社会

津北・津・津南ロータリークラブは、童謡「赤い靴」の作詞などで知られる詩人・野口雨情が津市の阿漕浦で作った詩の碑を、昭和58年に阿漕浦海浜公園に共同で建立。しかし公園を管理する県への占用許可申請は行われず、近年は碑の存在を知る会員も少なかった。そして昨秋、同公園の工事を機にその存在が再認識されたが、県が誤って碑を廃棄。3クラブとの協議の結果、このほど再建された。3クラブは、トラブルが転じ、碑や詩を広く周知する契機になったと喜んでいる。

 

 

再建された碑の周りに集まり、喜ぶ3クラブのメンバーたち(今月2日撮影)

再建された碑の周りに集まり、喜ぶ3クラブのメンバーたち(今月2日撮影)

野口雨情(明治15年~昭和20年)は茨城県生まれ。大正10年、自身が作詞、松阪出身の国学者・本居宣長の子孫である本居長世が作曲した童謡で、現在も歌い継がれている「赤い靴」「十五夜お月さん」「七つの子」を発表。また全国各地を旅し、地元の詩や小唄を作った。
そのうち、津市阿漕浦の詩「阿漕が浦の舟人は ゆらりゆらりと舟を漕ぐ」は、昭和9年に作られたもの。
奉仕団体である津北・津・津南の3つのロータリークラブ(以下、RC)では同58年に雨情生誕100年を記念し、阿漕浦海浜公園の隅に、この詩の石碑を建立。
しかし、3RCでは碑に関して、同公園を管理する県への占用許可申請や、維持管理も行っておらず、近年では、その存在を知る会員も少なかった。
そんな中、昨年秋、堤防建設に伴い公園内の建設物を撤去する工事中、碑が基礎から抜かれ横に倒されているのを市民が発見し、市に電話。
これを機に3RCと県の両者が碑の存在を改めて認識し、RCの希望で保存・移設することとなったが、同事務所の所内の情報共有や工事業者への連絡が不十分だったため、碑は誤って廃棄されてしまった。
廃棄について連絡を受けたRCはショックを受けたものの同事務所と協議を重ね、新たな碑を、同公園の近く、津ヨットハーバー駐車場入り口付近に建てることが決定。 このほど再建工事が終了し、今月1日付けで占用許可を代表の津南RCが受けた。翌2日、碑の前に、再建に関わった3RCの前会長・前幹事(任期=昨年7月~今年6月)と、現在の会長・幹事が集まり祝福。以前の碑は目立たない場所にあったが、現在の場所は沢山の人の目に触れることもあり、喜んでいた。
津RCの前会長・三藤治喜さんは「野口雨情の作詞した歌は、『しゃぼん玉』など皆聞いたことがあるものばっかり。それほどの人が津にも来て詩を作ってくれたということを、今回の出来事によって初めて知る人も沢山いると思う。こうやって雨情のことを周知しなさい、と教えてもらったような出来事だった」と笑顔で語り、RCは今後は適切な維持管理で、碑や、その存在意義を守っていく。

津市白山町倭地区の上ノ村で平成18年に発足し、沖縄の伝統芸能で主に青年会が踊る「エイサー」で、地元・成願寺の盆踊りを盛り上げている『エイサーはくさん倭人』=岡田秀之団長(56)。沖縄の青年会のあり方を地域コミュニティの理想形と考え追求しており、現在、上ノ村で地域おこし活動を行う数々の組織の原点となった。同団体の影響で子供エイサー隊も誕生し、次代の人材育成にも繋がっている。

 

 

