特別寄稿

少し前、5月11日のNHKによると、安倍総理は衆議院予算委員会の集中審議で、経済の弱体化に伴って日本の企業や土地が外国資本などに買収されるのを防ぐとし、経済の安全保障の観点から対策を戦略的に講じていくとの考えを示した。
コロナ禍で日本経済が悪化すると、企業や土地に割安感が出て中国などが買収する可能性があり、防御策をとる必要があるからだ。
韓国、シンガポール、オーストラリア等では、外国人の土地購入には既に厳しい制約をかけており、米国では、包括通商法によって大統領が国の安全保障を脅かすと判断した場合、事後であっても土地取引を無効にできる権限を持つ。
総理は「わが国の経済構造を安全保障の観点から俯瞰し、そのぜい弱性に対処するとともに、強じん化に戦略的に取り組んでいかなければならない。対内直接投資を一層促進しつつ、国の安全を損なうおそれがある投資に適切に対応する観点から、昨年改正した外為法を適正に運用するなど、投資に対してはしっかりと目を光らせていきたい」と述べた。
中国が狙っている不動産は水源地、森林、ゴルフ場、観光施設、メガソーラーなどがあり、いま最も顕著なのが北海道である。
2010年にはニセコの山田温泉ホテルが7億円で中国資本が買収、2015年には占冠村の1000ヘクタール(東京ドーム213個分)を超える総合リゾート施設『星野リゾートトマム』が、中国の商業施設運営会社『上海豫園旅游商城』に約183億円で買収された。上海豫園の大株主は上海の中国民営投資会社『復星集団(フォースングループ)』だ。トマム地域は水資源保全地域に指定されておらず、リゾート施設内にある水源地も一緒に買収されている。
この復星集団は、トマム買収以前にも隣のリゾート地『サホロリゾートエリア』(新得町)で、宿泊施設を所有するフランスのリゾート施設運営会社『クラブメッド』を買収。サホロリゾートも実質は中国資本の傘下にある。
ところで、星野リゾートは同年、日本政策投資銀行との折半合弁会社として20億円に上る投資ファンドを設立、トマムなどを運営している。日本政策投資銀行とは、株式会社日本政策投資銀行法に基づいて2008年に設立された、財務省管轄の日本の政策金融機関の特殊会社だ。いわば手綱である。
とはいえ、中国化が進捗し、居るのも来るのも殆どが中国人の状態になると、その場がチャイナタウン化するのも時間の問題だといわれている。
土地絡みだと、メガソーラーも懸念材料である。
上海電力日本株式会社は上海電力股份有限公司が日本で設立した100%子会社で、太陽光・太陽熱、風力、水力等の発電事業への投資、開発、建設、運営、メンテナンス、管理、電気の供給及び販売に関する事業を展開している。
基本スタンスとしては日本企業との共同で事業を進め、その地域の人々との共生を重視するとし、既に大阪南港と兵庫県三田市、そしてつくばでメガソーラー施設を建設・稼働させている。それに伴い取得した土地は、大阪約5ヘクタール、兵庫約11ヘクタールである。大阪市南港咲洲メガソーラー発電所の定格出力は 2・4MW。日本伸和工業との共同投資プロジェクトで、2014年5月16日に稼動。兵庫三田プロジェクトの定格出力は 5・05MW。ロケーションは沢谷字南山にある山林野原で、2016年2月8日に稼動だ。
そして、SJソーラーつくば発電所の定格出力は35MWで、2017年4月1日に稼働した。約3万枚の太陽光パネルが設置されたこの発電所の投資額は130億円超。東電と2015年4月に売買契約を結び、売電価格は2013年度申請時の36円/kWhで、年間販売額約10億円を見込む。  また、全国最大規模のソーラーシェアリング事業として、ソーラーパネルは農地の上に設置、地元の農業生産法人による農作物栽培を同時に行なっている。約50ヘクタールの用地は、200人近くの地権者から20年間借り受ける契約で、賃貸料は1000平方メートル当たり年間約10万円。SJ社が9割超、農業生産法人が1割弱の負担だとされている。
しかし、太陽光発電は発電効率が悪い上に買い取り価格も年々下がっており、事業の旨みが少なくなってきている。日本企業は参入を渋り始めたところだ。日本国内4つ目の事業とされる那須烏山プロジェクトも足踏み状態にある。
それでも中国系企業が怯まない背景には、太陽光発電を名目とした土地取得という目的があると言われている。そして、20年間の借り受け契約満了後に上海電力は、土地の買い取りを地権者に打診するのではないかと懸念されている。日本政府は、メガソーラーを含む土地の転売にも、しっかり目を光らせてもらいたいものである。
とりわけ、中国の潜水艦が潜航したまま通過する太平洋沿岸は、日米同盟の戦略上でも重要だ。伊勢志摩国立公園のメガソーラーも、転売ヤーが手掛けているものは監視が必要である。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイングサポート」代表)

降下した米兵の末路

 

