるので稲荷は神の使いとされています。
 鎌倉・室町時代の作品は小さな入れ物や小さ子から現れて人に富貴を与える桃太郎・一寸法師・浦島太郎や鉢かづき等は平安時代の物語をベースに作られ、江戸時代では庶民の間に第一回妖怪ブームが起こり、有名な絵師や菱川師宣、葛飾北斎らが描いています。
 その他に、飛頭蛮、一つ目小僧、海ぼうず、河童や夕方に現れるぬらりひょん等があります。悪魔と神が同居する境界に厄病、鬼を防ぐために村はずれに道祖神、庚申塚が建てられています。そして生と死の境目はその人その人の心にある天と地獄なのです。
 さて、私は若い頃に友人につけられたニックネームからお気に入りの持ち物には河童の似顔絵を描きます。河童はいたずら好きで、お茶目な水の神とされています。だから私にとっては楽しい空想時間になります。
 現代では水木しげる氏による「ゲゲゲの鬼太郎」「一反もめん」が書かれ、柳田国男氏は妖怪を民俗学にとらえています。
 今は「えたいの知れないこと」は妖怪の仕業としており、現代の妖怪ウオッチで第二回妖怪ブームが起こっています。ジバニャン等が大活躍しています。
 人は命のある限り闇にとらわれずに、生に役立つものであって欲しいですね。
 妖怪たちは現代的エッセンスにアレンジされて、いろんな昔話として 今も人々の心の中に生き続けて行くのでしょうね。楽しい正義感の強い妖怪さんやーい。いらっしゃーい‼
 (全国歴史研究会、三重歴史研究会及びときめき高虎会会員)

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