特別寄稿

 京都大学名誉教授の本庶佑氏が、免疫の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞されました。この研究は、日本人の死亡原因の第1位となって久しいがん治療を、大きく変革していくことが期待されています。
医療はどんどん進歩し、私達は不老不死とて夢ではないような錯覚にとらわれがちです。しかし、どんなに科学が進歩しても、それだけでは解明できない世界があることを、皆さんにはご理解いただきたいと思います。
私たちの体は何十種類かのアミノ酸や水分、ミネラルなどで構成されています。しかし、それを集めたとしても、現在の科学では生命の宿る生物を作り出すことはできません。そして、この世の中は科学だけでは説明の出来ない力に支配されていると思うのです。『医学や科(化)学の発展と共に〝神の存在〟を忘れた日本人。原点に帰り神に祈りなさい』   『精神は神の世界。肉体は仏の世界』
『神が霊を救うのではない。霊は人間が救うもの。神は人間を救うと共に、霊を救う手助けをする』
これらの言葉は私が神様から受けたメッセージの一例です。
私は現在77歳ですが、53歳の時、神様から『人救いをしなさい』とご神示を受けました。以来、自身の会社を経営する傍ら、病気や不幸現象に苦しむ方々の悩みの解消に取り組んできました。
まずは身近な知人や友人、そして会社関係でお付き合いのできた方などの悩みを解消しました。 今ではホームページからの問い合わせや、私の講演会を聴いて頂いた方など一般からの相談が多くなっています。
生き死にを左右する大病、長い間、症状に苦しめられる慢性病など、最新の医療で手を尽くしても治療出来ない病気は、まだまだ数多くあり、今なお何人もの方が苦しんでいます。
こうした病気は、見えない世界、すなわち『心霊の世界』との関わり方を間違えた結果として起こると考えます。
神様、仏様、ご先祖様、そしてご霊様への向き合い方、対処の仕方が正しくない方に対して、注意や警告がなされているのです。
私がこれまでに解消してきた相談者の悩みの原因を挙げますと…。

①神様の祀り方やお神札 の扱いに間違いがある
②井戸の神様や竈の神様 に対してご無礼がある③ご先祖様が、正しく供 養されていない
④水子の供養の間違い。 または、供養していな い
⑤母方の三代前のご先祖 様の供養を忘れている
⑥霊的な物(掛軸・置物) の扱い方に間違いがあ る
⑦家の中や屋敷の中にい る霊を供養していな  い…などがあります。これらの原因を一つひとつ丁寧に解決することで、皆さんが幸せな人生を取り戻しています。
大病、難病に悩んでいる方は、信頼出来る医師の治療を受けることはもちろん重要です。一方で一度、こうした心霊の世界との関わりについても目を向けてみてはいかがでしょうか。
「見えない力」は厳しい戒めとなることもあれば、大きな救いにもなるのです。
講演会や個別相談では、スピリチュアルな知識と対処法についてもお伝えしています。
宗教活動ではありません。私の長年の経験が、皆さんのお役に立つことを願ってやみません。

雲元…本名・足坂三長。神仏からの戒告や霊障の解消事例などを収録した「あなたの運命を変える『見えない力』」の著者。人材教育会社㈲エム・アール・シー(津市大里睦合町)代表取締役社長。新書を近日発行予定。

