地域

日本で唯一の「げいのう」という名にちなみ、東京の劇団の公演誘致や演劇ワークショップなどを行ってきた「芸濃町を芸濃い町にする会 」は、芸能文化による地域振興を目的とした市民劇団「芸濃い劇団」を設立する。劇場法の施行以来、公共ホールは実演芸術の振興などの役割を求められるようになったが、活動拠点となる「津市芸濃総合文化センター」は、その先進例としても期待される。

 

芸濃町民らによる導入劇シアターRAKU「十二夜」

芸濃町民らによる導入劇シアターRAKU「十二夜」

「芸濃町を芸濃い町にする会」は、芸濃町椋本出身で東京で活躍してきた文筆家で現会長の伊藤裕作さん(68)が、地元の仲間たちと共に平成27年に設立。伊藤さんは東京と地元を行き来する生活を続けながら、日本で唯一の「げいのう」の名前を生かした地域づくりをめざし、自身のネットワークを生かし、俳優で日本演出者協会会長の流山児祥さん率いる劇団「流山児☆事務所」や、自分たちで建てた芝居小屋で大量の水を使った演出を行う「水族館劇場」などの公演を誘致。
そのような流れの中、「芸濃町を芸能文化に理解の深い、関心の高い町にすることを目的とする」と同会規約の実現に向け設立されることになったのが「芸濃い劇団」。
設立に至った直接のきっかけは今年4月、津市芸濃総合文化センターで行われた流山児さんが率いる「シアターRAKU」による舞台「十二夜」。この舞台の導入劇に出演するために、芸濃町内の在住・在勤者ら16名が流山児さんが指導する演劇ワークショップに参加。演じる楽しさを知ると同時に、堂々たる演技で観客を沸かせた。
これに手ごたえを感じた伊藤さんと、同会事務局長で同センター館長の稲垣巧さん(63)は、芸の文化による地域おこしを目的とした劇団設立を決意。二人とも、演劇は全くの未経験ながら、俳優として水族館劇場の公演に出演。稲垣さんは演劇ワークショップにも参加。自身も演じる楽しさに魅了されただけでなく参加した小学生が演劇を通じて大きく成長していく姿を間近に見て感動。「子供たちが様々な役を演じる中で、色々な立場の人の考え方を想像できるようになり、視野を広げられる」と教育面からも意義を見出した。
更に6年前に施行された「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(劇場法)では、文化会館などの劇場は実演芸術の振興を図り、活力ある地域社会の実現に貢献に寄与することが求められていることから、同文化センターは劇団の活動拠点としてバックアップ。市民ホールを練習・発表の場や他団体との共演の場として活用していく。
現在、団員を募集中、人数が集まり次第練習を開始。指導は同会の芸術参与に就任した流山児さんと、その劇団メンバー、伊藤さん、稲垣さんらが行う。当面の目標として、芸濃町の伝説を盛り込んだ水族館劇場の「この丗のような夢」を演じ易くアレンジして今年の年末にお披露目公演を行うほか、年2、3回ペースで公演を行う予定。
同会の結成から3年。質の高い演劇作品を鑑賞できる機会をつくってきたが、今度はそれに影響された地元の人たちが町ぐるみで演劇作品をつくりあげ、町おこしにつなげるという新たな段階へと移行。伊藤さんは「劇団が育っていけば、三重県はもちろん東京や海外にまで飛び出し、芸濃や津市の町おこしができる」と瞳を輝かせる。住民主体の文化を軸にした地域振興と、それを支える地域劇場としての同センター。市内でも劇場法の趣旨を体現する先進的な取り組みであるだけに展望が期待される。団員の募集対象は、芸濃町内在住・在勤者及び、同会の規約に同意できる小学生から高齢者までで、演劇経験不問。家族での参加も歓迎。参加費無料(傷害保険400円のみ)。練習日は月1~2回程度で団員で相談して決定。
詳細は同会事務局(芸濃文化センター内)☎津265・6000。

