女の落書帖

 きのうもらったタケノコを若竹煮にして、これも昨日採ってきたワラビをナムルにして、それから……と考えた。主婦歴も長くなると、夕御飯の献立を考えるのも慣れたもの。冷蔵庫にあるものを組み合わせて決めていく。
 繊維質が少し多いかなと思いつつ、テーブルに皿を並べると「山菜のオンパレードやなあ」と夫が言った。確かにそうだけれど、オンパレードという表現はどうだろう。あまりに昭和なひびきに笑ってしまった。
 思えば、近頃オンパレードと口にしたことがない。れっきとした英語だから死語とは言えないし、「ディズニーオンパレード」ならありそうだが、「山菜のオンパレード」というような用法は古臭く感じる。
 「コンプライアンス」だの、「イノベーション」だの、「オンデマンド」だの、カタカナ語は増えている。でも「ナウなヤングがフィーバー」は易しい言葉なのに消えてしまった。流行語として一世風靡した「ファジィ」や「アウトオブ眼中」なども懐かしい。残る言葉と消える言葉はどこが違うのだろう。
 ところで、「お口にチャック」という言葉をご記憶だろうか。チャックが死語となった今、子どもたちを黙らせるときに、先生たちはどう言ってしつけているのだろう。「お口にファスナー」だろうか。「お口にジップロック」だろうか。  (舞)

 わくわくとビュッフェの席についた。なんでも好きなだけ食べてよいというのは素晴らしい。食べすぎては我が身のためにならないし、そんなにたくさん食べられないくせに心が躍る。
 お盆に皿を並べてまずは野菜のコーナーに行く。お浸し、和え物、煮豆。家庭で作るには面倒な料理を一口ずつ。それから、煮込み料理のコーナー。おでんもシチューもチゲもうま煮も一口ずつ。
 揚げ物や肉類は一口より少し多い目。おいしそうだから、少しだけ多い目に取ってしまう。きょうはなんと豚足の甘辛煮を発見。二個も皿に取った。
 席に戻り、盆の上のものを見せ合う。「おいしそうやね。どこにあった?」と情報交換。私の皿の豚足が注目された。
 「何、それ、そんなん食べるの」と否定的な人。「食べたら明日お肌ぷるぷるやわ」と取りに行く人。
 こういう場合、二手に分かれる。人間の食べるものなら何でも食べてみる派と、今までに食べたものしか認めない派。私は前者なので、後者がいかにも不自由な生き方をしているように思う。
 しかし、後者には後者の言い分がある。そんな気持ちの悪いものまで食べなくとも、この世にはおいしいものがたくさんある。怪しいものを避けるのは安全な生き方だ。
 議論をよそに、私はとろとろぷるぷるの甘辛を舌の上で楽しんだ。(舞)

 友人たちとの集まりのテーブルにえびせんがあった。ひとつ取って、かりっと噛んで、うれしくなった。「この味、この味、やめられない止まらないかっぱえびせん」
 そこからみんなが、初めてかっぱえびせんを食べた時のことを話しだした。私の育った田舎町でえびせんが売り出されたのは、いつ頃だったろう。とにかく、初めて食べた時には、こんなおいしいものがあるのかと感動した。それは同世代の友人たちも同じだったらしい。
 それから…と一人が言う。「マヨネーズも衝撃だった」そうだった。マヨネーズも衝撃だった。それまで、卵と油と塩と酢を混ぜたマヨネーズを使っていた。酸っぱさも塩辛さも子どもの舌には強すぎた。ところが薄黄色のチューブを押せば出てくるそれは、マイルドでおいしかった。感動的なポテトサラダができた。
 チーズを初めて食べた時、セロリを初めて食べた時、レディーボーデンを初めて食べた時。初めて物語はいろいろあるけれど、かっぱえびせんほど印象的な初めてはなかったと、そこにいた友人たちは声を揃えた。
 お菓子と言えば甘いものだった時代に、塩味で香ばしいかっぱえびせんが驚きをもって支持されたのだと思う。人々の嗜好の転換点かもしれない。少し若い人たちにとってのかっぱえびせんの位置づけはどうなのか、アンケート調査でもしてみたいところだ。(舞)

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