特別寄稿

10月24日、『住宅宿泊事業法の施行期日を定める政令』および『住宅宿泊事業法施行令』が閣議決定された。
施行期日は来年の6月15日で、違法操業に対する罰則は、旅館業法改正までは現行法どおりである。担当部署は国土交通省と厚生労働省、観光庁観光産業課と土地・建設産業局不動産業課だ。
住宅宿泊事業法要綱によると、民泊を行う住宅については、家主不在の場合はホテルや旅館と同様、非常用照明器具や火災警報機の設置を原則として義務付けるとし、家主がいる場合でも床面積が50平方メートルを超える宿泊室は、通常の宿泊施設同様の安全性確保が必要として、同様の対応を求める。
また、家主は2カ月ごとに民泊を利用した外国人客の人数や国籍などを報告し、得られたデータは観光統計として観光庁が活用する。更に家主には、民泊住宅と分かる標識の掲示や宿泊者名簿の作成、定期的な清掃などが義務付けられ、違反した家主には業務停止命令などに、無届け営業には旅館業法違反などに問われる。
とはいえ、今年6月に成立した新法に基づく民泊施設は、あくまでも『住宅』なので旅館業法の適用外となり、住居専用地域などでの提供も可能となる。
一方、宿泊施設と区別するため、年間の宿泊日数を180日以下に設定し、地域の実情に応じて、都道府県などが条例で区域と期間を定めて民泊の実施を制限できるようにする。これは土地利用の状況や宿泊に対する需要の状況などを勘案し、騒音の発生など、生活環境の悪化を防止することが特に必要である場合に実施される。近隣住民への配慮が必要だ。
住宅宿泊事業者は都道府県知事などへの届け出が必要で、家主不在の場合などは、国土交通省に登録された住宅宿泊管理業者に管理を委託しなければならない。
新法に基づいて届け出できる物件は、家主の居住物件、入居者再募集中の物件、別荘など。つまり中古物件だ。それぞれ届け出時には証明書類の提出を求め、届け出書には届け出住宅の規模などを記載、住宅宿泊管理業務を委託する場合には、住宅宿泊管理業者の商号、名称などを記載する必要がある。
届け出書に添付する書類は、住宅の図面、登記事項証明書など。
また、住宅が賃借物件である場合は転貸の承諾書、住宅が区分所有建物である場合には規約の写し、規約に住宅宿泊事業に関して定めがない場合は管理組合に禁止する意思がないことを確認したことを証明する書類などが必要となる。
住宅宿泊に必要な設備としては『台所』『浴室』『便所』『洗面設備』の4つを挙げ、居室の床面積は宿泊者1人当たり3・3㎡を必要とし、定期的な清掃や換気も行うことを求める。
更には、安全確保のために非常用照明器具の設置や避難経路の表示などの措置も必要になる。届け出住宅ごとに標識の掲示も必要だ。
なお、家主には宿泊者名簿を作成する義務も生じる。この名簿は、作成日から3年間は保存して、届け出住宅などに備え付ける必要がある。名簿には、宿泊者の名前と住所、職業、宿泊日に加え、外国人の場合は国籍とパスポート番号が記載されていなければならない。
また、外国人宿泊者の快適性と利便性を確保するため、住宅設備の使用法について外国語で案内することも求める。
この規則では、宿泊日数の算定方法も明確にした。毎年4月1日正午から翌年4月1日正午までの期間において、人を宿泊させた日数とし、正午から翌日の正午までの期間を1日とする。帳簿は5年間の保存となる。そして、住宅宿泊事業者は都道府県知事などに対し、2カ月ごとに宿泊実績を報告する必要がある。
さて、合法的な住宅宿泊(民泊)事業は本当に儲かるのか?
初期投資に必要なのは、リフォーム料、リネン、家具、電化製品だけではない。防火設備、許認可支出などは100万円を超える。また、電力、ガス、上下水道などの運転資金、受信契約、保守、清掃なども必須だ。
これらを勘案すると、稼働率の低い地方都市では赤字となって、五輪後にはお手上げになるかも知れない。多くの市町村が現地市場の正確な動向を知らないからである。
みずほ総研が9月22日に発行した最新レポート『2020年のホテル客室不足の試算』では、副題を『民泊、クルーズ船の利用急増で需給ひっ迫懸念は後退』としている。この45ページにわたるレポートは、9パターンの変数シナリオごとに、47都道府県の日本人と外国人の宿泊需要を予測している。たとえば、ホテルの新規開業計画から予測される供給側のシナリオが『標準』の場合、日本人・外国人の宿泊需要が共に『上振れ』するシナリオであっても、2020年の不足客室数は最大で3800室程度にとどまる。また、全シナリオで、地方の宿泊施設のシェアが2016年比で減少するとも予測している。