松阪市では毎年11月3日の文化の日に、キリシタン大名の蒲生大名(1556─1595)の顕彰事業『氏郷まつり』を開催している。今年は文化の日が土曜とあって、15万5000人(公称)もの人出があった。
おかげさんで、大宇陀商工会や八千代さんが『地域交流ブース』で扱った、大宇陀特産品やインドのカレー、ワインも売れた。氏郷公にその妻冬姫と、全国13団体からなる手作り甲冑隊がブースの前を往来したのも、昨年は来なかっただけに、幸いだった。
このパレードは、殿町の松坂城跡を午前11時に出発し、御城番屋敷や中心商店街など4㎞の行程を巡るものである。面白いことに、この総勢約240名のパレードに於いては信長公さえ氏郷の従者である。とはいえ、信長公の隊は小粒ながらもパフォーマンスが秀でており、覇気のない地元勢とは対称を成していた。学ぶ所は多いようだ。
今回は、松阪氏商工会議所の局長や県の産業文化部長、松阪市観光協会専務理事のみならず、県職員や歴代の産業経済部長に、大宇陀観光協会の前会長にもお立ち寄りいただいた。
私は商工会議所の局長と人数計測について話した。会議所もDMOを目指しているからだ。DMOには持続可能なPDCAサイクルが必要だが、この達成には正確な数値が必要である。そのためには、モバイルのGPSデータが最適とされる。 だが、それも100%という訳ではない。私はブースの前を駆けていった子どもたちを指摘した。あの子たちはモバイルを持っていないが、このファミリーイベントでは必須のデータである。つまり、イベントの性格毎に違う校正係数が必要なのだ。
帰路についた大宇陀商工会には、松阪のパンフレットを託した。願うは国史跡宇陀松山城との交流である。皆様お疲れ様でした。
ちなみに、来年の文化の日も日曜で、翌日は振替休日となる。好条件は続くのだ。また、武将に扮した市長は私のスナップショットに快く応じてくれた。有りがたき幸せである。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)

※DMO=官民などの幅広い連携によって地域観光を積極的に推進する法人組織(Destination Marketing/Management Organization)の略。地域が一体となって市場調査や情報発信、収益事業などを展開する。
※PDCAサイクル=事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つ。(計画)→(実行)→ (評価)→(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善すること。

