社会
津市が誇る老舗洋食店「東洋軒」=津市丸之内=が今年1月に東京都港区元赤坂にオープンさせたのが『西洋御料理・東洋軒』。料理長には国内外に大きな影響力を持つ成澤由浩シェフが就任。伝統の味を受け継ぎながらも健康面にまで配慮した〝次世代型洋食〟は専門各誌も絶賛している。日本が育んだ洋食文化の世界発信も大きな目標に掲げる。
津の東洋軒のルーツは東京三田四国町(現在の港区芝)で牛鍋店「今福」=明治22年(1889年)開業=を経営していた伊藤耕之進が、贔屓筋だった伊藤博文らの勧めで今福の隣に開いた西洋料理店「東洋軒」。同店は宮内省(当時)御用達として宮中の晩餐会の料理を担当し、〝天皇の料理番〟秋山徳蔵ら料理界の重鎮を数多く輩出。日本の西洋料理の草分け的存在として、食文化史に大きな足跡を残している。
その味に惚れ込んだ百五銀行頭取で北大路魯山人と並び称される風流人・川喜田半泥子の強い勧めで昭和3年(1928年)に、津市の百五銀行ビルの4階に出張所がオープン。昭和25年には、料理長を務めていた初代・猪俣重勝氏が本店からのれん分けを受け、正式に独立。三重県内における洋食文化の発展に大きく寄与した。その伝統は、現会長で2代・重信氏、そして現社長の3代・憲一氏へと受け継がれている。
東京の東洋軒は十数年前に惜しまれつつも長い歴史に幕を下ろしているが、80年以上もの長きにわたり、津で大切に守り抜いてきた味と誇りと共に、今年1月、東京都港区元赤坂にオープンしたのが「西洋御料理・東洋軒」(以下東京東洋軒)だ。
料理長には昨年、アジアの「ベストレストラン50」で1位に輝いたフレンチレストラン「NARISAWA」=東京都港区南青山=の成澤由浩シェフが就任。成澤シェフは普段から東洋軒の料理顧問として店舗で講習会を開くなど、猪俣社長と親交が深い。
フランス料理と洋食とは一見繋がらないように感じるかもしれないが、そうではない。なぜなら元々、洋食はフランス料理を日本にある食材を使って日本人の口に合うようにアレンジして生まれたもの。これは、日本人が日本の食材を生かした料理をつくるため、本場とは違った独自の工夫を凝らす必要があるという成澤シェフの考え方に相通ずるものがあるからだ。
東京東洋軒ではブラックカレーを除く全ての料理の食材や調理方法などを一から見直しているのも特徴。まず食材は今まで以上に安全で高品質なものを優先的に使用。そして〝ごはんに合う〟伝統の味わいを大切にしながらも、洋食につきものの、牛脂やラードは使わずに調理過程で出る脂もできる限り取り除く、デミグラスソースのとろみやウスターソースの味わいは野菜を使って出す、揚げ物には米油を使う、といった具合に猪俣社長と成澤シェフの強い思いを反映しながらレシピを再構築している。
そのため、甘み・酸味と濃厚な旨みに富んだ洋食らしい味わいにも関わらず、食後の軽さが全く違うのでもたれることがない。健康上の理由で、脂質を控えている中高年層も気兼ねなく楽しめる料理は「次世代型洋食」と呼ぶにふさわしい新境地を体現している。
また、カレーの福神漬けなどの付け合せだけでなくフライに使うパン粉も厨房で焼き上げた食パンを挽くなど、細部に至るまで手づくりにこだわり、ディナー時の白飯も注文が入ってから炊きあげている。そのような妥協のない姿勢もあって、東京東洋軒は専門誌やテレビ番組や各界の著名人からも高い評価を受けている。
東京東洋軒は日本で生まれ、成熟してきた独自の食文化である洋食を世界に向け発信することを大きな目標に掲げている。しかし、その根底には世界の食文化の中心地である東京で、三重県・津の魅力を世界中の人たちに伝えたいという深い郷土への愛情がある。
