特別寄稿

年代別感染死亡件数の分布図

年代別感染死亡件数の分布図

NHKの特設サイトによると、8月30日現在、47都道府県で確認された感染者総数は147万3654人、死者総数は1万6017人で、感染者の死亡率は1.09%にまで減少している

NHKの特設サイトによると、8月30日現在、47都道府県で確認された感染者総数は147万3654人、死者総数は1万6017人で、感染者の死亡率は1.09%にまで減少している

インテリジェンスが発達している先進6カ国、中国、ロシアでは、新型コロナウイルスワクチンの開発・接種も順調で、国連世界観光機関が今年の初めに予測したとおり、国際ツーリズム復活の兆しも見えてきた。テキサスの友人からも、2カ月連続でテキサスでは死者ゼロとの事である。ところが日本では、まだ蔓延防止や緊急事態宣言などの時間稼ぎレベルだ。何故だろう。
新型コロナウイルスのデータを毎回記録していると、PCR検査や抗体検査、抗原検査の件数が抑えられてきた事がわかる。コロナウイルス感染者は、たとえそれが無自覚・無症状で元気であったとしても、特別措置法で二類に指定した以上、社会から隔離する必要があるからだ。大規模な感染者の洗い出しは、あっという間に医療崩壊につながるからである。
とはいえ、日本が懸念している医療崩壊は、パンデミック初期に諸外国で見られたような、街なかで死屍累々と対峙するものではなく、感染症に対応した限られた医療機関のみである。何故ならば、日本では医師の過半数が個人医院(診療所)を経営しているが、これらは二類感染症には対応できず、大きな病院でも感染症用の病床や機器、担当医師や看護師が限定的だからある。また、全国にあった感染症対策の拠点たる保健所も、結核の撲滅と共に非力となっている(この事は、厚生労働省がほぼ毎日更新している医療機関別の検査件数を見れば一目瞭然だ)。これが日本のコロナ禍における病床不足の原因であり、崩壊が懸念されるのはこの領域なのである。
幸い日本では、まだ特効薬がないにもかかわらず、多くの患者が回復・退院している。これが、ソ連型のBCG接種による所謂「ファクターX」によるものかどうかは分からないが、変異株によって感染確認が急増しても累計死亡率は比例せず、むしろ下がってきているのも事実である。新型コロナは、お年寄り特有の病であるといわれる所以だ。
それでも二類感染症である。密閉、密集、密接の三密を回避し、経済活動も制限しなければならない。安倍前首相は昨年8月28日の辞任会見の冒頭、プロンプターなしで(つまり自分の言葉で)二類から五類へのシフトダウンについて触れたが、結局のところ、それは新型コロナ特措法の延長をもって霧散した。おかげで日本のツーリズム産業は、先の大戦以来の壊滅的な状況である。これは、モノ貿易からサービス貿易の時代への移行期にある世界のツーリズム産業地図を大きく書き換える由々しき事態だ。そのエビデンスは、以前の本稿に訳出したUNWTOの「インターナショナル・ツーリズム・ハイライト2020」にも記録してあるが、コロナ禍の前、2019年の極東における日本のインバウンド収入は、既に中国本土のそれを上回って東洋一となっていた。だからこそ、新型コロナウイルスワクチンの一刻も早い接種による、戦後復興が望まれるのである。
それなのに事態は一向に進捗しない。この日本におけるワクチン接種の遅れについては、接種体制の整備の遅れが原因だとしている。
だが、真相はそれだけではないようだ。5月15日のニューズウィークでは、厚生労働省の契約ミスが指摘されている。すなわち霞ヶ関の役人は、日本が認可してない段階だからと、欧米の製薬会社本社とではなく、話のしやすい日本支社や代理人と交渉していたのだ。それも、買うのか買わないのかはっきりしない前段階としてである。ファイザーのCEOはギリシャで育ったユダヤ系、ビオンテックはトルコからドイツに移住した家庭で育った医師が立ち上げた企業だが、このような多国籍企業である欧米の製薬会社経営陣は、国家の関係よりも契約書と株価だ。それが役人には分からなかったようである。また、薬害エイズ事件のトラウマや11年前の新型インフル・ワクチン供給過剰に対する批判を恐れる厚生労働省としては、法的根拠のない特例を作ったとしても、後から責任は負いたくないという事もある。この省益を守らんとする姿勢が初動を遅らせ、それが日本の国際的なワクチン取得レースの敗因になったのだ。厚生労働大臣は5月21日、特例として日本におけるモデルナ/武田薬品工業とアストラゼネカのワクチン製造と販売を承認したが、何をか言わんやである。
日本はどこで躓いたのか。先ず、役人の「海を渡り、川を登れ(新しい政策構想には、まず海外の事例を調べ、過去の前例を探す)」の政治家説得と世論批判の回避の手法だ。すなわち「前例主義」と「証拠主義」である。加えて、与・野党への献金最高額業界の医師会のリスク回避の姿勢と、WTOの傀儡たる専門馬鹿のメインメディアを通じた御託宣だ。福島第一原発の放射性物質問題の時もそうだったが、日本の偉い先生方には、核兵器や生物兵器に対する知見はない。これらが、日本の観光業、旅行業、飲食業をスケープゴートにし、21世紀のサービス貿易の国際ツーリズムを壊滅的状況に追い込み、そればかりか世代間対立や五輪開催の賛否という、世論の対立にまで至らしめたのである。漁夫の利を得たのは中国共産党に違いない。
では、今後どうすれば同じ轍を踏まずにすむのだろうか。私はAIによるオープンソース・インテリジェンスを提言する。これこそDX(Digital Transformation)の本命だ。もちろん民主主義国である以上、得られる情報は内閣府のV─RESASのように全ての国民が共有できるものでなければならない。そして、その真偽の確認や専門的な裏付けには、多くの現場からの裏付けも欠かせない。この手法は、インテリジェンス先進国では既に試験運用されているとみるのが論理的である。(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)