(前回からの続き)
◆人は苦しんだ分強くなれる
人は苦しんだ分強くなれるのは本当だ。人生も同じ。私は娘達を抱えながらジムをわずか3カ月間でオープンさせる前、体育教師を辞めて無職となり、当時は一度ゼロになり、家具も電化製品も車も土地も何もなかった時代があった。
半日涙が止まらなかった日も。多分、一生分の半分の涙がこぼれ、泣くだけ泣いて、3カ月後にはジムを建てていた。
ゼロ(無)は無限大のパワーの源でもある。人生も試合も何事が起こったとしても又リセットして頑張るしかないのだから。若いころは出来なかったけど、試合でも練習でも、2度失敗しても、3回目には必ず当然のように挙げて来る。ジムの会員さんはよく知っているが、ゼロ(無)は私の最大の武器だ。ゼロ(無)を知る者は車のようにギアチェンジさえすれば200キロオーバーの無限のパワーが一瞬で出せる。人生も同じで最後はハッピーエンドで終わりたい。
失敗やヘマばかりの人生だったが、50年近く全日本のトップレベルで現役でやって来れたのも己の弱さを知っていたから、流した涙の分だけ心の痛みも悲しみも力に変え乗り切って来たから。
初心の無を忘れず、自分の弱さを胸に刻むことは、60歳代になっても20歳代に負けないパワーと肉体を得られるんだと。会員さん達にも手本として実践出来たと思っている。
余談だが私の昔の教え子が先日の豪雨(土砂災害)の愛媛にも何人かおり、無事と聞き良かったと思っている。
若い皆さんは人生予期せぬ何事が起こってもへこたれず諦めないでほしい。自分を信じて全力でそして無欲で頑張っていれば、いつかいい日もきっと来ますよ。何度打たれても諦めの悪いのも、60歳を過ぎて最強で不死身の如くいられるゆえん。皆さんも出会った全てに人に感謝し、どうか最後はハッピーエンドで。
いつも見守っていてくれる天の神様は祈っても願ってもすぐには救いの手をさしのべてはくれないが、諦めず頑張り抜いて、心の中は血も涙も止まらなくても期待せず、ただ頑張った人にだけ、たまに微笑んでくれる。
自分はいつも笑顔でなんていられなかった弱い人間だが最後だけ、ラストシーンだけは微笑んでいたいと思っている。
何もないと感じる人生より、荒波と失敗ばかりでも、悩み苦しみ、時には涙した日々も、忘れられない人や悲しみさえ、楽しい人生だったから。
優しかった人も意地悪で裏切った人も、私は全ての人のお蔭で年齢など無視して子供の頃より少しは強くなれた気がしている。皆さんもつらい時ほど、ギアチェンジして力に変えて下さい。「自分の無力さを感ること」のできる者は、ブルース・リーのように、何度打たれても、一瞬で電光石火のごとく大逆転できるチャンスでもあります。
スポーツは、団体も個人も、監督や指導者も皆が清く正しく美しく、正々堂々と戦っているのなら、伊調選手のようなパワハラも起こらなかったのだろうに、残念なことに職場と同じように理不尽な暴力やいじめやひいきや差別や資金流用や隠ぺいまで絶えない。ほじくり起こせば至る所にある。私もかつては県パワー協会の理事長の時代、見たくもないものを見、また50年近く現役でやって来た選手の一人としてフライング事件のように審判にも何度か泣かされた。
ある県外の大会で私が試技に入る前から主審が副審にアイコンタクト(目配せ)でサインを送っており、最初から赤ランプ2つで失敗を決めていて、審判と同じ出身県の選手が150㎏で優勝した(私は170㎏を3度挙げたが)ことで7連勝が途切れた。また別の3種目の大会では、出る杭は打たれるで、ベンチの時、胸上でバーベルを構えたまま主審のスタートの合図が、まるでお茶でも飲んいるかと思うくらい、5秒近く待たされ危なく失格しそうになったこともあった(無論、挙げて優勝した)。
スポーツの闇の部分ばかり毎日話題に上がるが、伊調選手が5連勝に向けトレーニングを開始したと聞き何よりである。自分も昔から仕事に子育てに、さらに協会運営に指導や自身のトレーニングもあったりと多忙だった。さらに近年は親の在宅介護など色々と乗り越えてきた。
伊調選手の復活と活躍に、私も自身の人生と重ねながら期待している。スポーツは「清濁併せ呑め」とまで言わないが、その両面(光と闇)を見たり経験して来た者は、本来の居場所と素の自分に戻ると、とんでもないパワーを発揮する。
2年程前、私が県のベンチ記録より上を挙げた大会があったのだが、実は前夜、ジムの仕事終えて実家へ直行すると、まだ少し歩けた頃の認知症の母が、家のあちこちに便失禁していた。
本来なら、もう私も60歳代であり試合前夜は、ゆっくりしたい所だが、夜中に母をシャワーとお風呂に入れ、2時頃まで畳やフローリングを拭いたり洗濯機2回まわしたりとたいへんだった。
ジムの宴会や行事の後も、こういう場面がよくあった。お風呂に入れ直した後、深夜の3時か4時にやっと私が入浴、さらに洗濯物干しなどで寝不足のまま60歳代が試合に向かった事も。しかし、そんな時に限って心のエンジンは何故か誰にも負ける気がしなかった。
これは苦難を乗り越えて来た者しかわからない感覚です。もちろん3試技全て成功だった。
これからは関わってくれた全ての人に感謝と、会員さんや一人でも多くの人に還元したいと考えている。
「人は何を笑うかによって人柄がわかる」と言われるが、最後は会員さんや、多くの人が喜ぶ姿を見たいと思っている。私はまだ作り笑いしか出来ないから。
この原稿を書いている時、母が体調を崩し、今は回復したものの体力は低下した。週一回、点滴を抜針してもらい入浴させて来たが、もはや介助しても歩けなくなり、お姫さん抱っこして風呂場へ(シャワー浴)。私の試練が増えた。
心にスニーカーを履ける日はまだ遠く、微笑みさえ上手く出来なくなったが、無敵と不死身の親子コンビで乗り越えて行こうと思っている。
母はもう91才になったが、寝たきりから何度立ち上がって来ただろう。手本が目の前にいるから、私自身も試練や痛みから何度でも立ち上がって来れたのだと思っている。
在宅介護は点滴交換等もあり海外旅行どころか県外へ一泊も出来ないが人事を尽くしたその先に天が微笑む日が来ると少し信じたい。 (終わり)

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