女の落書帖

 幼稚園バスが止まって女の子が二人降りてきた。白いブラウスに、チェックの吊スカート。グレーの箱ひだのプリーツスカートだ。
 どこの幼稚園の制服かは知らないけれど、小さい子の制服姿というのはかわいらしい。紺やグレーのような地味な色だとなおさらかわいい。
 そう言えば、私の小学校の制服も紺の箱ひだスカートだったと、遠い昔を思い出した。中学校の制服は、二十四本車ひだスカート。紺のウールサージの重いプリーツスカートだった。
 プリーツの数が二十四本と、変なところを覚えているのは、毎晩布団の下に敷いて寝たからだ。プリーツをきちんと並べて、その上にそっと敷き布団を乗せる。きれいなプリーツを保つための就眠儀式であった。プリーツをいい加減に並べると、線が何本もできて、翌日のスカートは悲惨なことになった。女子がだらしないかどうかはプリーツを見れば一目瞭然だった。
 今のプリーツスカートはプリーツ加工がしっかりされている。家庭で洗濯してもプリーツが消えない繊維もあるから、寝押しの必要はないだろう。
 ここ数十年で生活はずいぶん便利になった。明治から昭和の女学生が寝押しに費やした労力も、現代の中高生には不必要だ。彼女たちは、その代わりに何をしているだろう。聞いてみたい気がする。       (舞)

 冬の庭はすっきりと見える。木々が葉を落とし、明るい冬の日が地面に届く。家の南側の土にはハコベやオランダミミナグサが生えてきた。春はすぐそこだ。
 日当たりの悪い北側の土にハコベは生えない。ビロードのような黄緑色の苔が地面を覆っている。冬の苔も良いものだ。
 私の好きな苔はスギゴケやハイゴケで、嫌いな苔はゼニゴケ。ゼニゴケを見つけたら、速攻で駆除する。気を許すとペカペカと気持ち悪い深緑が大繁殖をするからだ。
 苔に対してこういう好き嫌いをするのは、年寄りくさいと言われるだろうか。何事も世代論に持っていきたいわけではないが、苔を知らない世代が増えてきている。
 新しい住宅地には、手入れのしやすい洋風の庭が多い。パンジーやペチュニアの似合う洋風の庭で育った人に、ゼニゴケ、スギゴケと分かるだろうか。観光で苔寺を訪れ、苔の美しさに感動したとしても、普段の生活の中に苔がない。苔はまとめてコケ類と認識される。
 和風の庭は、木や石や砂利で自然の風景を表現する。根締めやグランドカバーとして苔は重要な素材だ。盆栽の鉢にも苔が似合う。苔を愛でる文化は湿度の高い日本に特有のものだろう。
 しかし、文化を守ろうにも、和風庭園はおいそれとは造れない。苔玉にシダなど植えて、苔の美しさをささやかに愛でようではないかと思う。
         (舞)

 昼過ぎから降り出した雨は、夕方になってひどくなった。私はワイパーの速度を上げて、暗くなった道を自宅へ向かっていた。家で子どもが待っているわけではないが、気が急かされる。
 踏切で止められて、舌打ちをしそうになった。上り下り両方から電車が来る。三分五分がどうということもないのに、気持ちも運転も前のめり。
遮断機前の車の脇には、兄妹らしい小学生。お兄ちゃんが前で、妹が後ろ。妹は自分の傘の他にたたんだ傘を持っている。
 きっと二人で駅まで傘を届けに行くところだ。傘を受け取るのは誰だろう。パパのお迎えなら、ママが車で来るだろうから、これはママのお迎えだ。妹がママの傘を持ちたいと言ったのか。
 冷たい雨の中に、大きな傘を肩にかけて立つ二人を見ていたら、ほっこりとした気持ちになった。あの頃は世界で一番ママが好き。ママの笑顔が一番の喜び。
 そして、毎日忙しさにかまけているであろうママにとっても良い時代だ。直中にいる時には気づかないけれど、忙しい時が幸せな時である。
 踏切が開いて二人は駅の方に歩きだした。もうじき電車が着くだろう。ママが下りてきた時の子どもたちの顔が見たいと思ったが、私もそのまま車を出した。
 私の子どもたちも今頃は仕事を終えただろうか。都会の喧騒の中で何を思っているだろう。          (舞)

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