女の落書帖

 ある人によると、苦情を言えるようになったら、おばさんだそうだ。 
 先日、産直野菜の並ぶ店で大和芋を購入した。ところが、二日後に皮をむいたら半分以上色が変わっていた。青カビも生えている。少々ましな一個を料理し、生産者のバーコードをとり置いた。 こんな場合、どうするか。芋が四個入って百二十円。金額はわずかである。しかし、無視できない。日付を見れば私が買うまで六日間店の棚にあったようだ。食品管理責任は私の二日より店の六日に重いのではないか。 次に店に行ったのは、何日か後である。買い物のレジで件のバーコードを提示した。「これ買って二日後に食べようとしたら、半分以上腐っていたんですが」と私。レジのお姉さんは「言っときます」。少々カチンと来た。「こういう古い商品を並べておいてもらったら困るわ」「だから生産者に言っときます」「あなたは私に何も言わないの?」
 何かをしてほしいと粘るつもりもなかったのでそこまでにした。これが大手スーパーのレジ係なら、即座に「申し訳ございません」と返ってくるはず。マニュアル通りだとしても店の看板を背負って謝ることができる。 自分の落ち度でなくとも頭を下げなくてはならない時がある。どうしても自分で謝りたくなかったら上司を呼ぶ。レジに限らず、接客の基本だろう。そこまで教えてやればもっとおばさんらしかったと思う。  (舞)

 その小さなスーパーでは、いつも歌謡曲が流れていた。大手スーパーの「魚サカナさかなー」や「きのこのこのこ元気な子」とは違って、販促をまったく考えていないところが偉かった。噂では社長の趣味だということだった。
 普段聞かない音楽も、自然に耳に入ってくると馴染むもの。買い物している間、何とはなしに曲を聴いて、歌えるほどに覚えることもあった。
 そのことをきょう思い出したのは、スポーツジムのダンス曲がナツメロメドレーだったからだ。「飛んでイスタンブール」だったり「愛がこんなにつらいものなら私独りで生きていけない」だったり「好きだったのよあなた胸の奥でいつも」だったり。歌謡曲がJ─POPと呼ばれる前の懐かしい曲ばかり。歌詞に物語や深い意味があった時代の曲である。
 曲に合わせて身体を動かしていると、メロディーに乗って歌詞が口をついて出てきた。歌謡曲好きでもなかったのに、ほとんど歌えるのはあのスーパーによく行ったからだろうか。若い記憶力のせいだろうか。
 もうそのスーパーはなく、私はJ─POPを聴くこともない。サウンド重視で、日本語と聞こえないような近頃の歌は、もうよく分からないのだ。モーニング娘3期ぐらいを終わりとして歌手の見分けもできないので、私のナツメロは九十年代あたりで絶えそうである。     (舞)

 子どもの頃嫌いだったものが、大人になると美味しく食べられるのはなぜだろう。
 たとえば、ぬた。野菜や魚介類を酢味噌で和えた料理である。春のわけぎのぬただと、見た目が味噌の茶色だし、わけぎのぬるっとした食感が気持ち悪るいし、酢味噌は酸っぱいし、子どもには辛いメニューだった。ハマグリやイカなど、一緒に和えられた魚介類を掘り出して食べたものだ。 たとえば、サザエの壺焼き。殻から引き出したサザエの先端の緑の部分。苦みと磯の香りが、嫌いだった。たとえば、サンマの腹。二つ切りにしたサンマは尻尾の方が断然好きだった。
 そんな苦手だったものが今では大好物である。サザエの肝もサンマの腸も苦いだけではない。旨みや甘みの中にほのかな苦みを感じて美味しい。 これはどうしてだろう。大人になるにつれて、舌も成長するのだろうか。感じ方が変わったり、幅が広がってきたりするのだろうか。
 経験の積み重ねもあるのかもしれない。他人が美味しいというものにはチャレンジしたくなり、新しい味を経験値として蓄積していく。ビールの苦さも、楽しい場所の美味しいものと記憶されていく。
 腐敗かと思う匂いのフナ鮨やへしこを好む人もいる。ドリアンも美味しいらしい。味覚の奥行きは深い。更に経験を積めば美味しいものが増えそうである。   (舞)

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