随想倶楽部

   わたしたちの会は、今年設立15周年という節目を迎えました。会の活動はボランティアだと思いますが、わたしは、このボランティアということばを今日までずうーっと自問自答してきました。
 ボランティアの定義は、「無償奉仕」ということでしょうが、そこには無償だから、多少ゆき届かなくても許されるという、あまえのようなフシがあります。わたしは、しばりのないボランティアだからこそ、心を引き締めてとりかかる必要があるのだと思います。 15年という節目の年に会名を改め、それに沿って、定款の活動目的も、より分かりやすく表現することにしました。
 会名ですが、里山のことを考え、見つめ続けてきましたが、かつて地域の人々がやってきたように里山という自然にとけこみ、ふれあっていこう、人間も自然も所詮おなじ地球の仲間じゃないか、この里山という自然を利用させてもらって共に子どもたちを育んで、地域の人々が支えあおうというのが根底にあります。 優美な大型の鳥ばかりが大切な鳥というわけではありませんが、わたしたちの拘わっている里山の周辺には、10数種の猛禽類が集まってきており、ピラミッドの頂点に君臨する彼らは、その場所が如何に生態ゆたかな森であるかという証左となっているのです。
 周辺には、いくつもの池が点在し、小川が流れ、里山の外周に畑や田んぼがあり、町を縦断する大きな川がたくさんの生き物の餌を提供しているからです。
 わたしたちは、まもなくオープンされる県立博物館の附属生態園=エコミュージアムとして、広く県民に愛される里山にできないかと模索しています。
 梅雨が訪れる6月のはじめ、ササユリがにおい、夏には、カブトムシやクワガタムシが現れ、秋には、アケビが熟する町のまん中に位置する里山、これこそ子どもたちが、体験学習をする場所としてふさわしい舞台であると思っています。 おこがましいことですが子どもたちを含め、青少年や大人も共々、人間形成への創造に取り組み、深めていきたいと願っています。
 里山の生態を守り、その奥深さにふれて、次代の夢を育てていくのがわたしたちの究極の願いです。
 《NPO法人 みえ里山自然ふれあいの会》 
 この新名称は、三重県の認証後に正式に表示されます。
(NPO法人 三重の里山を考える会事務局長)

 高齢化社会と言われたのは、この前のこと。今では〝超高齢化社会〟となり、県内でもあちこちにデイサービスや高齢者専用賃貸住宅ができている。それに伴い、高齢の方や障害の方が病院や各目的地まで乗車できる、いわゆる介護・福祉タクシーも頻繁に走る。
 福祉タクシーは、歩行困難者や交通弱者の外出を支援する、福祉・介護の専門業者。お年寄りをはじめ、障害を持つ人達の日常の足として、病院や施設等への移動の足として、車イスやストレッチャー利用者でも乗降できる機能を車に備えている。
 「ドア・ツー・ドア」、「ベッド・ツー・ベッド」 高齢者や障害者がありのままの生活から外出を可能にすることを基本にしており、乗務員による介助技術も大切である。
 私は、その福祉タクシーを開業して今年で一年。これまでは開業している先輩にイロハを教わり、営業もし、自分で実地で勉強しながらここまで来た。それまで、介護の現場で教わったことも今では大いに生かされている。と言っても、55歳。まだまだこれから頑張らねばならない。一日のうちにお会いする、これまでにご乗車いただいた方や、はじめてお会いする方と、乗降や介助を通して会話することが非常に楽しみであると共に、今日一日どのような出会いがあるのか、良い意味で緊張を覚えるし、安全な乗車、介助を心がける。
 お客様に気持ち良く乗車していただくため、きちんとした挨拶はドライバーの基本。車イスや手介助で注意して乗車させていただき、目的地へ向かうわけだが、道中常に安全運転を心がけ、時間を計りながら、到着した後は、乗車運賃をいただいて目的の場所へさらに事故のないように、車椅子や介助で注意しながらお届けする。実にいろいろな作業をこなすわけだが、これらの中でお客様とのふれ合いがあるし、やりがいを感じる。
