地域

赤信号で車を停めた時、道路脇の看板に気が付いた。「#コロナ ここふんばりどきやに!」と大きな字。
面白いと思ったので、すかさず写真を撮り、家に戻ってから東京に住んでいる友達に送った。「東京は人が多いから新しい生活様式も大変そう。ここふんばりどきやに。」
すぐに返信が来た。「懐かしい言葉!関東に住んで何十年と経っても、故郷の言葉は忘れない。伊勢弁は柔らかくて温かい。」
伊勢弁は関西弁の系統ではあるが、大阪弁とは違う。関西の中でも京都の言葉に近い感じ。そしてその語尾が「やに」だったり「やん」だったり「なあ」だったりする。人によっては、似非関西弁と思うかもしれない。
名古屋の方の言葉とは、アクセントから違う。距離でなら関西より名古屋が近いのに、言葉が似ていないのは大きな川が人の往来を妨げていたからだろう。
今では橋もかかり、県境を越えて通勤するのも普通の時代。人が混じり合い一緒に仕事し一緒に遊んで、言葉も混じり合い病気も伝染する。
「ここふんばりどきやに。そやに。コロナうつったらあかんに。気ぃつけて生活しやんとなあ。」他所で、そんなふうに伊勢弁を話しても恥ずかしくない。西野カナだって伊勢弁を使っている。伊勢弁どっぷりの私が言っても説得力がないが、伊勢弁はかわいいに。
(舞)

津LC第61代会長の有川勝俊氏

津LC第61代会長の有川勝俊氏

津ライオンズクラブ(以下、津LC。津市丸之内。会員100名)は、役員を改選。第61代会長に有川勝俊氏(63)を選任した。任期は今月1日から来年6月末まで。
LCは、世界21カ国、146万人の会員を誇る世界最大の奉仕団体。毎年、環境清掃活動、薬物乱用防止教室をはじめ、盲導犬育成資金のためのチャリティイベントや、子供参加のスポーツイベントなど様々な奉仕活動に取り組んでいる。創立50周年には、中勢グリーンパークに128本の桜の植樹をして以来、時計台の設置、遊具の寄贈、清掃活動など10年間にわたり取り組んできた。昨年度は、創立60周年記念事業として、同パークでの大規模集客イベントや新たな遊具の設置のほか、寄付活動を行った。
有川氏は、三重水熱工業㈱(津市上浜町2丁目)会長。津LCではPR委員会や薬物乱用防止教室で活動してきた。
同氏は「ここ数年間で社会情勢が大きく変わった。通信手段ひとつ取っても、スマホが普及し、誰もが簡単に瞬時に広く情報が集められるようになった。津LCの活動も変わらねばならない。奉仕活動にしても、今まで以上に地元のニーズに合った取り組みが求められる。
現在は、新型コロナウィルス感染拡大防止で事業がままならないが、我々が今まで取り組んで来なかった分野の奉仕活動とか、他のボランティア団体の活動に参加して様々な知識やノウハウを教えてもらう事も重要。フットワーク良く、フレキシブルな活動ができるようにしたい」と抱負を語った。

青山トンネル

青山トンネル

時刻はちょうど17時。ようやく青山峠のランドマークの一つ白山トンネルへ。車で登れば、峠のふもとからここまで10分もかからないが1時間半以上かかっている。左足裏の痛みも疲労も限界に近いので、文字通り力を振り絞りながら、一歩ずつ進んでいく。このトンネルを歩いて渡るのは初めてだが、両脇に歩道が設けられているので、ここまでの道のりよりも遥かに安全に歩くことができる。日が落ちかかって薄暗い山中にあって、更に暗いトンネル内の雰囲気は不気味に思う人も多いと思うが、私は安堵すら感じている。
このトンネルや、もう少し先にある青山トンネルは心霊スポットとして取り扱われることもあるが、私は、昭和46年(1971)に起こった「近鉄大阪線列車衝突事故(青山トンネル事故)」が起こった旧青山トンネル及び旧総谷トンネルと混同されているのではないかと思っている。この事故は、近鉄大阪線の旧西青山駅と旧東青山駅の間にあったトンネル内で起こった大事故で未だに謎が残っている。当時同線は複線化が進んでいたが、険しい青山峠を越えるこの辺りはトンネルがいくつも連なる難所で単線のままだった。同年10月25日、大阪上本町から発車した特急電車が、旧青山トンネル内で自動列車停止装置の故障が原因で急停止。乗客を乗せたまま、立ち往生した。運転士は様々なことを試したがブレーキが解除できず、急こう配であったため、車両を輪止めで固定した後にブレーキのシリンダーから空気を抜くという非常措置を講じた。ここまでは緊急停止時の正しい対処法だった。謎に包まれているのは、この後である。東青山駅から駆け付けた助役は、現場に駆け付けるとなぜか輪止めを外してしまい、運転室に戻った運転士がブレーキを解除する。車両はブレーキが利かない状態で急こう配を下り始め推定速度120㎞で暴走し始めた。そのまま総谷トンネルの手前で脱線し、3両目以降はトンネル入口に激突して停止したが、1・2両目は横転したままトンネルに突入。賢島発京都・大阪難波行の特急と正面衝突した。その結果、両列車の運転士と車掌、及び東青山駅の助役の5名と上本町発特急の乗客20名の計25名が亡くなる大惨事になった。
なぜこのような事故が起きたかの詳細は、運転士と助役が共に亡くなっているので闇の中である。この事故の影響で、近鉄は新青山トンネルを完成させるなど、同線を全線複線化し、西青山駅と東青山駅を現在の場所に移転させている。
私は青山トンネルをくぐりながら、痛ましい列車事故の記憶が、同じ名前を関する国道のトンネルと混同され、形を変えて今に語り継がれているのではないかと想像を膨らませる。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と言うではないか。
夕暮れ時に、暗いトンネル内部を歩いている物好きなどいるとは思わないだろう。今ここで私の姿を見た人が、幽霊と誤認し、都市伝説として語り継がれる可能性も否定はできない。全てがそうとは思わないが、都市伝説の多くがそのような類ではないかと邪推する。(本紙報道部長・麻生純矢)

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