女の落書帖

  私の周りの話題は、いまだに老後資金二千万円問題である。「二千万円でええの?もっと用意してあるわ」と言い放つ人やら、「食費使いすぎ。身の丈に合った暮らしを」と計算を始める人やら、「病気持ちやから私は百まで生きない。たいして要らん」と自信たっぷりに言う人やら。ともかくも、寿命という不確実なものを相手に計算機をたたいても納得できる答えは出てこない。
いつごろからか長生きは喜ばしいことではなく、リスクとされるようになった。そして今、同じようにリスクとされるようになってきたのは子どもの存在である。
働かないで家に閉じこもる子どもがいる。親が高齢になると暮らしの先行きに黄信号が点る。
働いてはいても、親に掃除洗濯炊事を任せきりで、結婚もせずに中年を迎える子どももいる。キツネやクマでも子別れするのに、子ども部屋に四十年暮らしているのはどうかと思う。
りっぱに働き、家庭を持って別に暮らしていても安心できない。近頃は正職員であっても、楽ではない。通信費教育費娯楽費。昔はそれほど要らなかった経費が増大している。子供世帯の暮らしがカツカツだったりすると、親世代に援助を期待する。
子どもや孫に囲まれ長生きすることが老後の幸せの形だったが、いつの間にかそれがリスクと言われる。なんとも不条理だ。       (舞)

テレビをつけると、スペインの港町を紹介する番組だった。店をのぞき込み、街の人と話してカメラが進んでいく。こんな風に外国を歩いてみたい。私がたまに行く海外は、いつも忙しいツアーで集合時刻とトイレを気にしてばかり。
それでも訪れた国には親近感を覚える。北欧へ行ってから、北欧ミステリーが好きになった。きれいな場所ばかり観光してきたけれど、社会の暗部はこのようかと、改めて知った。もちろんフィクションだから書いてあるそのままが存在するわけではないが、社会の問題点に目を向けるのはどこの国の文学でも同じだ。
チェコやハンガリーへ行った後には、プラハの春やハンガリー動乱についての本を探した。世界史や地理を勉強するにもフィクションでなら取っつきやすい。
この間読んだアメリカの小説では、オバマ以後の南部について知ることになった。いまだにこんな人種差別があるかとアメリカに幻滅した。アメリカに行きたいと思わない。
今興味があるのはアイスランドだ。アイスランドという国を知ったのもミステリーだ。アーナルデュル・インドリダソンの描く陰鬱な風景をきっかけとして調べてみたら、アイスランドはオーロラと火山と滝の国。何と雄大な自然があることか。
読んでから行くか、行ってから読むか。私の中で旅行と本はリンクしている。   (舞)

にわかに降り出した雨に車のワイパーを動かして信号待ちをしている時、路側帯のバイクのお兄さんに目が留まった。ヘルメットとレザースーツ姿は、お兄さんなのかおじさんなのかわからないが、背筋が伸びていてお腹が出ていないからお兄さんだと思われた。
そのお兄さんが、さっきからバイクのエンジンをかけようと何回もペダルを踏んでいる。バイクの右側に立ってペダルを踏みこむのが、もう十回は超えただろう。なかなかエンジンがかからない。
大型のバイクはハーレーという車種だろうか。雨はみぞれになってきて、お兄さんはさぞ冷たかろうと気にかかる。信号が変わり、私の車は交差点に進んだ。
この寒い日にバイクに乗るとは、よほど好きに違いない。原付バイクになら私も乗ったことがあるけれど、それは車の免許が取れるまでのこと。車に乗るようになってからは、雨風に体をさらして走る人の気がしれない。
普段の私は、ボタンプッシュで車のエンジンをかけている。昔のバイクのエンジンは、ああしてペダルを力いっぱい踏んでかけるものだったと、懐かしく思い出した。
次の信号で止まっていたら、ドッドッドッドという音が後ろから響いてきた。ようやくエンジンがかかったらしい。信号待ちの車の長い列の脇を、お兄さんのバイクがすり抜けて行った。(舞)

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