地域

中西家墓碑群(中列が初代与右衛門)

(前号からの続き)

 高虎公に餅を振る舞い、更に藤堂家代々がそれを吉例とした、三州吉田宿札木町の中西与右衛門とは何者か?
 『郷土豊橋札木町四百年史』によれば、屋号は清須屋といい、三代目与右衛門藤家のころに吉田宿唯一の本陣を営み始め、十六代俊一郎まで本陣経営を続けたが、俊一郎は明治末期、家財、古記録を全て処分し上京している。中西家十六代のうち初代・二代・三代・四代・八代・十四代・十五代の七名が与右衛門を名乗り、高虎公存命中に面識があったであろう初代と二代の諱は不明である。『中川蔵人日記』に書かれた中西与右衛門とは十四代与右衛門保濤のこと。
 高虎公存命中にひとかたならぬ縁を結んだのは、慶長十六年(一六一一)八月十二日に没している初代と目されるが、同四百年史には餅屋ではなく「尾張国清須村の出身、織田信長の家臣、本能寺の変により浪人となり、諸国流浪の末、吉田に来て酒問屋を営む」とある。
 この記述に従えば、巷説の『出世の白餅』と年代が大きく異なる。高虎公の浪人時代には、初代中西与右衛門は信長に仕えており、れっきとした武士で、一介の餅屋ではないのである。一方、本能寺の変があった天正十年(一五八二)、高虎公は羽柴秀長麾下の将としての地位を既に確立している。従って二人が餅屋と食い詰め浪人として出会った可能性は、残念ながらゼロと言わざるを得ない。
 が、しかし、大名時代の高虎公が道中たまたま寄った清須屋で出された餅がことのほか美味く気に入り、以来格別贔屓にして、吉田では必ず同店で餅を食べるのが定番になった、という可能性はなくはないだろうが、歴代藩主にまで受け継がれていくには動機としてあまりにも弱い。やはり二人の出会いは吉田以前に求めるべきであろう。とすれば両者が信長の直臣と陪臣であった時代が最も可能性が高い。
 共に通称は同名の『与右衛門』である。こんな仮説はどうか?
 信長の家臣が大勢集まった何かの場で、誰かが「与右衛門!」と名を呼んだ。すると自分のことかと二人の与右衛門が同時に返事をする。これが切っ掛けとなり、二人は親しくなった。ある時、中西家に遊びに行くと、つき立ての餅を振る舞われた。その餅の美味さは格別……まだ武士としてほとんど無名であった高虎公の心に深く刻まれた。やがて本能寺の変後の烈しい権力闘争の中、浪々の身となった中西与右衛門の行方は杳として知れなかった。
 時は流れ、今は押しも押されぬ徳川家康の腹心ともいうべき大大名となった高虎公、頻繁に東海道を往来するうちに偶然中西与右衛門と再会した。昔話に花が咲き、高虎公は懐かしい餅を所望。以来、吉田を通る時は必ず清須屋に立ち寄ることとなった。後に清須屋が吉田城下の本陣となったこともあり、藩祖ゆかりの餅を食べることが津藩の吉例となった、と。
 では、『出世の白餅』で餅屋の主の恩を忘れぬためにとされる三つ丸餅の旗差しものはどうか?『高山公実録』に藤堂家の旗に関する記述を見てみよう。
 ・小牧長久手合戦のおり高虎公は負傷しながらも甲首を一つあげたが、その頃の「旗の御紋黒餅にて御座候」=服部竹助家乗。
 ・関ケ原合戦では総旗は「白地に朱ノ大餅三ツ」、番指物は「白地に朱ノ餅」=公室年譜略。
 ここまで黒餅、赤餅はあるが、白餅の記述はない。
 ・大坂冬の陣にいたり、「御のほりハ地こん、白き丸三つ」、大馬印は「地白に朱の丸」、家中番指し物は「地こんに白き丸」=延宝西島留書=とここに来て初めて紺地に白の三つ丸餅が登場する。
 ・続く夏の陣では、「御のほりハ冬の御陣同前、大馬印赤き大ふきぬき、御家中番指物ハ金に牛のしたに御かへ」=延宝西島留書=と、一般にもよく知られる藤堂家の《三つ丸餅》の幟旗への定着を伺わせる。
 夢を壊すようだが、《三つ丸餅》の幟旗と餅屋の恩とは直接的な関係は乏しいと言わざるを得ない。
 『出世の白餅』は虚実入り交じったエピソードなのである。
 果たして高虎公と中西与右衛門との縁の真相はいずこにありや……勝手な仮説を立ててはみたが、元より確信が持てるはずもない。明治末に処分したとされる清須屋歴代の文書など、いつの日にか経緯を記した新資料が発見されるのを期待するほかない。
   ◆      ◆
 豊橋における調査の過程で中西与右衛門の誤読をご指摘たまわり、また『郷土豊橋札木町四百年史』のコピーをご提供して下さるなど有り難いご教示をいただいた現地郷土史家・豊橋美術博物館元館長の秦基氏(豊川市在住)によれば、豊橋市は津市同様先の大戦で市街地の大半が空襲で焼失したため吉田宿に関する資料の多くが失われたせいか、藤堂家と清須屋の関係は今回筆者が提示した『中川蔵人日記』が初見であり、また関係の口碑伝承も当地には全く残っていない言う。
 十数年前、津でたまたまお会いした豊橋の歴史ファンの方も『出世の白餅』の痕跡は何も残っていないと残念がっておられた。
 本陣清須屋の跡地には、歴女の女将さんが切り盛りする鰻料理専門店『丸よ』があり繁盛しているが、店舗前に立つ本陣跡の石柱と説明板が往時を偲ばせるばかりだ。
 中西家の菩提寺は吉田三カ寺の一つに数えられる同市関屋町の悟真寺。寺紋に葵の紋が許され、徳川将軍や朝鮮通信使の宿泊所でもあった名刹である。
 墓地の一角に四代目を除いた中西家代々の墓が雑然と固まっていた。四代目以降ご多分に漏れず本陣の経営にゆとりが無くなったのか、建立以来およそ四百年の風雪に晒され最も風化が進んでいるはずの初代と二代の墓碑は、高価な硬い石が使われているようで今でも文字がはっきりと読めるのに対し、三代目以降は劣化が烈しく殆ど読めない。
 江戸時代、吉田は伊勢神宮への舟参宮の港町としても賑わった。宿場女郎に伊勢訛りの言葉を話す者が多かったようで、曲亭馬琴は紀行『覊旅漫録』に「吉田岡崎とも、妓はことごとく伊勢訛りなり」と書き留めている。更に時代を遡れば関ケ原の前哨戦を戦うため時の吉田城主・池田輝政の助力により、安濃津城主・富田信高、松坂城主・古田重勝、鳥羽城主・九鬼守隆らが吉田港より急きょ領国へ海路引き返したという伊勢国の戦国史ゆかりの地でもある。
 津から三州吉田宿・豊橋市は遠いが、かつては意外と近かったのである。
 (西田久光 本紙会長、津観光ガイド・ネット会長)