eisa- 上ノ村地区は人口280名・高齢化率38・2%(今年4月現在)。主な産業は農業だが、高齢化や獣害による遊休農地の増加が深刻な課題だった。そこで、自治会の有志が「地域を何とかしたい」「地元の子供達が大人になったとき郷里を思い起こせる行事を作りたい」との思いで、平成17年、地元・成願寺の盆踊りを復活させた。
そして翌18年、この盆踊りに独自性を持たせ盛り上げようと、地元有志が発足したのが、「エイサーはくさん倭人」(以下、倭人)。
「エイサー」は沖縄の伝統芸能で、主に各地域の青年会が、旧盆に太鼓などを演奏したり踊りながら地元を練り歩く。青年会には、幅広い年代の住民が所属。子供達を年上の人が褒めたり、若いリーダーが組織を引っ張るなどすることで、地域活性化のための人材育成に繋がっているという。
「倭人」では、このような組織のあり方を、地域コミュニティの理想形として模倣。20代~60代の団員約30名が、上ノ村集会所での練習や、津市内外のイベント出演を通じ年齢を超えて交流している。
平成24年には、同団体の影響で地元の子供達のエイサー隊も発足し、昨年の盆踊りで共演した。
さらに同団体の特長として、関係者の主体性を重視すると共に、組織や地域の実情に合わせて柔軟な運営を行っている。 例えば沖縄やエイサーが好きな人の入団を「来るもの拒まず」と受け入れる一方、団体の存続を主な目的とした勧誘はしない。また発足直後、団員が数名のみとなってしまったが、学生や他地域からもメンバーを受け入れることで、組織が活性化した。
岡田団長は「これからも上ノ村の村おこしや、少しでも元気を継続することを目指し活動していきたい」と話す。
そして現在、地元では「上ノ村環境保全プロジェクトの総合的事業」として、倭人や同盆踊りを原点とし平成21年以降に設立した数々の団体が獣害対策や休耕田の活用など多分野で活躍。地区内外の人や行政、大学、企業なども参加し、それぞれが、好きな事や技術を生かし、楽しみながら地域貢献している。
同団体のあり方は、市内や全国各地でも課題となっている、伝統芸能の継承や、農村の地域おこしにおいて貴重な手本と言える。また、現状が組織としての完成形ではなく、地域や子供エイサー隊と日頃からより密接に関わることなどで更なる発展が見込めるだけに、今後にも注目したい。
なお、今年の成願寺盆踊りは、19日19時~21時半に開催される。

来年4月1日より現在の市町村単位から、都道府県単位の運営に移行する「国民健康保険(国保)」。国民皆保険制度を支える重要制度だが、加入者に低所得者や医療費支出が多い65歳~74歳の前期高齢者が占める割合が多いため、財政基盤強化が目的。移行に向けた準備が進められているが、三重県内では、市町間で保険料の一本化は先送りし、向こう6年の移行期間を設けるなどの方針が示されている。

 

全国の市町村が運営している国保は、どこも厳しい運営が続いている。サラリーマンが加入する協会けんぽや組合保険など、他の保険制度と比べると、加入者に所得の少ない非正規雇用者や定年退職後の65歳から74歳の前期高齢者が占める割合が多く、保険料収入が少ないだけでなく、医療費支出が多いのが特徴。そのような構造的な問題から、制度維持に不安があるため、財政基盤の強化を目的に、都道府県単位の運営に移行する制度改革が行われる。
三重県でも「三重県市町国保等広域化会議」を立ち上げ、県内29市町で議論を進めてきた。広域化といっても、運営主体が県に移行し、財政運営は行われるものの、市町はこれまで通り保険料の賦課や徴収などの業務は引き続き行う。その一方でまず大きな議論となるのが保険料の決定。広域化後は、安定運営を行うために必要な納付金を各市町がまかなえるよう県が算定した標準保険料を参考に保険料が決められることとなるが、現状市町間で、加入者の年齢層や所得状況、医療機関の数や医療費支出や算定方式そのものに違いがあり、保険料にも格差が生まれている。県としては広域化にあたり、同じ県内であれば一律の保険料が好ましいという考えを示しているが、これら状況を鑑みて、開始当初の一本化は見送り、向こう6年間の移行期間を設け、一本化をめざす。
前述の通り、窓口業務などは、各市町が引き続き行うため、加入者にとって大きな変化はないとみられる。一方、運営主体でなくなった市町はというと、広域化によって他の市町と、保険料の収納率や赤字状況などが一つの財政を支えることとなため、ある意味では、より緊張感のある取り組みが求められることとなる。国は、ジェネリック薬品の導入推進や、予防医療で成果を上げた自治体に公費を重点配分する仕組みをつくることも公表している。
津市では昨年度に保険料率の値上げを行ったこもあり、広域化後も現状の料率を維持できる見込みで、国や県の支援も増えることから、ある程度の安定運営が見込める。しかし、津市でも国保加入世帯所得が100万円以下の世帯が半数以上を占める中、高額の保険料を支払っている現実は依然として変わらない。将来にわたって持続可能な制度としていけるかも含め、更なる議論が求められているといえよう。

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