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中土佐町久礼の大谷旅館に着いて血マメを見ると左足小指が一層ひどくなっていた。夕食時、同宿した奈良の夫婦遍路から、針で穴をあけイソジンで消毒すれば翌朝には大丈夫ですよと教えてもらい、その上イソジンも貸して頂き治療。
奈良夫婦は共に66歳。足に自信がないのでと1日20キロペースで1週間ずつの区切り打ち。今回は34番種間寺から始め、37番岩本寺(四万十町茂串町)で打ち止め、高知城の朝市を観て帰宅するとか。
19日目、今日は岩本寺にお参りし門前の美馬旅館に泊まる22・3キロ。朝7時半出発。気温5度、日中最高14度の予報。前夜のイソジン治療が奏功して血マメ小指の調子は良好。左腿の付け根も良し。奈良夫婦のお蔭だ。一方、前日から始まった女房の右足中指の痛みは消えない。一難去ってまた一難。少し歩くと違和感は残るものの体がほぐれてきたせいか、普通に歩ける程度に痛みが和らぎ「大丈夫」と女房。ひと安心である。
今日一番の難所、七子峠(標高287m)へは、国道56号。その東側を流れる大坂谷川に沿って古い集落を幾つか通り緩やかに上り最後の1キロほどで一気に高低差210mの急坂を峠まで登る大坂遍路道。国道の西側を通り高速の下を300段のコンクリ階段で抜け、そこから409mまで緩やかに登って七子峠に下る土佐往還そえみみず遍路道の3ルートがある。
ミスター53のお勧めは古い集落のたたずまいに風情がある大坂遍路道。但し雨の場合は国道、もしくはいっそ1区間だけ鉄道に乗ること。寒いものの、幸い雲ひとつない快晴。ぼくらはミスター53の言に従い大坂遍路道を選ぶことにした。
ところが久礼の町の出はずれから大坂遍路道をめざし百mも進まないうちに一台のセダンが横にとまり、年配の男性が降りてきた。お接待かなと思ったら、藪から棒に真顔で「この道はやめた方が良い」と言う。
聞けば地元のお寺の住職で霊能者としても活動しているとか。ぼくら夫婦に悪い霊でもついているのが見えたのかと困惑……。が、ご住職の言うには、余り表沙汰になってはいないが、ここ1年ほどの間に4、5人のグループが遍路を襲って金品を奪い、時には婦女暴行まで働く事件が5件ほど発生。先月も襲われている。特に人家から離れ人気のない七子峠の手前が危ない。「大坂遍路道を行くのは絶対やめなさい」と。
歩き遍路関係の書物の中には『へんろ狩り』への注意を喚起するものがある。遍路宿はもちろんのこと、地方のビジネスホテルもクレジットカードが使えない所が多い。従って歩き遍路は必ず何がしかの現金を持っている。どんな田舎にも郵便局はあるので、出発前に郵便局に口座を開き、行く先々で3日分程度ずつ引き出し旅を続けるのが鉄則である。所持金はせいぜい数万円と知れているが、それを狙う強盗や、遍路宿で同宿遍路の財布を盗むニセ遍路、窃盗犯がおり、この輩を『へんろ狩り』と呼ぶのだとか。女性遍路の中には安全のため山中の遍路道は避け車道しか通らないという人もいたが、ここまでの道中、へんろ狩りの被害者に会ったことはない。出没の噂も一度も聞かなかったが、遂に出た……。
女房とぼくは顔を見合わせた。「婦女暴行は夫婦連れや男性が一緒についていても、前後から挟み打ちで襲い太刀打ちできない。旦那の目の前で奧さんが犯されている」と生々しい。
ぼくらは旅の3日目に、『地元の人のアドバイスには素直に従う』というルールを作っている。そえみみず遍路道にすることにしたら、「いやいや、悪いことは言わない。この際、国道を行った方が良い」と。
峠まで距離的には国道は両遍路道より2キロほど長く約8・5キロ。当然、全線舗装道で固く延々と上り坂が続くが、国道への分岐点まで戻ることにした。
峠の七子茶屋で休憩。外に出たところで竜の浜パーキングで顔を合わせた東京からの男性二人組と再会。大坂遍路道を通ってきたという。へんろ狩りの話をすると驚いていた。下り5キロの遍路道を一緒に歩くことになった。 (西田久光)
2011年1月20日 AM 4:57