女の落書帖

スーパーで尾鷲の干物を買ってきた。タチウオのみりん干し。オーブントースターでさっと炙ると甘くて柔らかくて美味しい。
袋を開けようとして、裏に詩のようなものが書いてあるのに気が付いた。「干し魚 カンピンタンの うたうたふ 国の恋ほしさ 妻がふるさと」うーん、よくわからない。
でもカンピンタンの意味はわかった。子どもの頃「カエルのカンピンタン」と言ったことがある。車に引かれたか、道路でカピカピに乾いたカエルの死骸を見つけたときのこと。もう今では使わないカンピンタンという言葉が懐かしい。
尾鷲では干し魚のカンピンタン。あの塩辛くて少し硬いサンマの丸干しにはカンピンタンという表現が似合っていると思う。身をほぐしてご飯に乗せ、お茶漬けにするととても美味しい。昔は安く買えたものだが、サンマの不漁が伝えられる今年は高級品となるかもしれない。
どうもカンピンタンは三重県限定の言い回しらしい。どんな漢字なのかも知らないし、若い人にはもう通じない言葉かもしれない。三重には他にも、ささって、机つり、ぎなぎな、とごるなど、他県に通じない方言がいろいろある。
アラートだディスタンスだと、外来のカタカナ語が増えているのに、方言も標準語も覚えてはいられない。方言は次第に消えていくだろうと思う。
(舞)

香ばしい匂いが細く開けた車の窓から入ってきて、うなぎ屋に気が付いた。昼日中、太陽に照らされながら店の前に並ぶ人たち。まだまだ暑いからうなぎを食べたくなる気持ちはわかる。「かなりの待ちだね」と眺めながら、お腹が空いていることに気が付いた。うなぎ屋の煙には引力がある。
それでも炎天下に客を並ばせるという店のやり方は受け容れ難い。スマホでお知らせとまでは言わないが、整理券を配ったり順番シートに名前を書かせたりならできるだろうに、なぜ日差しの下で行列を作らせるのか。
「並んでまで食べたくないよね」と言いながら、今時はそうでもないことを思い出した。いつも行く小さなパン屋の前にも数人の行列があったりする。店が狭いので、密にならないよう外で待たないと入れない。
肉屋もそうだ。歩道にディスタンスを保つためのテープがあって、それに従って皆さん行列を作っている。案内されて数人ずつ店に入っていくが、それでも陳列ケースの前は結構な混雑だったりする。
行列は嫌だとはもう言っておれない。行列を作るのも新しい生活様式だ。新型コロナは、ある程度は自身の行動で防御できる。もちろん気を付けていても感染することはある。だから感染させないようにも気を付ける。行列も受け容れなければならないと思う。
(舞)

長い梅雨の後は猛暑の日々となった。不要の外出をする気にもなれない。戸外は熱帯だ。
お昼ご飯は自然と冷たい麺類となる。そうめん、ざる蕎麦、冷やし中華。毎日冷たいものではいけないと、時々は温かいスパゲッティやラーメンも。小麦は美味しいとしみじみ思う。
どれも熱湯でゆでるから調理中は暑いが、私はそんなことが気にならないほどの麺好きなのである。
中でも一番のお気に入りは大矢知の冷麦。そうめんよりもうどんよりも冷麦だ。あの太さが一番美味しいと思う。冷たくしてつるつるシコシコ、ミョウガや青じそを薬味につゆで食べるのが最高である。
でも、今年はもっとシンプルな食べ方もしている。氷水でしめた麺にオリーブオイルと塩を振りかけるだけ。小麦そのもののおいしさが味わえる。また、麺の上にたっぷりの野菜を乗せて、オリーブオイルと麺つゆをぶっかけにするのも良い。オイルと麺は合う。
冷麦をスパゲッティのように使うこともある。ニンニクとオリーブオイル塩コショウでいろいろな野菜やベーコンを炒めて麺とからめる。バジルを使っての冷麦ジェノベーゼも香りが良くて美味しい。
伝統的な食品だからと伝統的な食べ方をしなくても良いだろう。世界のレシピで味が広がる。今度は蕎麦でイタリア風をやってみようと思う。  (舞)

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