社会

4月6日の「しろ(城)の日」に津市がお城東駐車場に『津まんなかガイド詰め所』を開設。津城は昨年、日本城郭協会の「続日本100名城」にも選ばれ、これまで以上に全国から城郭ファンが訪れる機会が増えている。土日祝日にボランティアガイドの常駐体制がとれるようになることで、中心地の観光誘致にも大きな追い風となる。

 

 

明日開設される「津まんなかガイド詰所」

明日開設される「津まんなかガイド詰所

城づくりの名手として知られる津藩祖・藤堂高虎公が手掛けた津城は、戦における鉄壁の守りと平時における政庁として使い易さを両立した先進的な設計思想を持っている。近年、再評価が進んでいることもあり、昨年の4月6日に、日本城郭協会の「続日本100名城」に市内では多気北畠氏城館と共に選ばれた。
それに伴い、全国の城郭ファンがで訪れる機会が増えている。そこで、「安濃津ガイド会」=藤本智惠子会長=が予約制でバスツアーなど団体客を中心に、津城を含む中心市街地の名所旧跡の案内を行ってきた。しかし予約の無い個人客までは対応しきれなかった。
明日4月6日より、同協会が全国にある続日本100名城を巡るスタンプラリーを開始することもあり、スタンプ設置場所である城跡隣の高山神社にスタンプが設置され、昨年以上に多くの人々が訪れることは確実で、この好機に、更なる観光振興につなげるためには「おもてなし」が課題となる。
そこで、津市はお城東駐車場にある管理棟の一部を改修し、「津まんなかガイド詰所」を設置。明日の4月6日にオープンを迎える。この詰所には、安濃津ガイド会を中心に津観光ガイドネットの会員らが土日祝日の9時半~16時に常駐。これまで通り、予約のあった団体客に案内を行うほか、詰所を訪れた個人客にも津城や周辺の観光案内やもてなしを行う。詰所にも続日本100名城のスタンプを設置する。
津観光ガイドネットの西田久光会長は「念願の詰所ができて嬉しい。津城へと県外から訪れる方も増えていたがフリーで来る人には対応できなかった。これで津城だけでなく、津観音、西来寺など周辺の寺院や食事、土産まで案内できる」と喜ぶ。いずれは体制を充実させ、平日もガイドたちが常駐できることも目標としている。
問い合わせは、津観光ガイドネット(津市観光協会内)☎059・246・9020へ。

JR名松線は全線復旧して26日で丸2年。元々赤字路線で活性化にはJR・行政・住民の連携による観光路線化が不可欠だが、道筋は未だ見えない。昨年度の一日あたりの乗客数は約180人と復旧直後の300人弱から減少し、全15駅中、12駅がある津市が昨年3月に開始した「おもてなし巡り」は、応募者がわずか6人ほどと不調。駅から周辺の名所・飲食店へのアクセスという課題の根本解決と、乗客目線の積極策が急がれる。(全2回シリーズ・第1回)

 

名松線は平成21年10月の台風で被災し、家城駅(白山町)~伊勢奥津駅(美杉町)間でバスによる代行輸送が行われていた。沿線の過疎化などの影響で元々利用者が少なく一時は同区間の鉄道輸送廃止が危ぶまれたが、住民らが熱心な署名活動を行ったこともあり、JR東海・三重県・津市が同23年に運行再開に向け3者協定を締結した。3者が復旧に計約16憶8100万円を投じ、28年3月26日全線復旧が実現。
復旧当日の記念行事で前葉泰幸津市長、JR東海の柘植康英社長も観光路線化に意欲を示した。
そして津市では、美杉総合支所長が都市計画部名松線推進担当参事を兼任し、同支所地域振興課が「名松線利活用関係事業」に取り組んでいる。28年度の事業予算の総額は約705万円、29年度は約607万円。
名松線は、伊勢奥津駅や町内のほかの駅から、周辺の名所や数少ない飲食店への公共交通アクセスが不便で、集客において大きな課題となっている。そのため津市は、伊勢奥津駅と北畠神社などを結ぶ無料臨時バスをイベント時や行楽シーズンに運行。また町内3ケ所にレンタサイクルを設置し、何れも同駅で下車する人の交通手段として一定の効果があるものの観光路線化の決め手にはなっていない。
また、昨年3月26日から、沿線の飲食店などに観光客をもてなしてもらう「名松線沿線おもてなし巡り」を開始。名松線で加盟店を巡りパンフレットを提示するとスタンプをもらえて、10個集めると記念グッズのプレゼントに応募できるが、現在までの応募者は約6人のみ。
各駅からの交通アクセスの都合上、一日で多数の店舗を周遊するのは難しいのが大きな原因と考えられ、見込みが甘かったと言わざるを得ない。
JR東海によると、同区間の一日の平均利用者数は、被災前は90人。復旧直後の一昨年4月11日~17日は300人弱まで増えたが、一昨年3月26日~昨年3月25日には約180人に減少。復旧後のブームは一段落した。
次回は、同線の課題や今後などについて、様々な人の意見を紹介する。

