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三重とこわか国大で来津者増加   都シティ津の再開めざし話し合い

 

前葉泰幸津市長

前葉泰幸津市長

松田貞司津支部長

松田貞司津支部長

西井 皆さまあけましておめでとうございます。では令和3年新春放談会を始めさせて頂きます。
松田 昨年は春以降にコロナ禍となり、様々なイベントが中止になった。津まつり会場で宅建協会津支部が主催する「宅建フェスタ」も中止となり、同じく前葉津市長ほか来賓を招いて新春に開催する津支部の互例会も中止。経済活動も縮小し人の動きも自粛。非常に窮屈な世の中になった。宅建業者として我々も今までとは違った動きが必要になってくる。今日の放談会は前葉市長も出席頂き、今年こそ、明るい年になるようなお話ができるよう期待している。
市長 令和2年の幕開けは、まさかこんな年になるとは誰も予想できなかった。ダイヤモンドプリンセス号から始まってもうコロ

後藤昭久相談役

後藤昭久相談役

草深靖志幹事

草深靖志幹事

ナ、コロナで明け暮れた。未だ収束していない現状では、コロナのある社会をどう生き抜いていくか、宅建事業者の方々も、ご苦労しながら、もがきながらも新しい道を拓くご努力をされていると思う。行政もしっかり取り組みを進めさせて頂く。
西井 今年のテーマは「コロナ禍における地方創生」です。では支部長からお話頂けますか。
松田 津市の中心市街地活性化の面から市長に伺いたいのですが、センパレの中にある都シティ津が無期限休業状態となっている。中心市街地のシンボル的な建物の中に宴会施設、宿泊施設が休業状態ということは、会議や研修、各種大会やイベントができない。これは地域の活性化の面でも大きな問題。施設として採算の見

西井孝浩幹事

西井孝浩幹事

牛場功幹事

牛場功幹事

通しがつかないという中で今年は「とこわか国体」、「とこわか大会」が開かれる。おそらく多くの人が津市や三重県を訪れる。何とかして、それまでに都シティ津が再開できるような方策をぜひ考えて頂きたい。
市長 都シティ津に関しては残念ながら営業できていない状態で、現在は市民の皆さんが期待するホテル機能、宴会機能が果たされていない事は申し訳ないと感じている。ビジネスの話で言えば、家賃、光熱費が滞納され、コロナ禍でついに人件費も支払えなくなった。あの時点で出血を止めないと会社としての体をなさないということで、都ホテル側からホテルを続ける状況にないという提案があって受け入れた。元々、相当、厳し参加者い経営であったのも事実だが、津商工会議所はじめ、市民の皆さんが中心市街地のシンボルということでホテル機能をしっかり維持したいと築いたものだけに、何とかして再開できないかとホテル側と話しを進めている。
ただ、コロナ禍以前のコスト構造では、元の木阿弥と言うか、全く経営が成り立たないわけで、相当な構造改革をし、コストを下げる形で再開しないと責任ある経営にならない。ギリギリの所で話をしている。再開できる場合は地元経済界をはじめ、皆さんの利用をお願いしたい。
あそこは昭和60年開業で35年が経過した。最初の17年間は近鉄(都ホテル)が直営でやって13憶円の赤字を出して倒産。その後、地元の皆さんが作ったスキームでやってきて、何とかしのげてきたが、全然収益が上がらない状態が続いていた。ああいう施設は50年間はもたさないといけない。今後、どういう形でやるか、探っている。
西井 後藤相談役のお考えは。
後藤 長年、相談役として眺めてきた。津市は合併して14年経ったが、市民生活が良くなったのか?悪いこともあった。我々の仲間だった建設会社などが無くなってしまった。合併しても人口は増えず、減少している。また、津市の1世帯当たりの預貯金額が全国1位と言われるが、果たしてそれがいい事なのかと。私が市民の皆さんに申し上げたいのは、お金を持っている人は、もっとお金を使ってもらいたい、お金の使い道として、もっと不動産に投資して頂き、アパートや太陽光発電などで収益を上げてもらえればと思う。
市長 人口で言えば、平成21年がピークだった。エリア別では合併後増え続けているのが久居エリア。合併前は4万2798人だったが、現在では4万4700人と2千人くらい増えている。あんまり減らないのが芸濃、河芸、一志。それ以外は減少している。東京以外は少子高齢化で人口は減少していると一言でいえないほどエリアでの違いがある。やはり宅建さんには、住宅地の開発や優良なレジデンスを作り続けて頂くことがとても大事であると思う。
西井 草深幹事の意見を聞かせて頂けますか。
草深 コロナ禍において、夏以降は政府の対策もあり若干はお客さんが増えていた。テレワークも進んだ。これはコロナが収束してもしばらくは続くと思う。私は以前から、一極集中している日本は災害時に都会が多大なダメージを受け、結果日本の存続に瀕すると思っていた。これは避けなくてはならない。これに今回は伝染病の恐怖も加わったことから、やはり地方への分散、分権が必要な状況だと思う。それと共に『ゆとりのある田舎暮らし』をして頂きたい。そのために我々がやることは、空き家問題の解消など、住みやすい津市を考えていかなくてはならない。
津市へ住まいを移すのを都会の人がためらう理由のひとつは子供達の教育レベルと医療レベルの問題。教育で言えば津市は全国的に知られる私学や東海地区で1位、2位を争う学校もある。地域医療の面でも三重大附属病院をはじめ多くの総合病院がある。色んなPR要素がある。我々、不動産業界もこの点を考えていくべきと思う。
市長 その通りです。新しい投資をし続けることで町が活性化していく。住む魅力、それと産業、医療、福祉、教育の機能を日々新しくやっていかなくてはいけない。そのためにも事業者さんの積極的な姿勢を示して頂くことは大変有難い。行政もバックアップしていかなくてはならないと考えている。

