女の落書帖

年が明けると平成三十年。平成もあと一年と三分の一だという。私の頭の中には平成の文字を持つ小渕さんが鮮やかに蘇るのに、それからもうこんなに時が経った。
来年はまた、明治百五十年である。私が子供の頃にはたくさんいた明治生まれの人たちも、今ではもうほとんどが鬼籍に入られている。明治は遠く、教科書で学ぶ歴史と同じ位置づけとなった。
時代の推移をざっとまとめると、明治は新国家建設の時代。大正はデモクラシー萌芽の時代。昭和の前半は戦争に突き進み、終戦からは戦後民主主義。そして平成は冷戦の終結から、グローバル化の時代だろうか。
その平成も終わりとなる。新しい元号はどんなになるだろう。新しい元号の下では、平成生まれの人たちも少し古びた感じになるだろう。ちょうど今の昭和のように。
そして昭和生まれの人たちはもっと古びた感じになるだろう。昭和は六十四年も続いたから、初めと終わりにはずいぶん違いがあるのだが、若い人は六十四年の昭和をひとまとめにしてしまうだろう。「小学校へは着物で通った?」「食糧不足で栄養が足りなかった?」「洗濯機やエアコンがなかった?」「インターネットがなくて人は連絡を取り合えなかった?」
昭和時代を振り返る映像などを見つつ、新元号生まれの子どもたちに説明することになるかしらん。昭和は遠くなりにけり。 (舞)

落書き帳などというものを書いているので、私は物見高い人となってしまった。どこかに話のタネが落ちていないだろうか。きょうも行き会った人たちをそれとなく観察していた。
すると、「女の私の出る幕じゃない」という声が聞こえてきた。私はすかさず聞き耳を立てたが、その先は聞こえない。七十代ぐらいの女性の二人連れはいったい何の話をしていたのだろう。
私の辞書に、「女の私の出る幕じゃない」という言葉はない。「女だてらに」「身の程も知らず」いつの間にかしゃしゃり出てしまう私である。
私に限らず、たいていの女性は、「女の私の出る幕じゃない」とは言わないだろう。女性たちは、男女平等、機会均等と教えられて育ってきた。
確かにそれは社会の建前で、男女平等、機会均等ではない場面にも再々出くわした。でも、正面から「女はダメだ」と言われたことはなかった。若い人なら、なおさらそうだろう。
もしかしたら、「女の私の出る幕じゃない」発言には、別の狙いがあったかもしれない。たとえば、卑下して見せて相手を安心させるとか、至らないと非難されないように予防線を張るとか。人間関係を円滑にするために、そういったテクニックを使う場合がないこともない。
彼女たちはいったい何の話をしていたのだろう。とても気になる。
(舞)

メンデルの遺伝の法則を学んだのは高校生物の時間だった。緑の豆と黄色の豆、丸い豆とシワの豆を掛け合わせると、優性遺伝子の特徴を持つ豆が、一世代目にはすべて、二世代目には四分の三の割合で出現する。何代もえんどう豆を育ててそれぞれの出現率を調べたメンデルの研究を、私はとても面白いと思った。
人の血液型もその法則に従っている。A型B型が優性、O型が劣性。A型の人にも、AA、AO、B型にもBB、BOの型があり、AOとBOが親なら四分の一の確率でO型の子が生まれる。
他にも、くせ毛と直毛、二重瞼と一重、乾いた耳垢と湿った耳垢、耳たぶの形など、自分の中の遺伝形質を探してみた。私のまつ毛が短いのも遺伝の法則に従っている。
メンデルは百五十年も前の人。研究成果はすぐには認められなかったそうだが、後に続く研究者が出てきて、メンデルも広く知られるようになった。日本に伝えられたのもその頃だろう。
日本遺伝学会は、百年もの間遺伝学で使われてきた「優性」「劣性」「突然変異」「色盲」などの言葉を、それぞれ「顕性」「潜性」「変異」「色覚多様性」に改めたそうだ。その方が正確に意味を表しているからだという。
私たちが学んだ言葉は消える。優性も突然変異も科学の言葉というより一般的に使う言葉となっているのに、困ってしまう。新しく覚えなくては。 (舞)

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