 一方で、タクシーというだけに、事故のないよう心がけるための精神的、技術的な努力や、その日の事業運営収入など、少々ドロ臭い独特の感覚も持ち合わせる。また、訪問する介護の現場でも、私の営業に対してあまり理解していただけない場合もあれば、利用者の側でもこのようなサービスがあること自体知らなかったという人もいる。
 ある病院の午前の時間帯は、介護、福祉タクシーの事業者が客を乗降させるのに列をなすこともある。マナーの遵守も大切だし、介護も引き受ける福祉タクシーの運転手は、病にも気をつけねばならない。病は気からというが、この業種は病は肉体からともいえる。時には腰を痛めることも。
 ある日、家内がそっとくれた梁石日氏著「タクシー・ドライバー日誌」を時間があればページをめくる。1986年初版だから、今のタクシー料金とは比較にならない時代だが、ドライバーが日々送る心の喜びや心身の悲痛な現実は、まさに自身にあてはまるのだ。 時には、文章に表せないような搬送依頼もあるし、深夜の搬送依頼も。寝床にいる時は、お客様を長時間待たせている錯覚に陥る。これまで毎夜飲んでいた酒も、今やノンアルコール。
 同時に自身の心も磨けと、毎朝トイレ掃除をして、〝きれいな心〟で出勤するのだが、その日の売上げは後からついてくるのだと、とにかく真心で働かせていただくことに徹する。
 ある日、乗車いただいたお年寄りが「病院からの帰りだし、施設の食事以外のものが食べたい」という。何がいいですか?と尋ねると「うなぎか、天ぷらが好き」と話す。お年寄りは大抵、あっさりしたものが好みと思い込んでいたが、意外な話に、「それでは、ぜひ」と、天ぷらの専門店へ直行した。食事の際、そのお年寄りは「食べたかったから、本当においしい。幸せよ」と、満面の笑みを浮かべて満足。その顔が、素敵だ。
 福祉タクシーとは乗車するだけでなく、人と人をつなぐ心のバロメーター的存在でもあるが、ボランティアでは成り立たない。車の維持費やガソリンの高騰など、思う以上に経費がかかる。だから、行政的支援、財政的補助が必要だ。
 行政と事業者が一体として取り組み、将来さらに需要が増加するであろう介護・福祉タクシーに、政治ももっと耳を傾けて、移送サービスの法制度体制を強化すべきである。
(大森 成人 日本福祉タクシー協会会員、はあと福祉タクシー)

 ここ数年、私は日本アルプスの山々を年に数回ほど気が向いたときに登っていました。仕事上、連休が少ないのでどうしても日帰りが多くなります。
 すると前日の夜中に出発し、登山口で車中泊、早朝に歩きだして夜中に津に戻ってくるパターンになります。これは結構しんどいもので、それなりの覚悟をもって出発しなければなりません。
 もう少し、お手軽な気分で行きたいなと思ったのが鈴鹿山脈の山々でした。かの有名な定番の御在所岳はまあまあこんなもんかな?と思いましたが評価が一変したのがその近くの竜ヶ岳でした。石灰岩と花崗岩と笹が作り出す風景は日本アルプスのそれに劣らない感動を与えてくれます。
 味をしめた私は何度か竜ヶ岳を登った後(さすがに同シーズンに3回登ると飽きます)、鈴鹿山脈最高峰の御池岳を目指すことにしました。 
 御池岳の山頂はカレンフェルト(未状岩郡)やドリーネ(侵食窪地)のある広い石灰岩の台地で、南面は切り立った崖となっていて展望が素晴らしい、とされています。要するに大きな木が育ちにくく、石や地形の造形が豊かでそれが展望が良いことに繋がっています。
 まず登山口を探します。あったあった、いつも登山口までたどり着くのが大変です。登山口を示す看板はあったりなかったり、あっても大抵は小さく分かりにくいか、朽ち果てています。もちろん車のナビには載っていませんから、書籍やネットを駆使して下調べします。大抵はご親切な誰かが画像つきでネットに掲載しています。便利な世の中になったものですね。
 えっちら、おっちら登っていくと、リスがうろちょろしていました。鹿はなんどか見たことがあるのですがリスは初めてです。しばし足を止めて行方を追います。