外国人の就職を支援するには    日本語教室の充実も必要

西井 牛場さんのご意見をお願いします。   牛場 私は元々、不動産の中でも賃貸に特化して16年間、投資をやらせて頂いている。今でも当初からの賃貸物件の管理などお付き合いさせて頂いている。先日も退去される方の声として、切実に感じた事から今回提言させて頂きたい。
実はアパートの1階をNPOに借りて頂いてる。そこでは貧困者に対して食事や物品を無償で供与されていた。今回のコロナ禍での不景気でそういう人がすごく増えたと。もちろん日本国籍の方だけでなく外国籍の方も増えたと。
例えば職を無くす親、子供の通学にも実際に影響が出ている。食べることも厳しいと。一方で、実は職を選んでいる人もいるんじゃないかと。社会には色んな職業があるが、やはり言葉の問題があり職選びに制限が加わってしまう。子供は頭が柔らかいのですぐに日本語を覚えられるが、親世代は難しいのかなと。仮に日本語が話せても字が読めない、これが採用されない理由ではないかなぁと。
そこで、津市が率先して、センパレの2階、3階を語学教室に使って費用がかからない語学教育が受けられるものが作れたらどうかなと。私の管理する賃貸でも、そういった人達が退去していっても入居することがない。コロナ禍だけでなく通常の不景気でも起こりうるので今回、提言させて頂きます。
市長 外国人は8千人、9千人と市人口の3%を超える形で増えてきた。平成21年のリーマンショックでガサっと減って以降、じわじわと増えてきた。リーマンは金融ショックなので外国人が急に仕事を失ったが、コロナ禍では日本人も多く職を失い生活に影響を受けている。
しかし外国人は帰国しているわけではない。日本にとどまり頑張るという外国人も多い。例えば生活困窮者支援の相談で言えば令和元年は239件だったが、令和2年は半年間ですでに551件ある。そういった人には丁寧で寄り添った相談をし、労働局とも連携し、不当な解雇や減給の相談をしている。
言葉の問題は、市内4カ所で150回日本語教室を教員OBなどのボランティアで開催している。こんな時こそ、充実させなくてはならんと思う。

