特別寄稿

 

ジャパン・レール・パスとは、日本国以外からの訪日外国人旅行を対象に各社の鉄道・路線バスが乗り降り自由で利用できる特別企画乗車券

日本の旅館業法によると、旅館営業とは、和式の構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業であり、客室数は5室以上となっていた。一方、ホテル営業とは洋式の構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業であり、客室数は10室以上となっていた。しかし、2018年の旅館業法改正によって、ホテル営業と旅館営業は「旅館・ホテル営業」として統合され、厚生労働省の統計である衛生行政報告例からも区別が消えた。旅館とホテルの違いが分かりにくくなったのである。
 39年の経験から一般的な旅館とホテルの違いを言うならば、旅館は食文化や大浴場、遊興施設などのエンタメ性がおもてなしの根幹を成し、ホテルは、プライバシーを重視した部屋の時間貸しが基本にあり、似て非なるものである。ホテルと違って旅館の多くは定員ベースを設定しており、例えば定員ベース4人利用で一泊二食8万円の畳敷きならば、一人あたりの料金は2万円となるが、その部屋を2人で利用するならば4万円となる。この理解が浅いと、安易に売り買いしても成功しない。
 私は1年半かけて鳥羽のホテルマリテームの再生に挑み、観光庁の「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」の1億円近い補助金も獲得した。しかし、旅館として存続することを決めていた大阪本社は、近県の観光地に比べてインバウンド客がほとんどいない鳥羽の市場性が暦に大きく左右されることを知り改修を断念、シンガポールのファンドも出資者として名を連ねる大手リゾート会社への転売を決め、ホテルマリテームは閉鎖した。さもありなん、改正旅館業法によると大浴場は少なくとも週一回は空にしなければならない。今年は二年に一度の耐震診断もある。老朽設備の中、そのコスト転嫁すら無策だったのである。
 その後、ホテルは解体され、新たに新築されるという。ボイラーやエアコン、配管等の耐用年数からみても妥当な選択だと思う。しかし、ハードウェアの新調だけでは、オフシーズンをカバーできる程のインバウンド流入でも無い限り、安売り国内旅行社の餌食になるだけである。採算性は疑問だ。
 なぜ三重県中勢以南にはインバウンドが少ないのか。昨年、私はレポートを広く(本紙も含め)公表したが、実は根本的問題はJRと県の鉄道政策にある。この事につき、少し進展があった。先日、業界団体と知事との懇話会があったが、前知事時代には無策だったインバウンド誘致政策を、現知事はジャパンレールパス問題も含めて取り組むとの姿勢をみせた。誘致政策は個々のホテルの努力だけでは限りがある。「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」で外観を綺麗に着飾っただけでは、シーズンオフ対策にはならない。行政は「官民一体」との言葉を好んで使うが、だったら誘致政策こそ、行政機関がしっかり取り組むべき事業なのである。地元宿泊者ゼロの豪華客船に旗を振っている場合ではない。
 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