 登山開始後2時間ほどしてから雲行きが怪しくなってきます。今日は雷雨注意報が出ているのは知っていましたから雨は覚悟はしていました。しかし雷だけは勘弁願いたいものです。
 ほどなくして、頂上に到着。全然よくありません。周りが木に覆われて遠望が利かないんですね。たまたま居合わせたおじさんに写真を撮ってもらいましたが天気悪いし、逆光で真っ暗です。実は登山とは必ずしも頂上がいちばん素敵というわけではないのです。
 気を取り直しその人に展望のひらける「ボタンブチ」の場所を聞いて向かいます。本当にこれであっているのかな〜と不安に思っているころにすばらしい光景が突如現れます。長い風雨の影響で木々が流されたまま育っています。三重県にいるとは思えない、大げさに言えば映画のワンシーンのような展望の中を歩きます。
 もう気分は冒険の勇者です。もっとこの光景の中を歩きたかったのですが、「ボタンブチ」にほどなくに到着してしまいました。さっきから前も後ろも私の視界に人類はいません。眼下に飛んでいるヘリコプターくらいでしょうか。高度感のある景色に目が休まります。
 さて、ここで待望のカップラーメンの登場です。いままでは携帯ガスコンロでお湯を沸かしていたのですが、高性能の保温ポットを手に入れたので朝入れたらお昼でも十分熱く、手軽にラーメンが楽しめます。
 ここの石にメッセージが刻まれています。今年遭難で亡くなった方が見えたようです。手を合わせ先に進みます。地図とにらめっこして、この道でいいのかな〜と不安が募ります。霧がかかっていたりルートがたくさんあったり踏み跡がはっきりしていないと結構道に迷います。
 今まで何度か迷ったり、偶然すれ違った人に助けてもらったりと山では都会にない注意を払わないといけません。鈴鹿といえども遭難者は毎年数名いるのです。
 しばらくすると展望が開け道が間違っていないことに確信を得ます。
 しかしまた次の問題が…雨と雷です。ついにきました落雷、とっても怖いです。雷雲はすぐ頭上にあります。勇者は近くの森の中に退避しますがきっと何の対策にもなっていません。だからといって、だだっ広い原野ををひとりで歩くのは怖すぎます。山で雷にあったらもうそのあとは運次第と山岳ガイドの言葉が反芻されます。
 20分くらい経ったでしょうか?とても長く感じましたが実際にはそんなもんだったと思います。ようやく雨と雷が止みます。勇者はすごすごと森から出で再び歩き出します。
 すぐに一面コケの原野に到着しました。雨が降った後なのですごいです。何がすごいってコケが青々と光り輝いています。もちろん眩しくはありませんが、生命の喜びみたいなものを感じるんですねぇ。大台ケ原や屋久島もすごいコケでしたが三重県にこんなすごいところがあったんですね。 ちなみにここは「日本庭園」という名前がついてます。わたしなら、「コケ牧場」にしますけどね。
 さあ、もうあとは下るだけです。頂上で写真を撮ってもらったおじさんに再び出会います。山ですれ違ったりする人は必ず挨拶するので会話もはじまりやすいです。どこそこに茂っていた草の名前やどこの山はどうだとか年配の方なので私の質問に答えて頂けます。例の雷のときはシートを引いて寝そべっていたそうです。別れ際に「鈴鹿山脈最北端の霊仙山行ってみたら?」と言うので次回の冒険はそこに決めました。なぜそこがいいのか理由は聞いていませんでしたがそれもいいでしょう。行けばわかります。
 そんなこんなで帰りはいつもの片岡温泉に入ってから帰ります。ここがまたすごくて、加湿・加水・循環・消毒を一切せず、タンクにも貯めず一度も空気に触れない新鮮な源泉を掛け流しです。おまけに最近リニューアルされてとってもオシャレになっていますよ。 
  あー楽しかった!
 でもみんなに聞かれます。登山のどこがいいの?なんでのぼるの?苦行?
 行けばわかります(笑) (前川 政輝 ㈱マック=カーライフマック=代表取締役社長)

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