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一般社団法人榊原温泉振興協会は、2月1日から3月3日まで、温泉郷内各所に雛人形を展示する「第16回榊原温泉のお雛さま」と、令和2年以降休止となっていた「ななくりスタンプラリー」を実施している。雛人形とスタンプの設置は、津市榊原温泉湯の瀬1階の榊原温泉観光案内所、射山神社、林性寺、金比羅山、神湯館、湯元榊原舘、旅館清少納言、サンドセラピー砂羽、SAKURAの9施設。ななくりにちなみ、7つのスタンプを集めて観光案内所に行くと、榊原古代米、温泉から作られた化粧水、源泉水を使った500mlペットボトルのミネラルウォーター「湯禊水」がプレゼントされる。
また、3月2日には、恒例の記念婚式が行われる。1月末に応募が締め切られ、4組の夫婦が参加予定。うち、馴れ初めや感謝を書いた「恋のひと言」で最優秀賞に選ばれた夫婦が、十二単と宮司装束を着用する。10時から射山神社にて。
同日11時~16時、榊原温泉湯の瀬では、美容と健康、癒しをテーマとしたマルシェイベント「おんせんチル」が開かれる。キッチンカーやカフェブースの他、マッサージやヨガ、サウナなどが体験できる。音楽ライブやダンス披露も。入場無料。問い合わせは、榊原温泉振興協会☎059・252・0017へ。
2025年3月12日 PM 2:27
2月2日、津市大門の津観音こと恵日山観音寺で恒例の『鬼押さえ節分会』が開かれた。
この行事のルーツは江戸時代。多くの旅人たちで賑わう伊勢参宮街道の春の風物詩として知られた奇祭。元々は、侍や町役が、境内に放たれた鬼役の罪人を真剣で斬りつけ、邪を払うという激しい内容。毎回死傷者が絶えなかったこともあり、明治時代に中止となった。長らく途絶えていたが、地域活性化などを目的に、平成9年に現代的な形で復活させた。
境内特設ステージでは、津商工会議所青年部と津青年会議所の会員が鬼と侍に扮し、かつての儀式をモチーフにした少しコミカルな寸劇が披露された。
その後、前葉泰幸津市長・津クイーン・厄年の人たちなどが、ステージ上から「鬼は外!福は内!」と福豆まきを行った。
来場者たちは懸命に手を伸ばし、舞い降りる〝福〟をつかみ取っていた。
2025年3月12日 PM 2:25
前葉泰幸津市長新春インタビュー。長らく工事をしていた大谷踏切の開通や、市が進める津駅西口の整備や東西自由通路の新設など、大きく生まれ変わろうとしてる津駅前や防災など津市の課題と展望について聞いた。全2回の第1回。(聞き手=本紙社長・麻生純矢)
─津駅前が再開発により大きく変貌を遂げようとしています。長らく工事が続いていた大谷踏切も通行可能となり、津市では「東西自由通路」の新設に向けた概略設計を進めるとともに、津駅西口前の整備イメージについても、市民の意見を取り入れながら「あるべき形」を探っています。今後、どのような形で再開発が展開されると予想されるかについてお聞かせください。
市長 12月28日に大谷踏切が開通しましたが、平成10年から広げると決まっていたのになかなかできなかった。25年経って実現しました。津市に以前からお住まいの方にとっては、あそこはああいう狭い踏み切りだというのが、なんとなくそういうものであるという風に染みついてるというか、そういう現実だという風に思ってたのが、ぐっと広がったことで、まちの姿というのは、当たり前と思ってたことが当たり前ではない姿ができると、今までの当たり前を変えていこうよという話になるわけです。
津駅西口では中央にある築山が、 緑はいいけどちょっと邪魔だよね、いうと通りにくいよねっていうような話とか、子供たちがひしめいてる、高校生が窮屈に通学している姿が駅前の当たり前の姿だよねと思ってたのを、変えれるものなら変えてみたいよねというムードが高まっています。今年度は意見募集をしているのに対し、非常にたくさんの意見を頂いたのが市民の思いだろうなと感じます。そこで、新しい津駅西口のイメージ図のバージョン1を5月に出して、 その時の意見の数が389件。バージョン2を9月に出したのが136件。11月のバージョン3に対して93件ということで、現在はバージョン4については1月10日まで意見募集をしています。