(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

観光客で賑わう奈良公園では、鹿たちがしきりにエサをねだっている。暑さも一段落で食欲旺盛のようだ。この『奈良のシカ』は春日大社の『神鹿(しんろく)』とされ、文化財保護法に基づく保護の対象となっており、約4000頭が生息する。今回で88回目の奈良訪問となる。
公園の客層は相変わらずインターナショナルである。わざわざゴールデンルートから離れてここを訪れるのは、貴重なお金と時間を費やすだけの価値を知る者ばかりかも知れない。外国人しか見かけなかった真夏と比べると、日本人客も少し増えたようだ。間もなく修学旅行のシーズンも来るだろう。
『国連世界観光機関駐日事務所』は、この奈良公園から遠くないJR奈良駅近くにある。

国連界観光機関では局長が応対してくれた。今年の国連世界観光機関のテーマは『持続可能な観光国際年2017』。10月5日にはその啓発の一環として、グローバル観光セミナー『ガストロノミーを通じた持続可能な観光・国際交流の可能性』が開催された。
これは『食』を観光コンテンツとした取組みで、ランドマークのない地域でも成功する可能性があるとする。
とはいえ、別段これは日本では珍しいことではない。大抵の旅館では、ずっと前から『一泊二食』で郷土料理が提供されている。三重県でも得意な分野である。
今回の訪問では、『ツーリズム』の国際社会に対する役割の再認識が共有できた。戦争の対極にあるのが平和産業としての『国際観光』だからである。
また、総会が近いことから、タイ人の女性観光客が1800万円の入院手術費用を日本で抱えたニュースを踏まえ、義務的な旅行保険の重要性についても話した。そのような啓発ができるのは国際機関だけだからである。

相互情報共有のために、ボランタリズムで奈良訪問を開始したのは2009年のちょうど今頃で、当時はまだ国道166号線沿線の宇陀市までだった。 それが、2010年に奈良県全域で開催された『平城遷都1300年祭』の、三重県内でのプロモーションを担うにあたり、奈良市にまで行き着いた。
月に一度の訪問はこの頃からである。このプロモーションイベントは、津と紀北町の観光協会、そして宇陀市と松阪市の協力も得て、2010年には『中部国際空港』の催事ホールを2日間借り切って開催、翌年には『津エアポートライン』でも開催できた。
福島第一原発事故が発生したのはその翌月であり、これによりインバウンドは大幅に減少した。国連世界観光機関を訪ねるようになったのはこの頃からで、経済協力開発機構(ОECD)と欧州統計局(EUROSTAT)が2013年に日本で初の『国際観光統計フォーラム』を開催した際に、たまたまO・H・M・S・Sブースの隣が国連世界観光機関のブースだった事もあり、それ以来、セミナーやフォーラムにはできる限り参加させてもらうようになった。 国のはじまりである奈良県や三重県を客観的にみる為だ。

ご存知のように、この奈良県と三重県は隣接しており、紀伊半島を縦断する伊勢本街道で繋がる津市・松阪市と宇陀市は、今は国道で直結している。現在、宇陀市では市民に向けた広報紙で、『古事記』『日本書紀』『万葉集』にまつわる話を連載中で、今月は本居宣長の『菅笠日記』に記録された3月の旅程を紹介している。
その中で宣長さんは投宿した榛原で、萩の咲く秋に来た方が良かったとの句を詠んでいる。
近年の榛原は、大阪のベッドタウンとして、近鉄榛原駅を中心に発展した宇陀市最大の都市だ。インフラも整っている。だが、急速な少子高齢化の波はここも同じようで、他都市との観光交流が必要なのは否めない。近隣諸県との情報共有が必要だ。
たとえば三重県と奈良県は同じ文化圏だった隣同士だが、今の三重では、遠く離れた長野県や静岡県はあるのに奈良県の天気予報さえ無い。それぞれが別々の経済圏に属する為に、メディアの縄張りが分断されているからだ。
したがって、戦国武将ブームも定着した感があるものの、宇陀市の三将を知る者は三重県には殆どいないし、その逆も然りである。このように情報交流が非常に限られている中、広報紙による紹介はとても価値があるといえる。
三重県も、リニア中央新幹線のみならず、隣県にも関心を持つべきだ。でなければ、どちらの県も通過都市と化すに違いない。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