 

 

テレワークは追い風になる !   空き家情報バンクも活用   好立地生かし企業誘致

西井 先ほど松田支部長からホテルの件でお話があったんですが、空いてる部屋をテレワークなどに利用できないかと思う。私は津の人間ですが、学校を卒業してから大阪、名古屋で働いて、12年前に津に戻ってきました。改めて津の立地は良いなと。特急で大阪まで1時間半、名古屋まで1時間。これを企業誘致に生かせないかなと。(宅建協会が津市と提携して取り組んでいる)空き家情報バンクなどで情報を提案して津に来てもらえたら。津市を活性化させる意味でもテレワークはその追い風になる。
市長 都シティ津の空き部屋をリモートワーク等に活用すればいいではないか、とのご提案ですが、色んな可能性が考えられる。また、1階はマルヤスさんが出て行ってから恒久的に活用できていない。センパレ自体はダイエーさんが入居するという前提の仕様になっている。そこを中央公民館にする時に窓を設置することが大変だった。別に活用するにはハードルが高いが、いつまでも現状のままでは適切ではないので活用を考えていきたい。
一方、久居駅ビル(ポルタひさい)は入居率が96~97%でほぼうまっている。ですが、駅から離れている場所は難しい。津市の場合は、津インターから丸之内、大門、なぎさまちまでを新都市軸としている。長い目で見ればここが都市のヘソなのは間違いない。センパレをどうするのか、ぼちぼち真剣に、精力的に都市のビジョンを描いていかなくてはならない時期にきている。

 

学生が卒業後も津市に    魅力ある町・住みやすい町に

松田 三重大学の周辺には賃貸アパートやマンションがたくさんある。コロナ禍で昨年入学した学生さんが半年で1度か2度しか通学できていない。ほとんどがリモートによるオンライン授業。例年は4年間、賃貸物件に住むが、現状はアルバイト先も無く、3年生の夏休みに解約して引っ越していく人も多い。そうなると空き部屋が多くなる。これは津の町に魅力が無いんだなと。学生生活の4年間、勉強だけじゃなくて、文化的なイベントが沢山あって授業以外にも楽しい生活が送れるようなまちづくりが出来ていれば学生も卒業後にそこに残って就職していく。地方創生とは人を作ってこの町に残ってもらうこと。企業誘致などの政策をして若い人に残ってほしい。
市長 三重大学生の就職では、教育学部はやはり地元に帰って教員になる人が多い。医学部は全国の病院に研修医として出ていく。工学部と生物資源学部がポイント。工学部は出身地や東京、大阪、名古屋に行く選択肢と共に、津市内の製造業を中心としたグローバル企業への見学会も積極的にPRしている。その中で三重県を選んでもらう。三重県は立派な工業県であり、十分な可能性があるが、名古屋、大阪に近いこともあり、どうしても都市圏に就職してしまう傾向があり、県内の企業も苦戦している。ここはしっかり三重大学に市内への就職促進をお願いしていく。
三重短大の場合は、「2・4・4」と言いますが、市内高校出身が2割、県外・市外高校出身が4割、県外高校出身が4割。で、就職先を見るとやはり市内2割、県外・市外4割、県外4割なんです。しかし、市内の学生は市内に就職するかというとそうでもない。逆に市外・県外出身の学生が津市で就職する場合もある。中身が入れ替わっての2・4・4なんです。 本当はたくさんの学生が津市内に残って、一部が市外・県外ならいいんですが。一方で県南部の人から見れば、「津市へのストロー効果」と言って、津市の短大へ2年間行って、そのまま津市にいて東紀州に帰ってこない。逆に言えば津市はもっと頑張って卒業生をギュッとと留めたいと。
まぁ、2・4・4の割合はスタートラインとしては合格点かなと。しかしそこに満足せず、もっと増やす戦略を打っていかないと。
若い人に魅力的な町とは住宅の選択ができること。愛知県や桑名辺りの市長達と話をすると、若いうちは職場に近い所の賃貸に住むのもいいが、将来は優良住宅、住みやすい場所を選ぶとなれば三重県は十分に考えられる。大阪圏への通勤では白山町辺りの人も実際に通っている。そうやって津市に住んでもらって、子育てして、次の世代が残ってもらえればなと。長いビジョンを持ってやっていかなくてはならない。ここに住みたくなる都市っていうのをもっと目指さなあかんと。そのためには教育、福祉の充実も必要です。

