女の落書帖

通勤の途中に保育園がある。朝はちょうど送りの時間で、親子で保育園に向かう姿をよく見る。
今朝の親子は、自転車の後ろの幼児用椅子にピンクのヘルメットの幼児を乗せていた。寒い朝は手も冷たいだろうに、ママは素手で自転車のハンドルをつかんでいた。
子どもは動物イラストのダウンジャケットに耳当て。大人しくちょこんと座っていた。「かわいい!」車で見ている私の胸がキュンキュンした。
こういう場面は私にも経験がある。自転車の後ろの椅子に長男、前の椅子に次男、そしてハンドルには買い物袋。傍から見れば危なっかしい姿で、自転車を漕いでいた。
子ども達を歩かせるのは大変だ。あっちを見たりこっちを見たり、「だっこ」をせがんたり。そして私はいつも気が急いていて、「早く早く」と言ってしまう。
でも、自転車に乗せてしまえば楽しかった。力いっぱいペダルを踏むと自転車はグイグイ進む。向かい風も坂道も気にならない。前へ前へ。若かったと言えばそれまでだが、疲れを知らなかった。子ども達と過ごす毎日は、忙しかったが充実していた。
今朝のママもきっとそうだ。保育園に送り届けて職場に向かう頃には頭の中は仕事のこと。お迎えの自転車では、子どものことと今夜の食事と家事の手順。いつも頭は何かでいっぱい。その忙しさが幸せの実感だ。(舞)

年が明けると平成三十年。平成もあと一年と三分の一だという。私の頭の中には平成の文字を持つ小渕さんが鮮やかに蘇るのに、それからもうこんなに時が経った。
来年はまた、明治百五十年である。私が子供の頃にはたくさんいた明治生まれの人たちも、今ではもうほとんどが鬼籍に入られている。明治は遠く、教科書で学ぶ歴史と同じ位置づけとなった。
時代の推移をざっとまとめると、明治は新国家建設の時代。大正はデモクラシー萌芽の時代。昭和の前半は戦争に突き進み、終戦からは戦後民主主義。そして平成は冷戦の終結から、グローバル化の時代だろうか。
その平成も終わりとなる。新しい元号はどんなになるだろう。新しい元号の下では、平成生まれの人たちも少し古びた感じになるだろう。ちょうど今の昭和のように。
そして昭和生まれの人たちはもっと古びた感じになるだろう。昭和は六十四年も続いたから、初めと終わりにはずいぶん違いがあるのだが、若い人は六十四年の昭和をひとまとめにしてしまうだろう。「小学校へは着物で通った?」「食糧不足で栄養が足りなかった?」「洗濯機やエアコンがなかった?」「インターネットがなくて人は連絡を取り合えなかった?」
昭和時代を振り返る映像などを見つつ、新元号生まれの子どもたちに説明することになるかしらん。昭和は遠くなりにけり。 (舞)

落書き帳などというものを書いているので、私は物見高い人となってしまった。どこかに話のタネが落ちていないだろうか。きょうも行き会った人たちをそれとなく観察していた。
すると、「女の私の出る幕じゃない」という声が聞こえてきた。私はすかさず聞き耳を立てたが、その先は聞こえない。七十代ぐらいの女性の二人連れはいったい何の話をしていたのだろう。
私の辞書に、「女の私の出る幕じゃない」という言葉はない。「女だてらに」「身の程も知らず」いつの間にかしゃしゃり出てしまう私である。
私に限らず、たいていの女性は、「女の私の出る幕じゃない」とは言わないだろう。女性たちは、男女平等、機会均等と教えられて育ってきた。
確かにそれは社会の建前で、男女平等、機会均等ではない場面にも再々出くわした。でも、正面から「女はダメだ」と言われたことはなかった。若い人なら、なおさらそうだろう。
もしかしたら、「女の私の出る幕じゃない」発言には、別の狙いがあったかもしれない。たとえば、卑下して見せて相手を安心させるとか、至らないと非難されないように予防線を張るとか。人間関係を円滑にするために、そういったテクニックを使う場合がないこともない。
彼女たちはいったい何の話をしていたのだろう。とても気になる。
(舞)

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