そんな思いを秘めた地元の老舗の新たな一歩は津市民にとっても誇らしい限り。東洋軒に親しみ深い人たちにこそ、東京に行った際には、ワンランク上の美味を堪能してもらいたい。
東京東洋軒の住所=東京都港区元赤坂1─2─7赤坂Kタワー1階(東京メトロ赤坂見附駅より徒歩2分)。営業時間=11時半~14時LO、18時~21時LO。席数は約40席。不定休。
問い合わせ℡03・5786・0881へ。
2014年3月13日 AM 5:00
城づくりの名手である津藩祖・藤堂高虎公の居城であり、津市が誇る歴史的財産である津城の復元をめざし、NHK大河ドラマ「藤堂高虎」を誘致する会、藤堂藩五日会、ときめき高虎会、津・お城の会、津市議会お城を活かしたまちづくり推進議員連盟の5団体は『津城復元の会』を設立した。津市のふるさと納税制度「ふるさと津かがやき寄附」を活用したり、募金活動で市民や全国のお城ファンから浄財を募る。
1日に津センターパレスの地下であった「津城復元の会」の設立記者会見には同会の会長に就任したNHK大河ドラマ「藤堂高虎」を誘致する会の西田久光代表を始め、会を構成する5団体の代表者らが出席。安濃津戦国武将隊もムードを盛り上げた。
同会が目標として掲げているのは、津城本丸北面の復元。具体的には高さ約13m(10万石クラスの大名の天守閣に匹敵)の丑寅櫓と戌亥櫓、それを結ぶ多門櫓の合計全長約115m。これにかかる総工費は城郭研究の第一人者の広島大学大学院・三浦正幸教授の試算によると約6億円。ちなみに、復元に使う古図面は平成18年に三浦教授の教え子で当時、広島大学の学生だった津高ОBの松島悠さんが三重県庁に眠っていた文書の中より発見している。
前述の5団体は再建の原資となる一般からの浄財の受け皿をつくるよう昨年、津市に要請。今年の1月1日より津市のふるさと納税制度「ふるさと津かがやき寄附」の使途項目に「津城跡の整備」が新設されたという経緯がある。この項目あての寄附金が復元基金として積み立てられていく。
記者会見で西田会長は、「高虎公のゆかりの団体が津城復元という大きな目標に向かっていくが、津市では6億円もの市民寄附を募るのは初めて」と語り、復元への道のりはそう簡単ではないことを説明。一方、現在、津城跡にある模擬隅櫓は昭和33年の高虎公入府350年に戦災復興のシンボルに建てられたもので、総工費500万円の内、450万円を大人から子供まで市民が団結して集めたというエピソードを紹介しながら、市民参加型の城づくりの重要性を訴えた。そして「合併後のシンボルとして一人でも多くの市民や全国にいる津市ゆかりの方やお城や高虎のファンの力を借りて一生懸命取り組んでいきたい」と呼びかけた。
浄財が集まった場合、津市の中山間地域の木や市内産の瓦を使い、津市在勤の大工や左官屋など地元の職人たちの匠の技による復元を提案している。
かがやき寄附の「津城跡の整備」あてへの集計状況は2月20日現在で22件350万円。制度が始まった平成20年度からの寄附全体の年間平均250万円を大きく上回っている。
ふるさと納税のメリットとしては、自分で確定申告を行う必要があるものの、寄附額に応じて所得税と住民税の控除を受けられること。控除額は諸条件によって変動するが、一例を挙げると年収700万円の給与所得者(夫婦子なし)が3万円を寄附すると、2万8000円が控除される。更に1万円以上の寄付を行うと2000円相当の津市の特産品か東京日本橋の三重テラスで使える商品券がもえらえる。つまり、少ない実質負担で効果的な寄附が行えるという訳だ。
募金箱の第1号は松菱1階の案内カウンターに設置中。更に3月8日13時~15時、4月5日の13時~15時に復元の会の会員たちが松菱1階で募金活動を行う。
同会では今後、かがやき寄附や募金活動で復元をめざしていく。復元の成否は地元の盛り上がり次第。市民の協力を期待したい。
