女の落書帖

 近頃の苺は美しい。まんべんなく赤くて、整った紡錘型で、つやつやと光沢が良い。作りものみたいだけれど、食べれば甘くて瑞々しくて美味しい。子どもの頃に家裏の畑で摘んだ苺とは別物である。 
 初冬から始まった苺の季節は今が最盛期。私は今の季節の苺が好きだ。実もふっくらして、口に入れても冷た過ぎず、値段もお手ごろになる。
 今朝もそんな苺を食べながら考えた。表面の粒々がなければ、苺はもっと美味しいような気がするが…。種なしすいかや種なしぶどうがある。種なし苺はどうだろう。苺の赤い部分は厳密にいうと果肉ではなく、種の付け根が発達した種のベッドのようなもの。花たくという。種なしでベッドだけというのは無理かもしれない。何より、粒々がすっかりなくなると苺らしくない。
 ところで、苺という漢字には母がある。粒々が苺の子である種だから、赤いベッド部分が母なのかしらん。「母」という部首を持つ漢字はそれほど多くない。「毎」であったり、「海」であったり、「悔」であったり「貫」であったり。どういうわけで植物に母が使われているのだろうかと思う。
 気が付けば一パックを一盛りにした苺の皿はあらかた空になっていた。そうなると別のことが気になりだしたのである。練乳をかけなくとも甘くておいしい苺十個のカロリーはいかほどか。(舞)

 暖かくなってきたので、ウォーキングを再開しようかと思っている。思っているだけでなくて、すぐに再開すればよいのだけれど、そこはそれ、決心というものが必要だ。
 でも、世間にはりっぱな方も多くて、冬の間もずっと元気に歩くグループを見かけた。朝ごはんの前に歩く方々もおられる。朝飯前の運動は健康にすこぶるよろしい。何より勤勉は美徳のひとつである。
 そんな一人と立ち話。「きょうは午前にプールに行って、午後からコーラス、そして…」とおっしゃる。「まあお忙しいこと」と言えば、「起きたきり老人と呼んでちょうだい」とにっこりなさった。活動的な生活スタイルを貫いておられる。聞いてうれしくなった。
 「ところでご主人はどうされていますか」と聞けば「別のことをするのが、夫婦円満の秘訣。私は一人で好きなところへどこへでも出かけていくの。家を出たら、出たっきり」。
 これぞ、理想の老境と見た。夫婦が元気にそれぞれどこかへ出かけていく。ボランティアでも趣味でも学びでも。一日の終わりには二人で寄り添い、話をする。裏付けとして、健康と、生活資金と、心の安定に恵まれている。
 私もそんな老後にしたいと思う。出かける場所をいっぱい作って、毎日家を出る。目指すのは寝たきり老人ならぬ出たきり老人だ。    (舞)

 八百屋の店先で珍しい豆を見つけた。松阪産パンダ豆と書いてある。大豆色の豆に楕円状の黒い部分。白地に黒い楕円状の目を持つパンダに似ているからパンダ豆と呼ぶのだろうか。
 豆好きとしては、初めての豆を見過ごすことはできず、一袋を買って帰った。調べてみたら、鞍掛豆が一般的名称であるらしい。馬に黒い鞍を掛けたように見えることから名づけられたという。おもに信州や東北で栽培され、青大豆に近い品種だそうだ。
 早速煮てみた。いつもの大豆と同じように、一晩水に着けて圧力鍋で加熱する。柔らかくなった豆は、横に広がった感じで空豆にも似ている形。食べ方はひたし豆が一番だそうだ。煮豆につきものの砂糖は必要ない。昆布だしに塩と少量の醤油で煮たて、冷まして味を含ませた。
 鞍掛豆は豆自体の味がしっかりしている。あっさり味付けのひたし豆で美味しく食べられた。塩ゆでだけで美味しい枝豆と似ている。
 豆の歴史は古くて、紀元前何千年という頃から世界各地で食べられている。日本各地、世界各地の豆を食べてみたいと思うのである。だから珍しい豆はうれしい。今度、鞍掛豆を見つけたら、たくさん買ってこよう。
 一緒に買った松阪産白いんげんは少々小ぶり。どんな味がするだろうと、これも楽しみだ。(舞)

 

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