皆さんの大きなポイントは3つあって、1つは、送迎車を停める、あるいは駅利用者をピックアップ、ドロップオフする場所が欲しい、少し待つ場所が欲しいといったもの。津西高校行きのバスが道路信号の手前から出ていく際、バスを追い越す車が居て危ない。これを改善をして、津西高校行きのスクールバスを駅の中へ持ってきて、スムーズに出せるようにします。それから歩道を広げると、かなり変わると思うんですよ。
今出ている形というのは、駅前広場の必要面積だとか機能を一般的に理論計算をしつつ、津駅西口の特殊性をかなり加味しました。それは先ほど申し上げたように、学生とか附属小中の子も含めて子供の数が多いということと、もう1つは、自家用車の送迎が多いという事情です。この特性を勘案すると、自家用車の方が非常にスムーズに、ストレスなく、しかも安全に、送ってきた人を降ろしたり、あるいは駅へ迎えに来て乗せたいというニーズに答えられるようにするというもの。
間もなくもう大体の姿が固まってきますので、今年の4月以降の来年度に、具体的な設計に入って、そして 2026年度から翌年度に、およそ3億円ぐらいの事業費になると思いますが、完成させたいという風に思います。
これで1つ変わったその次は、国による東口のバスタ整備と、それから県による東口の駅前の道路の整備ですね。それから、市が東西自由通路をどこに、どういう風に作るかという、この3つが次のプロジェクトになっていきます。
これらについては、かなり具体的な構想として少しずつ積み上がってきてますので、これをしっかりフォローする。そして、西口がちょっと先行しますが、西口が完成する頃には、これらがもう具体的に動き出すような、 そんなイメージにしております。国も、バスタ構想は四日市で今進めており、その次は津市で色々考えてくれると思うので、 期待をしています。
麻生 バスタは東口のどこに設置するかが大きな影響を及ぼしますね。
市長 バスタの場所はどのように決まるかというと、おそらく今はこういうものが必要だよねという調査ですから、次はどういう機能をどうやって、どれぐらいの規模で果たしていくかというところをこれから調査が進んでいくと思います。そうすると、自然な形で、これぐらいの規模だったらここだよねとかね、あるいはこういう機能を持たせるためには、ここがベストだよねという議論になってくると思うんですよね。
麻生 それが決まれば、自ずと東西自由通路の場所も決まってくるという形になりますね。
市長 駅の周辺の東口と西口の広場の位置が少しずれてるんですよね。現在はそのずれてるところを繋ぐような形で地下の通路があるので、この構造がバスタの位置に合わせてとなると思います。それから、東西自由連絡通路は、フロアの高さでいえば2階レベルになります
ということは、東口も西口も、渡ってきた先のところはある程度のぺデストリアンデッキというか、この今作ろうとしている駅前広場の2階部分を使えるかなと。そうすると自然な形で屋根ができるというイメージになるかなと思ってます。
駅はすごく便利になりますよね。例えば近鉄の入口は東西自由通路が何らかの形で通れば、立体的な利用になると思うんですよ。今の駅は残念ながら近鉄の改札は階段を上がったところからになりますよね。JRはグラウンドレベル(周囲の地面と同じ高さ)です。それが駅内の跨線橋で繋がってるだけなので自由な往来ができません。
麻生 長らく言われてきた津駅の東西の分断が解消されて利便性が向上するということですね。新たな津駅の姿に向かって市民も期待を持って頂きたいですね
市長 平成10年以来変わってなかった大谷踏切が変わることで、今度は50年ぶりに津駅そのものも変わるフェーズになります。津駅をご利用になる方、そして津駅が県都の玄関口として、それにふさわしいような姿にしていくために、あの時代に津駅が変わったよねといわれる形になるよう頑張っていきたいです。
