女の落書帖
プールで友達に会ったら見慣れない水着を着ていた。「おニュー?」と口に出して、慌てた。おニューなんて言葉がまだ使えるだろうか。
「そう、おニュー」と返ってきて、ホッとした。同世代にはまだこの言葉が通じる。もう何十年も聞いたことがないおニューは死語だ。
では、おニューのことを今ではなんという言うだろう。「サラピン」これもあまり使わない。関西方言だ。「新品」なんだか固い感じがする。
新しい服を見て「新品?」「まっさら?」と言うのは古着かと疑っている感じがする。「おニュー」という言葉にはいいねという気持ちが隠れている。
英語に「お」を追加しておニュー。英語に「い」を追加してナウい。おもしろい言葉を作ったものだ。ナウいも死語だ。
こういう日本語はほかにもある。「エロい」「エモい」「パニクる」「ディスる」など形容詞であったり動詞であったり。これらは今も使われているようだ。
言葉は移り変わる。若い頃になじんだ言葉が消えていく。今はハンサムとは言わない。イケメンだ。ズックも履かない。シュミーズも着ない。みんな言い方が変わってしまった。
セレブを皮肉っぽく揶揄する「おフランス」という言葉もあった。貧しくなった今の日本では、セレブはひたすらうらやましい存在で、おフランスは使わない。 (舞)
2024年11月21日 AM 10:41
ニンジンの薄切りをしようとスライサーでシャカシャカしていたら、親指まで削ってしまった。今週二回目だ。浅い傷だけれど血があふれる。
そろそろこのスライサーも切れ味が鈍ったか。寿命かもしれない。これは義母が使っていたものだ。義母が亡くなって何十年にもなるのにまだ使える。ニンジンやキャベツの葉脈部分をちょうど良い厚さに薄切りできる。
スライサーは包丁よりずっと便利だ。同じ厚さに切れるし、時短になるし。包丁使いの上手な人ならば簡単かもしれないが、私の場合均等に手早く切るというスキルがない。シャカシャカするだけでニンジンの美しい輪切りが迅速にできるところが素晴らしい。同じ厚さだと火の通りにムラができない。
きゅうりや大根の千切りもスライサーを使う。シャカシャカすると見る間に千切りきゅうりが積みあがる。サラダにも冷やし中華にも便利な調理器具だ。
こうして指を傷つけてしまうと、手動より電動のスライサーを使うのが良いかもと考える。週に二回も傷を作っているどんくさい私には安全便利そうだ。
ただ、台所にものを増やしたくはない。電動は大きい。買えば収納場所が必要だ。何かを捨てて場所を作らなければならない。義母のスライサーを捨てるか捨てないか。電動を買うか買わないか。考えどころだ。
(舞)
2024年10月10日 AM 4:55
今年の夏は暑かった。猛暑日が何日続いただろう。テレビが外に出るな冷房を使えと言ってきた。それでも外に出ることもある。日傘をさして外を歩く。
夏は日傘が欠かせない。駐車場で車を降りて数分で建物に入るとしても日傘を開く。ヨーロッパの人は日傘をささないと聞くが、日本では男性用日傘まで売られ始めた。温暖化の影響でヨーロッパも変わっていくかもしれない。
この間私の日傘が壊れた。開こうとして少し硬かったのを無理に開いたら、骨がバラバラになってしまった。新しい日傘が必要だ。
古い日傘は何本もあるけれど、おしゃれなレース生地で、日よけ効果は期待できない。UVカットと明記してあるものを探そう。
でも、夏の終わりの日傘売場は貧弱だった。数えるほどしか並んでいない。スヌーピー柄の日傘はさすがに持てない。きれいなピンクがあるが、もう少し地味なのがほしい。
年甲斐もなくという言葉が頭に浮かぶ。年相応の日傘とはどんなだろう。きれいな色フリルたっぷりは違うように思う。黒っぽくて軽い日傘。とにかく汚れが目立たない色が良い。
結局黒地に水玉、レース縁取りを買った。少々可愛らしすぎるが軽くて汚れに強そうだ。九月となってもまだしばらく日傘が必要だ。年相応でなくとも仕方がない。夏の終わりの日傘売場は貧弱なのだ。
(舞)
2024年9月12日 AM 4:55