 世界的ギタリスト、布袋寅泰による「TOMOYASU HOTEI TOUR2013」が4月25日19時から(開場18時半)、四日市市民文化会館第1ホールで開かれる。主催=三重テレビ放送。
 日本を代表するギタリスト。伝説的ロックバンド・BOOWYの解散後、アルバム『GUITARHYTHM』でソロデビュー。その後、吉川晃司とのユニット・COMPLEXの結成・活動休止を経て、本格的にソロ活動を再開。数多くのヒット曲を世に放ち、ロック・ギタリスト&シンガーとして独自のスタイルを確立。プロデューサー、作詞・作曲家としてもミリオンヒットを記録。
 また、映画出演や音楽監督、CM出演など幅広く活動し、50歳を迎えた現在もロックシーンのフロンティアとして走り続けている。
 今回は前作「GUITARHYTHM・」以来4年ぶりのオリジナルアルバムをリリースする布袋寅泰の全国ツアー。昨年アーティスト活動30周年を迎え、英国移住を経て発売される作品を演奏。布袋サウンドがさく裂するステージに期待が高まる。
 全席指定・税込7350円。チケットは三重テレビ放送HP、ちけっとぴあ・0570・02・9999(Pコード189─460)、ローソンチケット、イープラスなどで発売中。
 問い合わせは三重テレビ編成企画室℡津223・3380(平日9時~18時)
 
 《プレゼント》
 抽選で本紙読者ペア1組チケットをプレゼント。希望者は葉書に〒・住所・氏名・年齢・℡・を明記して〒514─0063、津市渋見町小谷693─1、三重テレビ放送事業担当へ郵送またはFAX223・3366へ送信。落選者に優待案内が返送される。

講演する雲元さん

 4回重版するなど自身の著書「あなたの運命を変える見えない力」=星雲社。本体1600円+消費税=が好評の雲元さん(72)が3月23日(土)13時~16時津市羽所町400のアスト津4階にある津市アストプラザ会議室1で講演会を開く。昨年市内のホテルで2月、5月、9月、11月、また、企業では滋賀県で6月、県内で10月の6回開かれた講演会がいずれも満員で、再開催の要望が多かったことから場所を変えて開くことになった。
 雲元氏(本名・足坂三長さん)は昭和34年、日本電信電話公社に入社。平成4年に日本電信電話株式会社(NTT)を退社。同年に有限会社エム・アール・シーを設立(津市大里睦合町)、代表取締役に就任。以来、社員教育講師・経営コンサルタントとして地域企業と密接な関係を築いてきた。一方で生まれながらに持つスピリチュアルな能力も発揮。30年間にわたり、様々な不幸現象に苦しむ人々の悩みの解消に取り組み、多くの実績を残す。
 その経験から、根本的な原因は、「神仏に対する間違い」と確信するようになり、平成20年4月、霊障の解消事例を収録した前著を出版し反響を呼ぶ。
 現在では講師として企業や団体などから招かれ「神仏の正しい祀り方・因縁霊の供養の仕方」「戒告と霊障の解消法」などについて分かりやすく講義。新聞や口コミで評判が広がり、相談者の自宅診断に遠方まで出向く事も多い。
 当日は『運勢や体調をよくするために!』を演題に具体的な事例を体験談を交えながら分かりやすく説明する。講演後は質疑応答もあり、様々な質問に答える。
 同氏は「毎年3万人をこえる自殺者の・心の病・の原因は、過去世における因縁霊の関わりもあります。
『優しい子だったのに、人が変わったように怒るようになった』、また『今のは自分ではない』と言うなど何かに取り憑かれているような気がするとの相談もあります。このように心を患っている人が非常に多い」と話す。
 聴講料は1人1000円で事前申込先着50名。
 申し込みは℡059・230・3800。尚、隣接するアスト津に有料駐車場あり(徒歩2~3分)。

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