 曇天とはいえ、まだまだ蒸し暑い夏の終わりである。古文書や年輪、堆積層から読み解く古気候学によると、平城京があった奈良時代から、都が京に移った平安時代にかけては、現代と同じくらい温暖化が進んだといわれ、海岸線も内陸部深くへと進んでいたそうである。今同様、当時の夏も太平洋上には雲多く、気候も極端だったのだろうか。
 今回の奈良行きは、本居宣長記念館名誉館長と一緒である。一人で運転していたら気が遠くなりかねない。心強い限りである。
 私たちは国道166号線で県境を越え、午前中には奈良に入った。奈良は、大阪や京都泊まりのインバウンドのオーバーツーリズム受け入れ先としても最適のポジションにある。今日もJR奈良駅構内から三条通りを経て、商店街、奈良公園に至るまで、外国人観光客で大賑わいだ。もともと盛夏の奈良は、奈良盆地特有の暑気の為に日本人観光客は少なかったが、今や殆どいないと言っても過言ではない。まるで外国である。
 奈良はインバウンド富裕層や長期滞在者を取り込むべく、高級ホテルの誘致に力を入れている。コロナ禍の中でも奈良公園周辺の高級ホテル開発が進められてきた。2020年6月には「ふふ奈良」が、7月には「JWマリオット・ホテル奈良」が、そして、昨日8月29日は、森トラストとマリオット・インターナショナルのブランドを冠した超高級ホテル「紫翠ラグジュアリーコレクションホテル奈良」がオープンした。
 この大正11年建設の奈良県知事公舎を活用した邸内には、昭和天皇がサンフランシスコ講和条約批准書に署名した「御認証の間」が保存され、新たに新築された43の客室は、1泊2名で通常12万6500円から、オンリーワンの最高級スイートは、1泊朝食付きの2名利用で約82万円からとなっている。奈良はコンバージョン(変換)事業のお手本だ。更に奈良では来年以降、国の重要文化財「旧奈良監獄」の建物を活用した、日本初のプリズンホテルも計画されている。
 国連世界観光機関では渉外部長とプロジェクトコーディネーターが出迎えてくれた。私たちは、国連世界観光機関の複数回にわたるセミナーや欧州統計局のフォーラムを通じ、地域振興と観光産業のかかわりについて、以下の3つの基本的な方向性を認識している。
 まず、ツーリズム産業の安定的な経済活動と地域への貢献。続いて訪問者の多様な価値観への対応と受入環境の整備。そして、ツーリズムによる住民生活の向上である。
 ①ツーリズム産業の安定的な経済活動と地域への貢献
・シーズンオン・オフ平準化による売り上げと雇用の安定(従業員の所得向上、福利厚生の充実)
・地産地消やツーリズム事業における雇用などの現地調達
・ツーリズム事業者の地域コミュニティへの貢献
 ②訪問者の多様な価値観への対応と受入環境の整備
・ツーリストへの特別な体験(宿泊、ガストロノミー、アクティビティ等)の提供
・訪問者と住民の自然・歴史・文化などへの理解促進
・安全で快適にサイトシーイングできる受入環境の整備(メディカルも含む)
 ③ツーリズムによる住民生活の向上
・訪問者の環境配慮型行動の喚起
・地域の魅力や取り組み等のアウターブランディングとインナーブランディング
・ツーリズム関連の起業を増やし、自然・歴史・文化の継承に寄与
 そして、「未来志向」のスピリットもだ。加えて、私は「ツーリズム」と「観光」が混同される日本の国民的コンセンサスの遅れについて話した。分かりやすい例を一つあげるならば、「メディカル・ツーリズム」と「医療観光」の訳語のちぐはぐさである。
 日本では大学病院などでの渡航治療における高額な外貨収入は旅行収支に反映されてはいない。また、医療はDMOにも参加してはいない。しかしながら、これでは外貨が動くツーリズムの産業化推進においては不条理である(以前書いたが、タックスヘイブン地域における高額観光収入もそうだ)。ツーリズムは物見遊山だけではない。だから私は、三重県鳥羽市に国際会議場を備えたホテルへの改装を提案し、国の補助金採択も得た。最も多い国際会議はメディカルだからだ。
 しかし、アフターコロナの回復が遅れているこの地において、それは時期尚早だったようである。3月末に全国旅行支援が終わって以来、閑古鳥が鳴いたホテル・マリテームだが、大量キャンセルをみたお盆の台風7号の影響もあり、この夏をもって事業撤退が決まった。少子高齢化や物価高騰、オフシーズンや天候不順などによる日本人観光客の減少を補うにはインバウンド誘致が必須条件だが、三重県の知名度はまだまだ低い。旅館やホテルの数は奈良県の3倍あるにもかかわらず、47都道府県中ビリから2番目だからである。
 ところで、プロジェクトコーディネーターが申されていたように、今でいうウズベキスタンなどの中央アジア=ペルシア帝国の文化はシルクロードを経て日本に伝わった。正にこれこそは、ヒト・カネ・モノが移動するツーリズムの根幹である。奈良の正倉院の宝物には、ペルシャ王国のササン朝時代のものとされるガラス椀やガラス品、日本最古の敷物などが保存されている。
 考えてみれば、これも日ユ同祖論の根拠の一つかも知れない。アイデンティティー云々ではなく文化の伝播という意味で、ツーリズムの成果への興味は尽きない。
 帰り際、三重ふるさと新聞特別寄稿のナンバー67から70までのコピーをお渡しした。が、国連職員たちは既にその内容をご存知のようだった。新聞社が毎回この新聞を送ってくれていたのである。地方ニュースが殻を破って域外に出ることは意義深い。嬉しい限りである。(OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

