女の落書帖

久しぶりにウォーキングしていたら、顔見知りのおじさんと行き合った。「こんにちは」「こんにちは」「いいお天気ですな」「雲ひとつないですね」「だいぶ暑なりましたな」「ホント暑いです。夏が来ますね。少し歩くと汗びっしょり」
雑談の極意は「オウム返し」である。オウム返しは相手の言葉をしっかり聞いているというサインであり、次なる話題へ発展するきっかけとなる。
ところが、おじさんはまじまじと私を見て、次にこう言った。「ちょっとお太りになりましたか」私は思わず絶句した。そして、「ええ、太るというか、垂れるというか、シミやらシワやらいろいろ大変です」と作り笑顔。
失敗に気が付いたか、おじさんはあわてて、「いや、ボリュームがあって、よろしいかと思いましてな」。フォローのつもりが、なっていない。さらに深み、泥沼である。
「いえいえ、それでは」私はにこやかに立ち去りながら、実はショックから立ち直れない。太ったかもしれないが、よく知らない人に言われたくない。タフなおばさんであっても、敬語で包んで言われても、傷つく時には傷つくのだ。
雑談の極意その二には、「質問に注意する」を挙げよう。質問は相手の気にしているところ、弱いところを突いてはいけない。当たり障りのない事柄に限るべし。
「明日の天気はどうですかな」     (舞)

シューズボックスの片付けをしたら、ほとんど履いていない靴が何足か出てきた。近頃ハイヒールを履いていない。痛くはないけれど、疲れるから履きたくない。楽が一番のこの頃なのだ。
そういう私なので、ロンドンの受付業務の会社に採用され、会計事務所で働く女性が、ハイヒールを履いていないことを理由に無給で帰宅を命じられたというニュースに驚いた。ヒールが原因で給料をもらえないとは。
服装規定が必要な職場はあるだろう。しかし、五センチから十センチのハイヒールという規定は行き過ぎだ。きちんとした形の靴なら三センチでも変わりないはず。ハイヒールで一日仕事をする大変さを、規定を作った人は知らないに違いない。
窮屈な靴から連想されるのは、中国のてん足である。幼児期から足に布を巻いて変形させ、小さな足を美しいとした。ヨーロッパでもバレエの流行で小さな足が貴族階級の証であったという。女の足は観賞用で、歩いたり踏ん張ったりするものではないという認識だ。
歩きやすい靴で男は闊歩し、女は不安定な靴でよろけて誰かに支えられる。そんな昔ならともかく、男と同等の仕事を求められる現代の職場にハイヒールはそぐわない。女性差別だと声高に言うつもりもないが、疲れる靴は誰でも嫌だよねと、社会の理解を求めたいところだ。    (舞)

ジムにいたら、音楽が漏れ聞こえてきた。何かのレッスンが始まったらしい。
ジムのエアロビクスやアクアビクスに使われるエクササイズ曲は、テンポよくアレンジされたナツメロが多い。きょう聞いたのは、「こんにちはぁ。こんにちはぁ。世界のぉ国から」三波春夫の曲だった。
「この曲でエクササイズを?」多くの人が知っている曲だろうけれど、がっかりしてしまう選曲である。たぶん高齢者を喜ばせるつもりだろうが、高齢者なら三波春夫が好きだというわけでもない。エクササイズ曲ダンス曲にはもう少し合うものがありそうに思う。
昭和の音楽は歌謡曲だけではない。大阪万博の年はビートルズ解散の年。それより前からロックはあったし、聴いたり演奏したりしていた人も多い。他にもジャズやフォーク、イージーリスニングなど様々なポピュラー音楽があった。
また、昭和の人は平成の曲も知っている。モーニング娘。の曲もAKB48の曲も巷にあふれていたから。馴染み深いのは昭和の曲だが、平成の曲を拒んでいるわけでもないだろう。新しい曲で踊ったり動いたりができれば楽しいと思う。
近年、分かるようになったのだが、年を重ねても内側は存外変わらない。心は楽しく新しいものを求めている。昭和の歌謡曲なら高齢者の心をつかめると思うのは短絡にすぎると思う。(舞)

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