久居エリアに人口が移動している  土地の所有と利用の分離も視野に  区画整理後の土地の高度利用が必要

草深 三重県立看護大学の学生の比率はどうなってますか?
市長 看護大は偏差値が高く、全国から受験する。なかなか地元の人達が受からない。
草深 地域枠を設けたらどうでしょうか。
市長 三重大学医学部には地域枠があるんです。ところが、実際に看護師を育成・養成する数は圧倒的に県立看護大が多い。三重大はどちらかというと研究に進んだり保健師を目指す人が多い。高等教育機関と専門学校としての役割分担がある。
牛場 町の活性化では企業誘致ももちろん第一義ですが、津市の町中が発展していない原因を率直に考えてみると、例えば、津新町駅から津ドライビングスクールまでで考えると、先ず道が狭い。用途地域の加減もあるが建物も低いものばかり。その辺で発展しにくいのかなと。津球場の辺りは空襲で(焼けたからか)現在の道は広い。久居のほうが人口が増えているのは、東日本大震災以降だと思う。
市長 青葉台とかですね。
牛場 旧津市内よりも久居の方が単価が高いにも関わらず飛ぶように売れているとか。
草深 地価が上がったもんね。
牛場 雲出とか海抜の低い所の市民がこぞって購入した。そのかわり元々商業施設でもあったポルタひさいには、公共的な施設が入っている。市街地が発展しないのは市民性というか地域性が強いのかなと。
市長 津駅前の区画整理、市街化再開発にあれだけの時間がかかっている。場合によっては世代を越えてしまい次世代になった場所もあり、区画整理が終わっても、そこには住まないケースもある。綺麗な町になって道も広くなって電柱も地中化されたにも関わらず家を建てない、賃貸駐車場になっている場所が多いという実態がある。整理事業に関わった人に聞くと、津市も久居も古い町で、昔からの所有者がいる土地を高度利用に変えていくのは非常に難しい。
そこで久居も丘陵地にどんどん住宅ができていき、そこに人口がシフトしていく。そこをさらに展開させるとすれば、例えば、高松市の丸亀町商店街のように所有と利用に分離をしなくてはならない。所有権を持ちながら地上権を50年に設定してそこを使うとか、そういう事をしなくてはならない時代になった。都市計画でそのエリアを地元の合意を得ながらやっていくのもひとつの考え方。また、数件をまとめて、そこに10階建のマンションを建てるとか。現在の所有者に任せても、たぶん動かないと思う。私も子供の頃から商店街を見ているが、高齢者になって商売をやめてシャッターを閉めていても、実は日常的にシャッターを少しだけ開け閉めしてずっとその場所で生活しているのを見ると、なかなか思い切った事が言いにくい。ただ、次の世代になってその場所に住まなくなって駐車場になるだけなのが悩ましい。
牛場 大門と松阪市の愛宕町を比べても、昔よりは下火になったとは言え、まだ愛宕町のほうが活気がある。その他のポイントを比べても松阪の方が活気があるように見える。
草深 津と松阪の商人は気質が全く違う。
牛場 津の人は大人しいというか、堅実。だから世帯あたりの預貯金が全国1位になる。
松田 放談会らしく話が盛り上がってきましたが、今年こそいい年になるよう我々、不動産業界も行政無くしては仕事が進まない事も多々あるのでご協力を願います。

 