 ウィンタースポーツで有名な観光地では、夏場の集客力低下が避けられない。また、海辺の観光地でも、シーズンオフには食事や温泉を工夫したり、低価格ツアーに甘んじる必要がある。
 これは国内市場が季節商品だとみなしているからだ。しかし、コロナ禍から3年が経った今、この従来型の国内旅行のパターンが変わりつつある。少子高齢化と物価高騰による市場の縮小である。
 一方、インバウンド市場は円安の恩恵もあって急上昇している。新幹線ゴールデンルートのオーバーツーリズムも、JRのジャパンレールパスによる地方分散が奏効してきている。
 ジャパンレールパスの海外向け広報によると、2009年に利用者数延べ680万人から始まったこのJRのパスは、福島第一原発が爆発した2011年こそ620万人にまで減ったが、それ以降は年々増加の一途を辿り、コロナウイルス・パンデミック前の2019年には3180万人に達している。
 しかし、三重の場合、その恩恵は亀山を経由する以外に選択肢はない。快速みえの路線は、三セクの「伊勢鉄道」が導線を断っているからである。だからJRの海外に向けた広報を見ても、申しわけ程度に触れているのは伊勢神宮と夫婦岩のピンポイントだけで殆ど情報がない。
 中部エリアを紹介するビデオアーカイブにあるのも、静岡県、愛知県、岐阜県、黒部・立山のみで、三重県はない。インバウンド到達率を見ると三重県は1%未満、47都道府県中46位である。
 何度も目のあたりにしてきたが、(お隣の県の)JR奈良駅から市内へと流入するインバウンドはシーズンオフの国内市場の補完として十分機能している。
 一方、三重県へのインバウンド訪問率は1%にも満たない。正直なところ、インバウンド集客のための設備投資、費用対効果の面で疑問を禁じ得ない。
 ゆえに鳥羽市のホテルマリテームは「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化プロジェクト」の補助金採択を得たが、辞退することにした。ハードウェアの改修だけでは、国の求めるインバウンドによる収支改善には至らないからだ。
 ところで、この一宿泊施設あたり補助額上限1億円のプロジェクトだが、マリテームの場合は国の補助金2分の1、自己資金2分の1で申請し採択を得たが、金融機関からの融資を前提とした補助金3分の2で申請した宿泊施設の場合、そのハードルは更に高かったようである。融資する側の与信を踏まえた意思決定が必須だからだ。
 その前提は、市場回復による投資回収の確実性にあるのだが、松阪から伊勢志摩の現状をみる限り、全国旅行支援が縮小された4月から7月半ば迄の回復がすこぶる良くない。とても確実性が担保できる条件にあるとは言えなかったのである。
 この点においても、インバウンドによるシーズンオフの補完は必須だと言える。例えば、平日の伊勢志摩の一人あたりの平均宿泊単価は1万2000円程度であるが、もしこれがインバウンド・バブルの様相を呈してきた箱根の一泊10万円程度だったら、金融機関の与信は自ずと高くなるだろうし、建設業や農林水産業などへの波及も見込める事となり、国や県が求める持続可能な収支の改善や雇用の安定・定着も、シーズンのオンオフ平均化をもって成功するに違いないからである。

 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

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