(前回からの続き)
4「養正小学校〔当時〕の運動場から西の空を見た時、B29が1機、火を吐きながら東の方へと飛行している。まもなくパラシュートが1つ開いた。これを見た多くの人が竹槍を持って、津公園の桜道をパラシュートを目指して走った。腰の曲がったおばあさんまでもが、『突き殺したる』と走った。民衆に捕えられたアメリカ兵に『殺せ』『殺せ』という罵声が浴びせられた。憲兵が静止し、どこかへ連行していった」〔津市、中川氏〕
5「私は当時国民学校の2年生でしたが、火を吐いて飛行するB29と降下してゆくパラシュートは、今でもはっきりと覚えています。皆んな竹槍をもって飛行兵をやっつけたると息巻いていました」。〔津市、T氏〕
6「私が国民学校の5年生で13歳の時でした。降下するアメリカ兵を見た時、友達と木刀を持って御山荘橋を走って渡り、パラシュートを目指しました。私は当時『新道』(現在の養正小学校のあるあたり)に住んでいました」〔津市、石井昭氏〕
7「昭和20年初夏。大里地区の旧伊勢街道の松並木の伐採し、松根油製造のため松の太い根を掘り起こし中、B29が煙をあげながら上空を通過、伊勢湾方面へ高度を下げていきました。パラシュートで降下するのを目撃し、仲間の数人が落下点の方へくわ(鍬)をかついで走りましたが、小生連日の食糧難で空腹の為行く気にならず、あとどうなったか知りませんが、聞くところによると鬼畜米英をこらしめる為、大分なぐったようです」〔津市、小松氏〕
8 石川慶男氏の手記、「パラシュート降下した米兵。学徒動員中の数々の恐怖の体験と言えば、B29の集中爆撃を思い出すが、その他に、鮮やかに思い出に残る出来事がある。
昭和20年5月14日は、五月晴れの青空の美しい日であった。三菱航空機津工場へ出勤後、程なく警報が発令された。それは連日の事で、作業を中断して工場西方の山林へ避難するのが日課となっていた。
池の岸辺に寝ころんだり、雑談をしていた。その日もB29は京阪神方面を攻撃目標にしているのか、上空はあくまで青く静かであった。やがて何事もなく空襲警報解除かと思った頃に、西方よりB29が1機、白煙を引きながら、我々の頭上に向かって飛行して来る。よく見ると、エンジンより火を吹き、高度を下げて伊勢湾目指して逃走中と思われた。更に、機体後部より、白いパラシュートが1つ開き、まるで、一輪の花のようにゆっくりと、降下して来るではないか。
我々は、一瞬に見とれていたが、『アメリカ兵が降りて来るぞ』と、大声をあげて走り出していた。私もその一人であった。
落下地点は、予想外に遠く、現在の津商業高校あたりであったようで、息切れして、歩き始めたら、群衆に囲まれて、憲兵に引き立てられた米兵に出会った。
米兵は作業服のような軽装で、体格も血色もさすが良かったように思った。取り囲んだ群衆は、殺気立って、米兵に暴行しようとしたが、憲兵が制止していた。憲兵にガードされた米兵は、何処かに無事連行されて行った。私は憎しみとともに内心ほっとした事を覚えている。
(次回に続く)

【文化的かつ科学的な環境ツーリズム】

 

日本では長雨と台風による日照不足に見舞われたが、7月25日のAPFによると、熱波に覆われた欧州では、23日にはフランス各地の都市で最高気温の記録を更新、ワインの主要産地ボルドーでは41・2度を記録した。また、24日にはベルギーのクライネブローゲル基地で国内最高気温となる39・9度を観測し、1947年6月に観測された記録を更新。ドイツでは、西部ガイレンキルヒェンで40・5度を観測、これまでの国内最高気温40・3度を上回った。そして、オランダでは南部のギルゼ・レイエン基地で38・8度を観測して、75年前の記録を更新、25日にはパリやリンゲン(ドイツ北西部)で42度を超えた。
昨年の様子は以前、この連載で掲載した【ヒートドーム】に記録してあるが、今年の欧州への熱波到来は、ひと月足らずで2度目である。しかも高温だ。英国気象庁によると、英国でも25日に暑さがピークを迎え、20004年8月にフェイバーシャムのケントで観測された国内最高気温38・5度を超えたとし、熱波への対応として、英鉄道会社ネットワークレールは列車の減速運行を発表。フランスの鉄道でも同様の措置が取られている。
古来、避暑地も非日常的なサイトシーイング(観光)のディスティネーション(目的地)とされている。好き好んで暑い場所に行きたい人はそう多くはない。どちらかといえば、日本の文化観光についてもそうだ。暑い時期は弱い。対策として、木陰、噴水、ミストシャワー、打ち水、氷細工、そして風鈴などといった涼をよぶ演出が日本の夏には必要になる。なにしろ、日本の夏は欧州と違って高温の上に湿度も高い。ウチワで扇いでも来るのは温風、熱中症リスクもシビアである。
この点において、調湿性のある日本の木造建築は、風を通すことによって、その性能を発揮する。木材に含まれるセルロースやヘミセルロースには、〝水酸基〟と呼ばれる水分子を引き寄せる部分があり、ここに水分が吸着したり、離れたりすることで、木材が調湿機能を持つからだ。
専門誌によると、8畳間程度の部屋で25℃で湿度が60%のときに室内の空気が含む水蒸気量は、厚さ4ミリで1平方メートルの広さのヒノキ板が吸収できる水分量に相当するという。
また、平成26年度の国交省の事業報告書でも、ヒト存在下の無垢スギ材とクロス貼り内装との相対湿度が、およそ50%程度になるとの調湿効果が実験によって示されており、この事は林野庁の受託事業として、(一社)木を活かす建築推進協議会がまとめた『木の良さデータ整理検討報告書-平成28年3月』にも引用されている。
つまり、適切に湿度が管理された木造建築は、夏の観光コンテンツ足り得るという事だ。これこそまさに体験型である。だが、湿度計などで目に見える形にする必要はある。でなければ、風鈴の音同様、気のせいだという事になってしまうからだ。水蒸気のふるまいは科学的根拠なのである。
ちなみに、風鈴の音に涼を感じるには幼少期における擦り込みが必要で、外国人には通用しないそうだ(出典…NHKチコちゃんに叱られる)。心理的なものである。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

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