表彰状を手に…高井さん

表彰状を手に…高井さん

「三重トヨペット」=川喜田久社長、本社津市上弁財町=の高井康夫さん(34)が「第33回・全国トヨペットサービス技術コンクール」のペイント競技で全国優勝した。
高井さんは同社の亀山BPセンター=亀山市太岡町=所属の塗装の技術者。同センターは顧客により安心感のあるサービスを展開するため、自社による鈑金塗装を手掛ける工場。最新設備と高い技術力を持つ技術者を揃えた県下最大級の施設。
環境に優しい企業を理念として掲げる同社は、環境ISOを取得し、様々な取り組みを行う中、同センターも2015年より使用する塗料を完全水性化。環境負荷の軽減と作業従事者の安全を両立している。自動車業界全体で水性化へ移行をめざしているが、それに一歩先んじた形に。
同コンクールは、全国のトヨペット店の技術者が競うもので4年に一度開催。三重県代表の優勝は初の快挙。
同コンクールは4月21日、岐阜県多治見市で開催。地区大会で全国上位12人に残った高井さんが出場したペイント競技は、自動車の塗装の出来栄えを競う種目と、塗料を課題色と同じになるよう調合する種目で構成。
塗装の種目では、高井さんは工場で使っている水性塗料を使用。多くの選手が使用した溶剤系塗料と比べると乾きが遅く扱い難いというハンデをものともせず、優勝したことで高井さんの技術力だけでなく、同社の環境への取り組みも間接的に評価された二重の快挙といえる。更に安全性への配慮に長けた選手に贈られる特別賞も受賞した。
優勝以来、快挙を聞きつけた顧客から、同センターでは異例の〝指名〟が入るようになった高井さん。「優勝できるとは思っていなかった。これからは、後輩たちに技術を伝えていけたら」と大会当日を振り返ると共に今後の意気込みを語る。

1970年に開催された大阪万博での三菱未来館

1970年に開催された大阪万博での三菱未来館

1970年の大阪万博は、科学技術と相互理解の発展を通じた明るい未来を披露した。その規模は、総面積330ヘクタールに77の国と4つの国際機関の参加で、開催期間は、3月14日から9月13日の183日間。当時、日本の人口の半分以上である6422万人が訪れた。
テーマは『人類の進歩と調和』。おまつり広場の『太陽の塔』に、米・ソ宇宙開発競争がもたらした『月の石』、海底都市や海底牧場、リニアモーターカーにロボット、家庭用コンピュータ装置に携帯できる電話器、また、ヨウ化銀のミサイルで台風を消滅させる短編映像なども見られた。
そのパビリオンは『三菱未来館』。テーマは50年後の日本、すなわち2020年の日本である。1階から入場した見物客は、先ずエスカレーターで3階の展示スペースに送られ、そこからは81基の動く歩道で、5つの展示室を見て回る仕組みだった。くだんの映像は、特撮が東宝、音楽は伊福部昭。円谷英二の最後の仕事であったともいう。
さて、このような気象制御技術は1947年より各国で研究されており、人工降雨などは小規模ではあるもの、今や一部の国では実施されている。単純なシステムとしては、スキー場の降雪装置などもある。
また、台風の制御も検討されていた。米国における1969年8月のハリケーン・デビーに対する実験では、最大風速50m/秒を35m/秒へと30%低下させることにより、風速の2乗に比例した建造物損壊に対する風の破壊力を半減させている。
記録によると、5機の航空機にはヨウ化銀を含む散弾ポッドを搭載、8機の航空機には観測機器を積んでデビーに向かい、台風の目の壁の外雲にヨウ化銀の煙を拡散すべくポッドを投下、高度約1万1000メートルで爆発させた。『三菱未来館』の短編映像は、その進化の姿だったのであろう。
ところが、その後の実験はあまり進んでいない。突然のコース変更などの予期せぬ結果が出る心配があるからだ。また、台風のコントロールのあり方についても懸念がある。関係する各国の利益調整が非常に困難なためだ。例えば、台風は災害原因だけでなく、場所によっては大切な水源である。
しかし、この半世紀の間には、情報処理技術と共に、シミュレーション技術も格段に進歩した筈ではないのだろうか。 例えば、北京気象局の天候修正事務所には、人工降水や人工洪水制御、人工霧除去事業もある。
地球温暖化の影響で極端な気象災害が増えている昨今、積極的な気象制御技術をもって、被害を少しでも食い止められん事を切に願うばかりである。 (O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

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