女の落書帖

 図書館で会った友人に薦められて、折り紙の本を借りてきた。鶴や奴さんのような昔風の折り紙ではなく、華やかなバラやダリアの折り方が載っている。
 ピンクの色紙を使ってバラを折ってみた。ツイストローズという立体的な折り方だ。折って開いてねじる。見事にバラの形になった。楽しい。
 幼稚園や小学校でたくさんの折り紙を覚えたが、今もしっかり折れるのは鶴だけだ。
 昔は新築の家の天井に折り鶴を吊るすことがあった。天井板にハエが止まると黒い糞をつける。折り鶴を吊るせばハエはそれに止まるので汚れを防げる。伯父の新築した家のために家族で折り鶴を折った。その時に鶴の折り方を覚えた。
 折り紙にまつわる記憶はもう一つある。高校生の時に後ろの席の男子にもらったカニの折り紙だ。男子高校生が折り紙なんて驚き。小さくきれいに折ったカニを、私は長い間生徒手帳にはさんで持っていた。その男子に特別な思いを抱いてはいなかったが、青春の一コマとして記憶にある。彼は今どうしているだろう。
 折り紙の本を見て折るのはけっこう難しい。それでユーチューブで折り紙の折り方を探したらたくさん出てきた。いろんなツイストローズの折り方も出ている。本では理解しにくいところも動画を止めたり戻したりしながら折れる。今はもうこちらだ。
       (舞)

 先日、道路工事の人にお母さんと呼びかけられた。「お母さん、ここ通れないんで、あちらから回ってもらえませんか」比較的丁寧な言い回しだったから素直に従ったけれど、なんだかモヤっとした。「私はあなたのお母さんじゃない」口には出さなかったけれど、表情は硬くなったと思う。
 結婚していても子どものいない女性がいるし、近頃は結婚しない人も多いからお母さんと呼ばれた経験のない人もいるだろう。そんな人ならもっと違和感を覚えたはずだ。
 「おばあさん」と呼ばれなかっただけでもましだろうか。「おばさん」「奥さん」「お姉さん」「お嬢さん」女性の呼び方はいろいろあるが、どういう呼び方ならすんなり受け入れられるだろう。
 テレビの街頭インタビューなどでリポーターが「お母さん」「お父さん」と呼びかけるのを見ることがある。親しみのある呼び方をしたかったのだろう。そう呼ぶと距離が縮まる感じがする。私をお母さんと呼んだ工事のおじさんもフレンドリーに対応してくれたのだと思う。
 でも知らない人をお母さんと呼ぶのはペケだ。相手を不快にさせる可能性が高い。「あのう」「ちょっとそこの方」「すみませんが」のような声かけが妥当だろう。
 もしも「お姉さん」と呼ばれていたらどうだったろう。ニヤリと受け入れただろうか。

       (舞)

スマホに向かう時間が増えた。スマホは画面が小さくて肩こりが起こりそう。なるべく見ないようにと思っているのに、数独の沼にハマってしまっている。
 数独というパズルをやり始めたのは十年ぐらい前からだ。最初は新聞の隅っこにあるパズルを解くのが楽しくなった。続けるうちにそれでは易しすぎて物足りなくなり、パズルブックを買ったり、パソコンのパズルサイトでやったりしていた。スマホに入れた数独アプリが一番便利にできる。
 そうして何時間もスマホに向かうようになった。まるでゲーム漬けの子どもと同じだ。昔はゲームばかりしてないでと子どもに小言を言っていたのに、今は止められない気持ちが良くわかる。短時間でクリアした時は達成感を得られる。時間がかかった時には今度は早くと思って続けてしまう。
 何年か前にはゲーム脳という言葉があった。ゲームをやりすぎると脳がおかしくなるという理論だ。けれど、数独のような脳トレゲームは、認知能力や問題解決能力の改善につながりそうだ。特に高齢者には良いことが多いと思う。
 数独の沼にはまっている私は、これ以上依存しないように気を付けなくてはいけない。WHOもゲーム依存症という病気を認定している。スマホばかりではなく、鉛筆と紙で数独に向き合うのも良いかもしれない。    (舞)

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