総務省の集計によると、外国人を含む14歳以下の子供の数は前年より19万人少ない1493万人で、40年連続の減少となった。日本の総人口に占める割合は11・9%で47年連続の低下である。内訳は男子765万人、女子728万人で、3歳ごとの年齢層別では低年齢ほど少なく、12~14歳が324万人に対して、0~2歳は265万人だった。国連人口統計年鑑によると、日本の子供の割合は人口4千万人以上の33カ国のうち、韓国の12・2%、イタリアの13・3%などを下回り、最少である。
この、そう遠くない未来の内需の減少は、既存企業の生き残り競争を激化せしめ、間伐のように中小企業の淘汰・再編を促す。そして、吸収によって膨れた企業が海外マーケットを求めるのも不思議ではない。外貨獲得にも欠かせないからだ。それ故、日本は自動車輸出に専念し、産業界は中国市場が特に有望であるとする。
ところが、中国税関総署によると、中国が2019年に輸入した自動車は105万台で、輸入元別に見ると日本からの輸入が33万台(シェア31・8%)、ドイツ(シェア26・5%)、米国(シェア18・3%)、スロバキア(シェア6・8%)となっており、2019年に中国で販売された自動車全体に占める比率は約4%にすぎない。中国における多くの外車の殆どは現地生産だからである。
世界の主要自動車メーカーは、中国のメーカーと現地に合弁会社を設立し、現地で生産と販売をしている。乗用車のブランド別販売状況を見ると、ドイツ系が520万台、日系が458万台、米国系が191万台、韓国系が101万台などとなっており、その合計は、中国系840万台をはるかに上回っている。ということは、日本の貿易収支への貢献も極めて限定的だと言える。依存度の高い生活雑貨の輸入との相殺が精々だ。何故ならば、中国は外貨の流出を殊のほか警戒しているからである。
中国の外貨準備高は2014年6月の3兆9932億ドルをピークに減少に転じ、2015年には通年で過去最大の5127億ドルも減った。そこで中国は海外旅行による人民元持ち出しに制限を設け、2016年の元旦からは海外での「銀聯カード」による現金引き出しも一日1万元・年10万元までに制限した。海外での「爆買い」が資本流出の抜け道になったと判断したためだ。ちなみに中国人民銀行によると、2021年2月末の外貨準備高は3兆2050億ドル(約346兆円)へと回復基調にある。コロナ禍によって海外渡航が禁じられているからである。
さて、こうみると、外貨獲得政策としてのインバウンド再開についても、高度な戦略を要することになる。少なくとも中国マーケットへの過度の依存はすこぶる危ういといえる。また、地方経済の自助活性化とSDGsのためには、20世紀の対米貿易にみられたような、モノ輸出の代わりにサービス輸入を差し出すものとは真逆であるべきともいえる。SDGsとは、2015年に国連総会によって設立され、2030年までに達成予定とされる持続可能な開発目標またはグローバル目標であり、「すべての人にとってより良く、より持続可能な未来を達成するための青写真」として設計された17の相互リンクされたグローバル目標コレクションだが、これを実現する為には製造業からサービス業へと優先政策を転換する必要がある。21世紀の世界大戦はコロナウイルスとの戦いになったが、戦後復興には多くの国々にとって、国際ツーリズムの復活が絶対に必要だからだ。そのエビデンスは、既にコロナの戦前から見えていたのである。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)

 

