女の落書帖

一週間があまりにはやく過ぎていくので、困っている。この調子ではすぐに十年二十年が過ぎてしまいそうだ。
仕事では新しいことも難しいことも困ることもない。家でも日々のルーティンをこなしていくだけで問題はない。日常を決まった流れの中で生きていると、時間の速度が増すように思う。
今の私にとってやりたいことは何か、難しいことは何かと考えてみる。たいていのやりたいことはすでにやってしまった。洋裁もお茶もダンスも数年やってみたら十分だった。その先を学びたいとは思わず、いずれも趣味の域にも至らなかった。
何かもっと学びたいことはないだろうか。新しい趣味として楽しめることが。去年始めたガッコでのeラーニングを、今も続けている。ガッコは無料で学べる公開オンライン大学講座。パソコンでさまざまな分野の講義を聞き、修了証をいくつか取得した。
ただ、その時に覚えたつもりの知識が、しばらく経つと脳の中からぼろぼろとこぼれおちていく。三ヶ月も過ぎれば、知識の断片しか残っていなくて、徒労という言葉が頭をよぎるこの頃である。
こうなったら、頭ではなく体で覚えるものを探した方が良いかもしれない。少しだけ難しいことに挑戦したい。竹馬や一輪車か。転んでけがをしないもので、何かないだろうか。    (舞)

旅の楽しみは美しい景色や美味しい食べ物に大きいが、人と出会うことにもある。見知らぬ人と気軽に話ができるのが旅。先だって出掛けた先で印象に残ったのは、四人組のおばさまたちだった。待合室で出発を待つ間に、どちらからともなく世間話となった。まずは「どちらから」で始まって、簡単な自己紹介となる。
「栃木から来ました。私たち後家のグループです。」後家という名乗り方をされたのが珍しくて、「あらまあ、それはそれは。」と何だかわからない返事をした私。
「主人が亡くなって、泣いていましたが、このお連れができて楽しくなりました。普段はつましく暮らしてみんなで旅をします。気兼ねなく家を出られて私たち幸せです。」「それはそれは。」ご主人いなくて幸いですねと言うわけにはいかない。苦労を乗り越えた女性たちは強い。明るい。自身の境遇さえも笑いの種にして、相手の心をほぐす。賑やかに大声で話し、笑い声を上げる。素晴らしい方々、素晴らしい生き方である。
夫婦同時に逝くことはほぼない。片方が残った時に、後ろを見て悔やんだり恨んだりしても連れ合いは戻らない。
そうなったら一人で生きることを受け容れて、こんなふうに笑いたいし、連れ合いにもこんなふうに笑って生きてほしい。良いモデルを見せてもらったと心から思った。      (舞)

春、我が家にメダカがお輿入れしてきた。友人の家で増えすぎたメダカ水槽の一つがやってきたのである。
緋色や白色の観賞用メダカが数十匹。子どもの頃から見慣れた野生種みたいなのも数匹いる。ホテイアオイを浮かべたら、メダカの美しさが際立った。
餌を持って近づくと、メダカは水面に寄ってくる。水槽の縁を軽く叩く合図に、メダカたちは水面に目を上げ、尾びれをプルプル震わせる。人を覚えてくれていると思うとかわいい。
水面に思わぬ影がさすと、餌を食べていてもとたんに身をひるがえす。一斉に同じ方向に逃げるのだが、しなやかで俊敏な動きは美しく、見ていて飽きない。
初夏が来て、メダカの世話が一つ増えた。メダカが卵を産んだのだ。ホテイアオイの根に1・5ミリほどの透き通った球体が付いている。それを根から外して別水槽に隔離する。
うれしいことに、卵は毎日見つかる。卵を移した水槽には五ミリほどの透き通ったものが俊敏な動きを見せるようになった。続々と稚魚が誕生しているのである。
命を育てるのはなんと楽しいことだろう。透き通った稚魚に色が付いて、メダカの形に見えるようになって、餌をねだるようになって、そしてまた卵を産むだろうか。待ち遠しいことがあるのは幸せだ。
(舞)

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