特別寄稿

 8月15日をもって南海トラフ地震臨時情報の一週間が終わった。
 地震は発生せず、人命は失われなかった。なによりだ。
 しかし、代償は大きかった。ここ三重県においても、当館を含めて多くの旅館がキャンセルに見舞われ、鳥羽市小浜の花火も中止、JR東海は「南紀」を運休、近鉄も8月9日の始発から15日の最終列車まで、一部特急列車の運用を変更して五十鈴川駅から賢島駅間の特急運行も取りやめとなった。飲料水やお米の買い占めも目立った。四六時中NHKがL字画面で危機感を煽った為である。
 この想定外の騒ぎに、三重県知事は県民に冷静さを求めた。が、人心を惑わす大本営発表の中、特に同調圧力に弱い世代には馬耳東風だった。そもそも、僅か一週間の短期間に0・5%もの確率で予知できる大地震など古今例はない。予言者レベルである。啓蒙ならば、関東大震災を記念した9月1日で充分だったのではないか(地震考古学の観点から見れば、南海トラフ地震の前に関東大震災が起こると考えられる)。
 おかげで、連休書き入れ時のツーリズム業界は大損害である。従事者にとっては生計の危機だ。そして思ったのだが、もしこれが一週間ほど後先だったらどうだったか。日経平均株価への影響をはじめ、臨海にある工場やコンビナート群、原発、ならびに産業界を擁する経産省からの強い抵抗で、もう少し思慮分別のあるものが見られたのではないか。これこそは政治力の差、先進国を標榜するにもかかわらず、サービス貿易の重要性が未だ無関心である我が国において、「ツーリズムは不要不急の産業」との古い認識が残っている証左だといえる。私は、今回の騒ぎがツーリズムやインバウンド産業のみならず、地価の評価にもインパクトを与えた可能性を懸念している。
 他所はどうか。紀伊半島南端にある和歌山県白浜には、昨秋クローズしたホテルマリテームの姉妹館がある。白浜は年間60万人が訪れる景勝地で、中止した花火大会も例年、3~4万人もの人出となる。旅館組合の計算によれば、1週間で5億円の損失で(これに加えて、飲食や観光施設などのマイナス分もある)、ツーリズムを生業としている者が被るにはあまりにも大きな損害である。そこで白浜の町長は、21~22日に上京して観光庁などを訪れ、観光客回復への施策について陳情をした。臨時情報を出したのは国だが、コロナ禍と違って、ビーチ閉鎖の決断を下したのは自治体だったので、国がその補填をするのは難しい。自治体としては、金融機関に対して損失が出た業者への無利子融資をお願いするとか、GOTOトラベルのような観光振興策を取れないかなど、今後、対応策を関係各所と検討するという。
 さて、三重県はどうしうるだろうか?
(OHМSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート》代表)

 いわゆる「ビッグ4」と呼ばれる外資系ホテルチェーンとしては、マリオットやハイアット、ヒルトン、そして、インターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)がよく知られている。加えて、最近ではタイのセンタラやシンガポールのカペラといった東南アジアのホテルグループも日本市場に参入してきている。円安を背景に外資系ホテルの進出は加速、その幾つかは大都市圏のみならず地方都市へも波及してきている。
 なにしろ、国際的知名度が47都道府県中下から二番目か三番目の三重県でさえ、米国投資ファンドのブラックストーンや、米国の運営会社であるチョイスホテルズ、そしてマリオットが進出してきており、鳥羽市においてもアジア系投資会社のホテルが改装オープンしている。
 実は私は今そこにいるが、その内装はまるでゲストハウスの延長にあるような洋式の旅館となっている。ベッドも大きい。そして、ホテルマリテームで大いに悩まされた雨漏りが全くないのが何よりである。
 外資系進出の理由は至ってシンプルである。多くの外資系ホテルの運営会社(オペレーター会社)が、宿泊需要の長期的成長に期待しているからだ。つまり、日本市場はこれまで閉鎖的で発展途上だったからである。彼ら彼女らはそのポテンシャルに注目しているのだ。
 また、日本人は観光(ツーリズム)=物見遊山(サイトシーイング)と勘違いし、週末だけの娯楽産業だと思っているが、外国人はツーリズム=人的移動市場と理解しており、日本市場はサービス貿易の拠点として高く評価されている。その証左に、ケツに火がついた地銀は、ホテルや旅館を不良債権扱いして損切り処分の対象とする(そう思われても仕方のない世襲経営者もいるが)。彼らはモノ貿易に代表される20世紀型価値観から脱却できていない。
 一方、海外投資家は、インターネットサービスの発達とともに急成長をみせる日本のインバウンド需要を欧州に続く投資対象と見ている。この事は、私が10年前に参加した欧州の観光統計フォーラムで、欧州・オセアニアの先進事例として既に発表されていた。日本は10年遅れなのである。
 外資系ホテルの独特な契約体系も、新規ホテルの開業を促す要因となっている。外資系ホテルの最も一般的な開業形態はホテルマネジメント契約(HMC)だ。
 これは日本の公共施設の指定管理制度に似ているが、ホテルのオーナーはホテル運営会社を設立して内装や備品、設備などに投資し、オペレーター会社は運営ノウハウを持った人材を派遣してホテル運営を実質的に統括する。オペレーター会社は出店時のコスト負担を軽減でき、出店機会が増えれば増えるほど手数料収入が増え、出店数の増加につながるわけである。
 例えばトマムの場合は、米投資ファンドのグローブが全株式を中国の復星集団に183億円で売却したが、星野リゾートは日本政策投資銀行の支援を受け、オペレーター会社として今にちに至っている。
 しかし、多くの場合、主導権はオーナー側にある。これはスポンサーだから当然なのだが、信頼関係が損なわれたり、心得が足りないとオペレーター会社の交代もあり得る。その場合スタッフの雇用は、事業継続の有無によって、継続または打ち切りとなる。外資系ではないが、オーナー会社が売却したマリテームの場合は後者だった。
 このオーナー会社は、国の高付加価値化事業の補助金を得るに至るも、改装か転売かを最後まで迷い、結局のところ改装を諦め売る事にした。国の予算を使ったが最後、3年以内に転売したあかつきには国庫返納の定めがあるからだ。買った側の国内大手リゾート会社は、ウワモノ(建造物)を解体し、新たに新築するという。考え方とすれば、老朽化した鉄筋コンクリート製の建物は、諸設備等々、年々歳々修理が嵩めば新築なみのコストを要する。
 そのコストは、顧客の高級化または薄利多売の何れかでなければ回収できない。ならば最初からスクラッチビルドの方が、長期スパンでは割安だというわけだ。とりわけそれは、ホテルではなく旅館形態を目指すならば的を射ている。旅館とは、宿泊施設に飲食店と風呂屋の機能も備えた複合施設のことであり、ホテルとは似て非なるものである。したがって、老朽化したボイラー、空調設備、厨房機器、配管、浴室の濾過システムなどへの投資は、畳宴会場の解体や客室のリフォームよりも高くつくからだ。
 大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツと湯快リゾートも米国ファンドのローンスターの傘下だが、両社は現在、経営統合を進めている。業務効率向上による再建加速が目的である。
 私は海外からのチャレンジャーたちにエールを送ると同時に、10年遅れの日本の投資家たちにも20世紀型常識からの卒業を望む次第である。

