女の落書帖

日曜日の公園を通りかかったら、珍しくパパと女の子の姿が見えた。高齢化していく街で、公園に子どもの姿を見ることが少なくなっている。
女の子は二歳か三歳。ピンクの上着を着て、滑り台の階段の二段目に立っている。パパは数メートル離れたところにいて、スマホの画面に見入っていた。
「あれあれ、大丈夫かしらん」こういう時には、ジジババ目線になってしまう。二段目から落ちるぐらいならかすり傷だろうが、四段目からなら危ない。パパは分かっているだろうか。
このジジババ目線というヤツは厄介である。子どもを見慣れていないので、発達段階が分からない。子どもに何ができて何ができないかが分からないから、余計に心配になってしまうのだ。
「孫守りは疲れる。ガチガチに緊張して子どもの動きのすべてを見ているから、肩に力が入る」とは、よく聞く話である。
くだんのパパは娘が二段目以上には登らないと思っているのだろう。女の子は慎重な性格で、「パパ一緒に登って」と言うのだ。
でも、今とてももったいないことをしていると、パパは知っているだろうか。子どもがそんなにかわいい時期はすぐに過ぎてしまう。あっという間に大きくなってパパを頼りにすることも少なくなる。今のこの時をスマホなんぞに使うのは本当にもったいない。         (舞)

ジムに行くといろんな人に逢う。私が利用する時間帯は、退職後のおじさんや少しばかり年季の入った私みたいなおばさんが多い。そこで見るおじさんたちが面白い。ご近所や職場で見る姿とはひと味違うのだ。
きょうは、プールの中をにこにこと話しながら歩くおじさんたちを見た。水の中を行くその楽しそうなこと。そして、なにを思ったか、二人で水の掛けっこを始めた。どう見ても六十代のおじさんが、まるで小学生男子だ。
職場では重々しくハンコをついたり、部下を叱ったりしていたはずの人たち。仕事を離れるとこんなに無邪気な笑顔を作れるのかと、見ていて楽しくなった。
そうかと思うと、重々しい表情のまま、崩れないおじさんもいる。「こんにちは」と明るく挨拶しても、表情を変えず通り過ぎる。何度も挨拶を無視されると、こちらも愉快ではない。でも、会社ではずっとお偉いさんでいたので、見知らぬおばさんが馴れ馴れしく挨拶してくるのに戸惑っているのかもしれない。悪気はないと思いたい。
もうこれからはただの人だから、挨拶ぐらいできるようになろうねと励ますつもりで声を掛け続けると、そういう人たちもたいていは挨拶を返してくれるようになる。はにかみながら笑顔を返されると、おじさんウオッチャーはうれしい。「よく成長した」と密かに拍手を送っている。 (舞)

昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言われる。この夏ももうそろそろ終わるだろう。今年の夏は本当に暑かった。
七月の終わり頃が一番ひどかった。最高気温が四十度にもなろうかという日々は、初めての体験。私が子どもの頃の暑さとは、レベルの違う暑さだった。
「命にかかわる危険な暑さ」という表現をよく聞いた。赤道直下の国々にも人はいて、普通に生きているだろうに、北緯三十五度でのこの表現は大げさに聞こえた。でも熱中症で亡くなる人のニュースは絶えず、やはり命にかかわる暑さであった。
「命にかかわる危険な大雨」という表現もよく聞いた。バケツの水をひっくり返したように雨がドーっと降る。それが長く続く。台風がこんなに来た夏も珍しい。各地で被害が相次いだ。
「災害は私を避けて発生する」と考えているのんき者の私でも、台風の風が吹き出すと不安になった。「命にかかわる災害」に遭遇するかもしれない。
とにかく、荒々しい夏だった。この荒々しい夏は今年だけの特別であってほしいと切に願う。地球温暖化やヒートアイランドの影響で、荒々しい夏が普通になったらどうしよう。毎年毎年暑さと大雨に振り回されるのは嫌だ。
それを避けるために、私にできることがあったらしていきたいが、いったい何から始めれば良いのだろう。        (舞)

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