問い合わせは西田会長℡090・3933・6061、もしくは事務局長の小菅さん℡090・8869・7528。
2014年3月6日 AM 5:00
国土調査法に基づき、全国の土地を一筆ごとに面積や境界などの調査を行う『地籍調査』だが進捗率の全国平均50%に対して、津市は2・5%(共に平成24年度末)と低迷。個人には土地の資産価値上昇や売買の円滑化、行政には税の公平性の担保や公共事業の円滑化とメリットも大きく、災害発生時の復興にも役立つが、調査実施には住民サイドの理解が不可欠。行政の今まで以上に積極的な姿勢と周知が求められている。
登記所(法務局やその関連機関)に保管されている地図は、明治初期の地租改正事業の記録を基につくられたものを使っている地域が未だに少なくない。そのため、土地の面積や境界などが現状とかけ離れていることも多く、公共事業などを行う際の公図混乱を引き起こす原因となる。更に土地の固定資産税は登記簿を基に課税するため、古い地図を使っている地域では、必ずしも正確な情報を基に課税がなされているわけではないという現実がある。
そのような状況を正すために、昭和26年より全国で行われているのが『地籍調査』。土地を一筆毎に地権者立ち合いの下で境界・面積などを測量。それを基に登記所の登記簿を書き換え正式な地籍図をつくる。
この事業は国交省の直轄事業だが、事業主体は市町村といった各自治体。平成24年度末の進捗率は50%で国は平成22年度より10カ年計画で未実施地域の進捗率上昇を促している。
三重県に目をやると京都府(8%)に次ぐ、進捗率ワースト2。調査対処の土地面積5336平方キロメートルに対し、調査済の土地が458平方キロメートルで進捗率は8・59%となる。
正しい地籍図がある場合には、災害発生時の復興が円滑に行えるという利点もあり、それは東日本大震災で深刻な被害を受けた地方で実証済み。進捗率が岩手県91%・宮城県88%・福島県61%と高水準にある各県では、津波で地上の目印が流された土地の境界確認が素早く行えた。
そのため、東海・東南海地震発生時には大きな被害が予想されている三重県内でも、震災以降は調査の価値を再認識し、積極的に取り組む自治体が増加。全体の数字自体は、まだ低いが県内29市町のうち24市町が調査に取り組んでいる。
津市は調査対象地682・9平方キロメートルに対して、調査済みの土地は13・43平方キロメートルで進捗率2・5%。広い市域を考慮しても決して褒められた数字とは言えない。
調査経費の内、自治体負担割合は5%と軽く、地権者の負担も全くないが調査が進まない理由は、その莫大な労力にある。特にトラブルの原因になり易い境界線確定については全筆の地権者が立ち会う必要があり津市でも、1カ所当たり、最低3年はかかる。そのため、現在は公図混乱の発生時や自治会から直接呼びかけがあった場合にのみ調査を行っている。
地権者には、土地の売買などの際に測量が不要になるので、土地の資産価値が増したり、行政にとっても公共事業の円滑化・税の公平性の担保・防災機能向上と労力に見合うメリットも得られる。市内の土地家屋調査士の後藤昭久さんは、「ノウハウを持つ土地家屋調査士会も調査への協力体制はできており、もっと効率的なやり方はある」と市の消極的な姿勢に怒る。
高台防災公園整備が計画されている香良洲では国の直轄で調査が進められるがその他の津波浸水予想地域などでも早急に進める必要がある。調査の性質上、自治会の協力は不可欠で、積極的な調査参加への呼びかけや関係団体との連携も含め、今まで以上に踏み込んだ施策が求められよう。
調査の問い合わせは津市建設政策課℡059・229・3196へ。
2014年2月27日 AM 5:00