女の落書帖

 踏切番のおじさんがいたという思い出話となった。踏切のそばに小さな小屋があって、そこにいるおじさんが遮断機を上げ下げしてくれた。よく覚えていないが、そうであったような気がする。
 踏切では、今と同じようにカンカンと警報機が鳴っていたような気もする。おじさんが鳴らしたのだろうか。おじさんの仕事は遮断機だけだったろうか。
 とにかく自動というものがほとんどない時代であった。電動も少なかった。商店の入り口は手で開けたし、水道の蛇口もひねるのが当たり前。おもちゃや時計などを動かすにはぜんまいを巻いた。
 踏切ごとに人が遮断機を操作し、混雑する交差点では警官が交通整理をする。列車の切符の販売も、改札業務も人が行ない、給与も請求書も、そろばんを使ってパチパチと計算する。
 昔は何とたくさんの仕事があっただろう。それとも、今の人が一人で行う仕事を多くの人で分け合っていたと言った方が適切だろうか。
 仕事の多くが変化して、職業のいくつかが消えた。代わりに、新たな職業もできた。家事も介護も今では職業となっている。コンピュータに仕事をさせるための、プログラマーやシステムエンジニアのような職業もできた。
 さて、今ある職業のうち、三十年後に残るもの、消えるものの判別は可能だろうか。うちの子の選んだ職業は三十年後もあるだろうか。       (舞)

 夏の椿は数センチほどの緑のげんこつ型の実をたくさん付けていた。ところがこの間見たら、その実が全てはぜて、三つに分かれ黒く干からびた皮だけが枝にあった。いつの間に種が落ちたのだろう。
 子どもの頃、秋になると、祖母と一緒に椿の種を拾いに行ったものだ。公民館の近くに、ヤブツバキのトンネルのような坂道があった。そこが椿の種を拾う場所。湿った土の上に黒い種が散らばっていた。
 拾ってきた椿の種を木綿の袋に入れて軽く叩き、殻を割る。すると種に含まれた油が布から浸み出てくる。その布袋で床を磨くのである。自然素材のフローリング用ワックス。床磨きは祖母と私の仕事だった。
 また、椿の実をコンクリートで擦って穴を開け、笛を作ろうともした。私はいつも中途半端で投げ出して、笛を鳴らすことができなかったが、椿油特有の匂いが、今も記憶にある。
 椿油は、昔から髪油として使われ、現代でも椿油を配合したヘアケア製品が売られている。資生堂のTSUBAKIというブランドは、五島列島産の椿の種から油を搾っているとホームページにあった。
 庭の椿の種を集めたら、油を取り出すことができるだろうか。精製が難しいなら、昔のように床磨きに使ってみるのもよいかもしれない。スローでエコな暮らし方。 (舞)

 ポテンシャルという言葉を知ったのは高校の物理の時間。重力のある場において、高い位置にある物体はエネルギーを持っている。それが位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)である。例えば、ダムにある水は落ちることで発電機を動かすことができる。これは高い所にある水が持つ重力による位置エネルギーを運動エネルギーに変えた結果である。
 そして、位置エネルギーは、物体のある高さと物体の質量に比例する。高ければ高いほど、重ければ重いほど、エネルギーが大きい。物理の先生はそうおっしゃった。
 ところで、最近よく聞くようになったポテンシャルという言葉は、潜在的能力という意味で使われる。ポテンシャルが高いということは、高くて大きなダムに水が満々とある状態のように、仕事をする力が潜在するということらしい。
 ポテンシャル採用という言葉も使われる。即戦力となるキャリア採用に対して、まだ何の仕事もできないけれど、潜在能力が高く伸びそうな人材を採りたいという意味だろう。そこでポテンシャルを高める方法はと考える。物体を持ちあげて位置エネルギーを増やすように、潜在能力を高めたかったらやはり勉強などの地道な努力だろうか。興味や情熱のような心理的要素が必要だろうか。結局、高そうに見せるテクニックが重要かもと考えてしまう私である。(舞)

[ 30 / 43 ページ ]« First...1020...2829303132...40...Last »