農振解除は難しい課題    地域未来投資促進法の活用も

後藤 ずっと思っていた事ですが、津インターから津市街地までの農振区域が抜けてくれない。農振の除外申請は申し入れする事で、津市やそういう委員会が〇×をつけてくれる。委員会に所属しているメンバーは職業が農業中心の人が多い。そこに宅建業者がメンバーに入る事で意見も違ってくると思う。今は除外申請を出してもいつも×になる。農地を守る事はいい事だが、何もあそこだけ守らなくてもいいんじゃないかと、というのが私の意見。
市長 農振解除については、農業を守るために農水省が厳しい基準を作っている。その基準に当てはめれば提案のあった件は解除はできないと。農振(農業振興地域の整備に関する法律)の土俵では、農水省が農業振興をやめない限りは変えられない。むしろ、開発側の皆さんは、農振解除は農振法でいくのではなくて、別の法律、未来産業投資法(地域未来投資促進法)とか農村産業法でいかなくてはならないという事を、開発したい人と農業をやめたい人に話している。
この法律では、こういう目的で開発する場合は農振を外すと書いてある。法律を法律でぶつける形なっている。経産省が農振地区に工業を導入したい人達の側に立って作ってある。津市では、担当を農林水産部と商工観光部から都市計画部に変更した。都市計画部がフラットな立場で、調整区域の中でこういう事ができるとか、ご相談に乗って一緒になって考えようと。
草深 農振除外には目的が必要なんですね。
後藤 合理的な理由が要ると言われる。合理的な理由とはなんぞや、となると、家庭や企業の事情など、その場所でないと絶対にだめだという理由がないと除外されないのが原則。とはいえ、耕作放棄地はけっこう除外できている。市長が言うように別の法律いかなくてはいけないなぁ、と話しを聞いて実感した。
市長 国交省も農水省とどこまで闘っているのかということもあるが、市街化したいと言っても、国交省も人口減少しているのに変えられませんやんか、と言われる。
後藤 それを言われると辛い。
市長 もっと大きな時間の流れの中でこの町をどうしていくのか、という議論ができていない。国交省ももう少し踏み込まないと。このまま形式的な事ばかり言っていてもね。
西井 本日はありがとうございました。

次の世代に広葉樹を残そう!
津市美杉町奥津のJR名松線・伊勢奥津駅から徒歩1分、同線や地域の活性化に取り組む商工会女性会員有志が運営しているミニ道の駅「かわせみ庵」が2月21日㈰、オープン12周年を記念して植樹祭を開く。
現在、当日の植樹ボランティアを募集中。共催=名松線を元気にする会。
同線は台風の被害により一部区間で運行休止していたが、2016年3月に全線復旧を遂げた。 植樹祭は、乗客に楽しんでもらえる景観をつくることを目的に、復旧前から毎年行われているもの。今までに植えた幼木が大きく育ったり美しく紅葉するなどの成果が出てきている。
▼内容=9時にかわせみ庵に集合。かわせみ庵から車で5分ほどの距離まで移動し、くぬぎ・桜・もみじの幼木を植える。地元による食のおもてなしもある。雨天決行、荒天中止。軍手・スコップ・唐鍬(とぐわ)を持っている人は持参を。
名松線で来場する場合は松阪駅7時32分発・伊勢奥津駅8時59分着の列車に乗車を。車で来場する場合は伊勢奥津駅前駐車場を利用できる。
問い合わせは、かわせみ庵代表の中田さん☎090・4083・8550。

自社の取組を紹介する坂井さん

自社の取組を紹介する坂井さん

国連が採択した持続可能な開発のための国際目標であるSDGsを学ぶ多気町立勢和中学校2年生49名が11月20日、津市雲出長常町の㈱ヒラマツで、SDGsを実践する津市内の企業の取り組みを聴いた。
自社の取り組みを報告したのは、鋼構造物の製造と障害者施設経営を行う㈱ヒラマツ専務の平松大知さん、ユニフォーム製造販売の㈱クラユニコーポレーション社長の倉田基史さん=津市中央=、デザインの㈱エスト専務の坂井治美さん=津市東丸之内=。生徒たちはそれぞれの事例から楽しく学んだ。

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