地域

ときめき高虎会(小林貴虎代表)は、7月2日(日)13時半~15時、津センターパレス2階会議室で、平29年度歴史講演会を開く。講師は、藤堂藩重臣・佐伯権之助惟定子孫の佐伯朗氏。演題は「藤堂高虎の人心掌握とその家臣団」。
佐伯氏は70年生まれ。メーカー勤務を経て現在電力会社勤務。大学1年の時に先祖が藤堂家臣だったことを知り、藤堂家の家臣に関する調査を始める。
94年に調査結果をまとめた「藤堂高虎家臣辞典」を上梓。13年に判明した家臣経歴、典拠史料の加筆及び分限帳を追加した「藤堂高虎家辞典・附分限帳等」を刊行している。
佐伯権之助惟定は、豊後・大友氏臣。豊後国栂牟礼城主。日向・高城の合戦で祖父、父が戦死し、17代家督相続。大友領に侵攻する日向勢、薩摩勢を度々撃退し、降伏勧告も一切受け付けなかった。その活躍は、九州征伐に来た羽柴秀吉に賞され、感状を受けている。大友氏没落後は、羽柴秀保を頼り、その臣藤堂高虎に仕える。高虎の伊予入国時に2千石を給された。朝鮮出兵にも参加、海戦にて功を挙げる。関ヶ原合戦時は伊予・板島城留守居役。大坂の陣に参加。冬の陣では大将が多く戦死した為、急遽藤堂宮内高吉と共に先鋒を務める。戦後加増され、計4500石領有。50歳にて没。 入場無料。聴講費は同会会員は無料。一般の人は500円。申込み不要。直接会場へ。問い合わせは小林代表☎090・1751・5460。

講話する大川吉崇理事長

講話する大川吉崇理事長

津市上弁財津興の市立橋南中学校で15日、2年生170名を対象に、津南ロータリークラブ=竹内敏明会長、会員49名=の6名による恒例の職業講話が行われた。
同校と同クラブは15年前に共に地元の御殿場海岸の清掃を実施。そして後日、環境に関するディスカッションを行い、それが縁で翌年から毎年6月頃に、同クラブ会員が同校に出向き、秋に職業体験を控えた2年生を対象に講和を行っている。生徒にとって、職業体験を前に、幅広い職業の会員の話を聞き、将来について考える良い機会になっているという。
今年の講師のうち、学校法人大川学園=津市大谷町=の大川吉崇理事長(75)は、「幼稚園・保育園の先生~自分の目的達成」をテーマに講話。、
自身が、中学生時代にある友人との出会いをきっかけに苦手だった学習面で努力を重ねたこと、高校の教員として勤めてから同学園で働き始めたこと、長い年月をかけて著書を完成させた経験などを紹介。また学園に通う子供達に楽しんでもらおうと、工夫を凝らしたマジックを披露していることを話した。そして「今一瞬一瞬の積み重ねが一生になる。大器晩成で良い。自分は自分で育てるしかない、諦めないことです」と生徒たちに呼びかけた。

レスター J・シェルスタース3等軍曹の墓

レスター J・シェルスタース3等軍曹の墓

津市在住の第2次世界大戦研究家で、本紙の「特別寄稿」において、津市上空での日米空中戦を調査・発表している雲井保夫さんが、このほど、昭和20年6月26日、白山町上空での激しい戦闘の末、日本軍戦闘機に体当たりされ墜落した米軍爆撃機B29の搭乗員、レスター J・シェルスタース3等軍曹の墓の存在を突き止めた。
以下は雲井さんの調査報告です。

私は彼のアメリカの遺族捜しをしました。その結果「甥」が健在であることがわかりました。
それでその甥に「三重ふるさと新聞」の平成29年3月9日付の「特別寄稿」のなかで述べましたように「シェルスタース3等軍曹は ①コーダス機の唯一の生き残り搭乗員であること、
②巡回看護婦の木村ゆき子さんに応急手当を受けたこと、
③伊藤幸雄さんに一杯の冷水を飲ませていただいたこと、
④榊原陸軍病院の院長中西軍医中尉の本格的な治療をうけたこと、
⑤津駅から名古屋市の東海軍司令部に送致され、昭和20年7月14日に処刑された旨、手紙でお知らせしました。
しかし返事はありませんでした。私が調査をさらに進めた結果、彼が葬られているお墓の写真を捜し出しました。
墓碑銘には「レスター J・シェルスタース 第二次世界大戦 アメリカ陸軍航空隊 3等軍曹を追悼する。1917年8月22日生 1945年7月14日没。名誉負傷章および空戦殊勲十字章を叙勲。戦時捕虜。戦死」と明記されています。
「1945年7月14日」は彼が処刑された日と一致します。これで「昭和20年6月26日の津市白山町上空の体当たり」の調査研究は全て終わりました。肩の荷が少し下りた気がします。

[ 4 / 1,039 ページ ]« First...23456...102030...Last »