昨年秋に復元上映された映画「何が彼女をさうさせたか」

昨年秋に復元上映された映画「何が彼女をさうさせたか」

コロナ禍で延期していた『GIジョー…漆黒のスネークアイズ』の全米公開が、2021年の10月22日に決まった。この映画は、内閣府の「地域経済の振興等に関する外国映画ロケーション誘致に関する実証調査の対象作品」として、初めて選ばれた米国のメジャー映画であり、姫路・大阪・茨城など日本各地で長期ロケが敢行されたものである。
内閣府の目的は、インセンティブが海外からの大型映像作品の撮影ロケーション誘致にどのような効果があるかの検証だ。海外制作者との現場交流のみならず、日本の文化資源・観光資源等の映像への取り込みを通じた雇用創出、産業育成、人材育成、インバウンド誘客といった効果を期待している。これは、その目的の点において、ビジネスライクにない従来のフィルムコミッションとは別ものだ。
しかしながら、的を射るかどうかについては、フィルムコミッション同様、作品次第だと思う。要は知名度が高い映画で、地名が明確かどうかである。
この点において、コロナ禍で4回延期されて、同じ月に全米公開となる「007ノー・タイム・トゥ・ダイ」は申し分ない。007の知名度は抜群だ。とはいえ、それでも地名不明のシーンもあるので要注意である。現に「スカイフォール」に登場した長崎の軍艦島は、別の国の別の場所になっていたし、「私を愛したスパイ」の美しいサルデーニャの海底も、実は沖縄の海だった。インセンティブを出すならば、それに見合うかどうかが重要だ。
ところで、先日、生まれ故郷の布施を訪問した。ここは玉造稲荷神社を起点とする伊勢参宮本街道ルートの発地であり、東洋のハリウッド・長瀬撮影所を擁した映画の街でもある。だが、時の流れには抗えず、昭栄座(1933年)の時代を経て1997年にはシネコン化した布施ラインシネマも、とうとう昨年の2月いっぱいをもって閉館・解体され、映画の街の面影は失われていた。
しかし映画愛はまだ残っているようだ。長瀬撮影所で撮られ、キネマ旬報の優秀映画投票第1位を獲得した「何が彼女をさうさせたか」が復元され、昨年秋には東大阪市の公民館で活弁士つき上映会が催されている。この映画は1930年公開のパブリックドメインだ。
パブリックドメインとは、著作物や発明などの知的創作物について、知的財産権が発生していない状態または消滅した状態のことである。これは、保護期間の満了のみならず、承継人の不存在、権利放棄、権利取得に必要な手続・方式の不履行も含まれる。
文化庁によると保護期間とは、著作権や著作隣接権など著作権法上の権利を保護するもので、期間は環太平洋パートナーシップ(TPP)協定締結による著作権法の改正により、TPP発効日である平成30(2018)年の12月30日からは、原則、著作者の死後70年までである(旧法では50年だった※)。外国人著作物の我が国における保護期間も同様だ。
ただし、TPP整備法附則第7条によると、一度保護が切れた著作物については,その保護を後になって復活させる措置は原則として採らない。したがって、旧法で既に保護期間が切れているものについては、遡って保護期間が延長されるわけではない。また、我が国より保護期間が短い国の著作物は、その相手国の保護期間だけ保護される。
とはいえ、外国人の著作物の保護期間については戦時加算というものがある。サンフランシスコ平和条約に基づいて、昭和16年(1941)12月8日の開戦時からサンフランシスコ平和条約発効前日までの期間を通常の保護期間に加算することになっているのだ。例えば、米国や豪州については3794日、また、戦中に取得した著作権については取得時から起算される。
しかし、我が国はTPP交渉において、戦時加算義務のあるカナダ、ニュージーランド、豪州の各政府との間で「戦時加算問題への対処のため、権利管理団体と権利者との対話を奨励すること」「必要に応じて、これらの対話の状況及び他の適切な措置を検討するため、政府間で協議を行うこと」を個別に文書で確認。TPPを離脱した米国との間では、平成30(2018)年4月に、改めて文書で確認している。また、日EU・EPA交渉においても、関係国(英、仏、蘭,ベルギー、ギリシャ)との間で同様の文書による確認を行っている。
※1953年は「東京物語」や「風と共に去りぬ」「シェーン」などの古典的名作映画が公開された年であり、旧法と新法の判断が分かれた年だった。文化庁は、これらの映画の著作権は2023年まで続くものとしていたが、最高裁は2007年12月18日、1953年に公開された団体名義の独創性を有する映画は、2003年12月31日をもって終了したと裁定した。例えば、主な小津映画では「東京の合唱」(1931年)、「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」(1932年)、「晩春」(1949年)、「麦秋」(1951年)、そして「東京物語」(1953年)までがパブリックドメインで、「小早川家の秋」(1961年)、「秋刀魚の味」(1962年)は権利保護期間にある。ちなみに、「ローマの休日」(1953年)は、米国では公開から95年間が著作権保護期間内だが、日本ではローカル・パブリックドメインとして裁定されている。
ローカル・パブリックドメインに対し、グローバル・パブリックドメインもある。製作国において著作権保護期間が満了し、全世界的にパブリックドメインとなった映画だ。米国では1922年以前に公開、日本では1953年以前に公開、それ以外の多くの国では公開後70年の映画である。
また、1977年までに米国で制作・公開された作品で、著作権表示(オープニングタイトル、エンドロールなど)がない映画や、1989年3月1日までに米国で制作・公開された映画で、作品に著作権表示がない、著作権として登録されていない、または手続きに不備がある映画、1963年までに米国で制作・公開されて、著作権表示はあるものの公開から28年以内に更新されなかった、或いは手続き不十分の映画、また、制作会社が倒産して著作権が継承されていない映画も、権利放棄とみなされパブリックドメインになる。オードリー・ヘップバーンの「シャレード」(1963年)が有名だ。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)

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