三重県にジェームズ・ボンドが既に来ていたと書くと、若い世代は驚かれるかも知れない。
それは、1964年にジョナサンケープ社から出版された小説『007は二度死ぬ』(日本語版は早川書房)での事である。
これは、スイスアルプスを舞台とした『女王陛下の007号』の後日譚で、執筆にあたって1962年に再来日した原作者イアン・フレミングは、三重県にも来ていたのである。
当時の取材日数は12日間で、ガイドは朝日新聞社の斎藤寅郎(タイガー)と、サンデータイムズ特派員のリチャード・ヒューズ。この二人は、1959年のフレミング初来日の3日間の際にも同行していた。
もともとロイター通信の特派員だったフレミングは、取材に基づくリアリズムを重視する。
この小説にも固有名詞や実在の場所がたくさん登場する。確認できる三重県コンテンツとしては、伊勢海老、水中翼船(今はない)、ミキモト真珠島の御木本幸吉の像と海女、伊勢神宮の外宮、松阪牛、和田金牧場、松尾芭蕉の俳句などがある。
また、固有名詞こそ無いものの、京都行きの途上で寄った、公安調査局の秘密訓練施設としての忍者の『城』や、スペクター首領のアジトとしての『海に囲まれた城』も登場する。
シチュエーションからみて、前者はまず伊賀上野城とみて間違いなく、後者についても、私はこれは鳥羽城ではないかと勘ぐっている。
モン・サン・ミッシェル城じゃあるまいし、このような城が日本でそうおいそれと思い浮かぶものではないからだ。
とはいえ、フレミングはこの城の舞台を九州某所の海女の島『黒島』へと移し、そこを宿敵との最後の死闘の場としてしまった。
このような作劇上の変更はよくある事で、たとえば実際にフレミングが活伊勢海老料理と遭遇したのは蒲郡のホテルだが、ジェームズ・ボンドが活伊勢海老料理に仰天する愉快なシーンは、物語の展開上、鳥羽の旅館での出来事となっている。
リアリズムにこだわる場面は他にもある。日本の公安局長タイガー田中の指示で、日本人に扮したボンドが伊勢神宮の外宮を参拝する場面もその一つだ。
ボンドは二人の神官が見守る中で、神殿に一礼すると賽銭箱に小銭を投げ入れ、柏手を打つと拝礼し、また手を打つと一礼して踵を返す。これを見たタイガー田中は、もう女学生達にも気取られないようになったと賞賛する。修学旅行で賑わう外宮前の当時の活況が彷彿される場面だ。
また、このあと二人は松阪の和田金牧場へとハイヤーで移動するが、ボンドはそこでビールを牛に飲ませたり、口に含んだ焼酎を背に吹きかけると擦り込みマッサージまでして、後にそれをステーキにして食す事になる。当時の松阪牛肥育の手間暇がシンボライズされた場面だ。
極めつけは、松尾芭蕉の俳句に倣ったというボンドの俳句である。その一節が小説の原題『You only live twice』となった。
ジョナサンケープ社のハードカバーの裏には、少し変わった日本文字で『二度だけの命』と縦書きでも表記されいる。
この小説はフレミングの没後3年目の1967年に映画化された。今年はちょうど50周年である。ボンド役は当時人気のショーン・コネリーで、タイガー田中には丹波哲郎、いわゆるボンドガールには浜美枝と若林映子の東宝コンビを配し、オープン仕様のトヨタ2000GTや、日本縦断ロケ等が国中の話題になった。
だが、プロデューサー達はロケハンの段階でヘリコプターを長期チャーターすると、小説にある『海に囲まれた城』を求めて日本中の海岸線を探したが見つからず、結果としてプロットが大きく改変される事になり、ロケハン途上で見い出された新燃岳の噴火口がスペクターのアジトとなった。
これにより、ロアルド・ダールによって書き起こされた脚本は、三重県の『み』の字もない映画となってしまった。
ちなみに、このシリーズはダニエル・クレイグ主演で仕切り直され、現在進行形である。2015年に公開された『スペクター』では、1969年公開の『女王陛下の007』がインスパイアされている。
つまり、次回の映画にフレミングの『007号は二度死ぬ』がインスパイアされても不思議ではない。
三重県は旗を振るべきである。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

[ 1 / 14 ページ ]12345...10...Last »