津市観音寺町の「偕楽霊苑」にある市有地の林や池などには、墓への納骨後に不要となった骨壺がいくつも捨てられている。自宅へ持ち帰るのを嫌がったり、処分の仕方が分からず、止む無く捨てた物がほとんどと思われるが、過去には付近で業者とみられる骨壺の不法投棄も発生。問題の根本には葬儀に対する考え方の変化も関わっている。

 

土中に埋められていた骨壺

土中に埋められていた骨壺

 

池に捨てられ、藻類に覆われた骨壺

池に捨てられ、藻類に覆われた骨壺

このような状況が常態化したのは10年以上前。この霊苑は戦後に、市内のいくつもの寺の墓地が集約される形でつくられた市内屈指の規模。その一角にある市有地の林や竹藪を中心に至るところに大小の骨壺が打ち捨てられている。それらは無造作に地面に転がっているものから、人目をはばかったせいか少し埋められているもの、池の中に投げ捨てられ、びっしりと藻類で覆われているものまで様々。墓地近くの道路脇で目を凝らすと、明らかに骨壺とみられる白い陶片を見つけることもできる。本紙では3年前にも、この状況を取り上げたが、一向に改善していない。津市内には多くの墓地はあるが、日常的に骨壺が転がっているのは極めて稀といえるだろう。
もちろん、墓地の各区画を管理している寺院では対応に多少の差はあれど墓に納骨後に不要となった骨壺を引き取ったり、墓地のゴミ捨て場に骨壺が置かれている場合も処理を行ったり、家庭での処分の方法を伝えるなど檀家に対しては然るべき対応を行っている。やはり、故人の遺骨が入れられていた骨壺を家への持ち帰ることは敬遠されがちで、どうすれば良いのか、菩提寺に相談する檀家も少なくない。
どのような人が骨壺を捨てているかはわからないが近年の葬儀の在り方の変化が関わっている可能性が高い。近年では菩提寺に声をかけず、家族のみでひっそりと葬儀を行い、墓に納骨する人もいる。そのため、骨壺をどう処分すれば良いかわからず、止む無く捨ててしまったというケースもあるとみられる。
しかし、実際は家庭で骨壺を処分するのはそう難しくない。ゴミ捨て場で無用の誤解を招かないように、細かく砕いて新聞紙などでくるんで出せば、市が燃やせないゴミとして処分してくれる。それ以外にも、有料で業者に処分してもらうといった方法もある。
また、この霊苑で市が管理しているのは墓地の周囲の道路や竹藪、池のみということもあり、公園などのように、普段の巡回や清掃などが行き届きづらいことも骨壺が捨てられる一因になっている。更に立地する地域の住民が管理と利用をしていることが多い小規模の墓地と違い、大規模で不特定多数の人間が出入りしやすい環境も拍車をかけているとみられる。
景観的な問題もあるが、最も恐れるべきなのは骨壺が骨壺を呼ぶという状況だ。実際に数年前、業者による大量の不法投棄とみられる事例も発生。このような状況が続けば、最悪の場合、遺骨が入ったままの骨壺が遺棄されてしまうというケースが発生してもおかしくない。
この霊苑は、津市を代表する桜の名所の一つである偕楽公園が近く、桜の時季には隣接する駐車場が開放される。市内外から多くの人たちが訪れることを考えれば、市にとっても放置すべき問題とはいえない。
ただ、この問題の根は深く、立て看板などの注意喚起だけで解決できるものではない。個人のモラルの問題と切り捨てるのは簡単だが、なぜこのような問題が起こっているのかを、冷静に分析することも必要だ。
家族や葬儀に対する考え方や価値観が多様化し、親から子へ墓を受け継ぎ次の世代へと渡すという不文律も崩れ始めている。そういった背景から生まれるこの問題は誰にとっても決して無縁ではない。多くの人々が真摯に向き合うべきといえるかもしれない。

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