麻生 先日、津商工会議所の視察で福井へ行ったのですが、福井駅周辺が北陸新幹線の開業による再開発でがらっと変わっていました。民間、県、市が一丸となって、これがラストチャンスという共通認識のもとに進めたそうです。あれだけ変わると、市民の意識も変わり、大きく変わっていくかもと感じます。
市長 特に津駅の東口は、バスタは国の事業で作るんですが、それに加えて何ができるかという官民連携を考えていきたいです。
新宿のバスタは平成28年にできているんですが、バスタそのものは独立してて、その横に結構ビルが直接繋がったりしています。バスタの立地する新宿駅南口は、どちらかというと新宿のメインではなかったところですが新しい価値ができているので、ぜひ津駅も東口の新たな不動産の価値が高まるようなバスタになればと思っています。
─昨年の1月1日には能登半島地震が、同年9月には能登半島豪雨が発生し、いずれも大きな被害をもたらしました。津市でも職員を被災地に派遣するなどの支援活動を行う中で、さまざまな課題が浮き彫りになったと伺っています。特に、受援体制の整備は喫緊の課題として改善が求められていると私たちも認識しています。こうした震災の教訓をどのように南海トラフ地震や、他の災害対策に活かしていくかをお聞かせください。
市長 津市は南海トラフの発生が懸念される地なので、なんらかの支援を受けることになるのは、常にイメージの中にありました。震災で職員が支援・応援に行く際に、自分たちが受ける方ならどうなるかということをイメージしながら、能登に行ってもらいました。帰ってきた職員から、わかったことがいくつかありました。やっぱりポイントは、受援というのは、応援を受ける時は、凄い状態になっているので、とにかくお願いしますというのもありなんですが、しかし、より効率的に自衛隊などの部隊に支援活動をしていただくためには、被災地の災害対策本部がいかに正確に情報と現地の被災状況を伝え、部隊に正確かつピンポイントに救助を行う拠点まで入っていただき、どこで救命活動に入ってもらうか、災害対策本部が思い切った判断をしなければ、結局ちょっと手探りになってしまう。陸上自衛隊久居駐屯地の金子洋幸司令のお話を聞くと、自らの部隊で自衛隊は情報収集活動して判断をしているんです。防災の面で大活躍する自衛隊、警察、消防隊の人たちを、もちろん信頼はしてるんだけれども、可能であれば、更に的確に効率よく動いていただきたいと考えています。そこで、受援計画の全面見直しをしています。
ポイントにしてるのが、やっぱり道路を切り拓く、警戒するということです。今までの前提では、道路啓開を誰がどこをするかということは大体決まってたんですね。ところが、その中で何を優先させるか、どこを優先させるか、あるいはいつまでに何をやらなければいけないかっていうのは、被災の状況によって変わるので、そこで思考停止していました。
そこでもう一歩踏み込んで、災害が発生した場合、部隊は安濃サービスエリアに来るのですから、そこからどっちにしたって、どこかの拠点に出てもらうためにはどのルートを優先警戒しようとか、それを決めたのが今回、津市の道路警戒計画という新たに定める計画なんです。これらは2月に最終決定したいと思っています。その上で、我々は訓練を重ねて、より的確な支援を受けられるようにしたいと考えています。
これで明らかに津市の災害対応能力が今までよりもワンステップほどグレードアップしました。というのも、今までこういったことを丁寧に訓練したことがなかったし、訓練すると、自分たちができてないことが、いくつか明らかになったので、私も災害対策本部長として受援をしっかり 導いていくことができるような準備ができたと思っています。
─津市は海・山・川全てを備えた地形の特性もあり、あらゆる災害の発生が危惧されます。市としてこれまで以上にしっかりと準備をされているのは心強い限りです。(次号につづく)
2025年1月28日 PM 4:04