 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

 

ジャパン・レール・パスとは、日本国以外からの訪日外国人旅行を対象に各社の鉄道・路線バスが乗り降り自由で利用できる特別企画乗車券

日本の旅館業法によると、旅館営業とは、和式の構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業であり、客室数は5室以上となっていた。一方、ホテル営業とは洋式の構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業であり、客室数は10室以上となっていた。しかし、2018年の旅館業法改正によって、ホテル営業と旅館営業は「旅館・ホテル営業」として統合され、厚生労働省の統計である衛生行政報告例からも区別が消えた。旅館とホテルの違いが分かりにくくなったのである。
 39年の経験から一般的な旅館とホテルの違いを言うならば、旅館は食文化や大浴場、遊興施設などのエンタメ性がおもてなしの根幹を成し、ホテルは、プライバシーを重視した部屋の時間貸しが基本にあり、似て非なるものである。ホテルと違って旅館の多くは定員ベースを設定しており、例えば定員ベース4人利用で一泊二食8万円の畳敷きならば、一人あたりの料金は2万円となるが、その部屋を2人で利用するならば4万円となる。この理解が浅いと、安易に売り買いしても成功しない。
 私は1年半かけて鳥羽のホテルマリテームの再生に挑み、観光庁の「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」の1億円近い補助金も獲得した。しかし、旅館として存続することを決めていた大阪本社は、近県の観光地に比べてインバウンド客がほとんどいない鳥羽の市場性が暦に大きく左右されることを知り改修を断念、シンガポールのファンドも出資者として名を連ねる大手リゾート会社への転売を決め、ホテルマリテームは閉鎖した。さもありなん、改正旅館業法によると大浴場は少なくとも週一回は空にしなければならない。今年は二年に一度の耐震診断もある。老朽設備の中、そのコスト転嫁すら無策だったのである。
 その後、ホテルは解体され、新たに新築されるという。ボイラーやエアコン、配管等の耐用年数からみても妥当な選択だと思う。しかし、ハードウェアの新調だけでは、オフシーズンをカバーできる程のインバウンド流入でも無い限り、安売り国内旅行社の餌食になるだけである。採算性は疑問だ。
 なぜ三重県中勢以南にはインバウンドが少ないのか。昨年、私はレポートを広く(本紙も含め)公表したが、実は根本的問題はJRと県の鉄道政策にある。この事につき、少し進展があった。先日、業界団体と知事との懇話会があったが、前知事時代には無策だったインバウンド誘致政策を、現知事はジャパンレールパス問題も含めて取り組むとの姿勢をみせた。誘致政策は個々のホテルの努力だけでは限りがある。「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」で外観を綺麗に着飾っただけでは、シーズンオフ対策にはならない。行政は「官民一体」との言葉を好んで使うが、だったら誘致政策こそ、行政機関がしっかり取り組むべき事業なのである。地元宿泊者ゼロの豪華客船に旗を振っている場合ではない。
 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

[ 1 / 31 ページ ]12345...102030...Last »