今日、私は運転免許証を更新した。旅客自動車運転のために2種免許を所得したのは2年前だが、更新前の免許証を見ていろんなことを思い出す。
 4年前、私は足の骨折やその他の病気で病院のベッドにいたが、傷の治りが悪く、勤務先に復職できるかどうか憂鬱な気分だった。そんな中、医師や看護師たちの昼夜を分かたぬ治療と看護の現場を目の当たりにし、自分も何らかの方法でその一端を担えないだろうかと考えた。
 縁あって福祉タクシーを開業し、多くのお客様を乗降させていただく。病気やケガ、障害を持つ方や高齢の方々が「病気を1日でも早く治したい」「老後も外出して、もっと楽しみを持ちたい」などの思いに対し、少しの時間でも介助や送迎でご一緒させていただき、自分にとっても“生きわる”ことが何かを教えてもらう。一年のスタートにあたり、これまでの福祉タクシー日誌の中から数ページ、様々な出会いを振りかえって、さらなる励みにしたいと思う。
 1、早朝に電話が入る。「体の調子が悪いからすぐに来て欲しい」。普段は週に2回ほどデイサービスへ行き、時々声をかけてくださるお客様だが、少し時間を遅らせてもらいアパートへ。玄関に入るやいなや「待ってたんやわ」。そこには安堵の表情が伺える。手介助で階段を下りていただくが、腕をさすって緊張をほぐす。少しの笑みもこぼれた。病院で付き添い中も、「デイサービスはどう?」など話をすると「うん、楽しい」。医師からも「すみませんが、家に着いてからもよろしくお願いします」と言われた。晩春でも夕方は冷える。一人暮らしのため帰宅後も暖房器具にスイッチを点火するには注意が必要だ。何かあればすぐに電話してもらうように伝達するが、独居の見守りも仕事のひとつと心得ている。
 2、お客様を安全に送迎する以上、事故のないように細心の注意を払う。車の運転は誰でもそうだが、福祉タクシーはお客様を安全に最も適した方法で目的地まで介助しながら搬送する場合が多いから、気持ちを研ぎ澄ますことが必要だ。
 当然、スピードを控えながら走行するが、この日は何やら後方の車が騒々しい。幅寄せしたり、追い越したり。そのうち、相手車から「福祉の車か何だか知らんがダラダラ走るな」と、怒りの声。自車よりも他車に注意しなければならない時世。お客様にも気分の悪い思いをさせてしまったが、追突でもされたらと思うとゾッとする。
 3、シャガの花が美しく咲く頃、入院先から一時外泊の方がリクライニング椅子で乗車された。外の空気に触れるのが良いらしく、運転しながらでも喜びの様が伝わる。翌日はまた病院へ戻らねばならないが、家でやり残した書類整理や色んな物の片づけが忙しいとのこと。病院へ戻り、「次は退院の時にお願いね」と言われた。おそらく抗がん剤等を投与されて体の痛みもこらえながらと思うが、病気でも気力を強く持ち笑顔を絶やしていない。心が折れそうになった時、お客様に救われる事もある。
 4、自宅のアパートを長期間離れ入院中の方から連絡が入る。金融機関を回ることと、季節が変わるため3階にある部屋からさしあたっての衣類が欲しいとのこと。
 今では銀行もバリアフリーが進み、車イスでも難なく、行員も丁寧に説明してくれる。アパートでは階段昇降が難しいので鍵を預かり室内を注意しながら指定の物を探すが、生活の貴重な物品の選定を指示してくれるのだから、この仕事は信頼、信用がなければ務まらない。再びこの部屋に戻ってこられ、生活できることを願った。
 5、福祉タクシーとはいえ、その日の売上げも必要だ。しかし、この日はすこぶる悪い。アベノミクスでバブルの頃の様相を呈してきてるとは言え、大金が転がり込むようなことはまずない。日報に目をやり帰庫するまでの憂鬱な感じが漂う。送迎を終え、その日も終わろうとしていたところ、突然電話が鳴った。「訃報で遠方まで行きたいのだが自分の体も思うように動かない。何とか夜でも行ってくれますか…」。
 新名神を走って京都方面へ。お客様の涙にも同情するが、安全運転を怠ることはできない。ひたすら高速を飛ばすが、途中、眠気との闘いを気力で制した。無事目的地へお送りして帰庫する頃にはもう空が白々と明けていた。
 6、老人ホームに入所の方とデパートで買い物。車イスと買物カゴ片手に希望のものを探す。このあと夕食へ。「たまには外食するのもストレスが発散できていいですね。これからもいろんな所へ連れて行ってください」と喜ばれた。以来、乗馬クラブへ馬が走る勇壮な姿を見学に行ったり、高原で風力発電がたくましく舞う光景を見て気分を癒した。送迎だけでなく、その都度お客様の楽しみが少しでも増えることを願う。
 7、電動車椅子のまま乗車され、コンサートへ。道中、互いの好きな食べ物や趣味などに話題が広がる。県文化会館の中もバリアフリーだが、会場の中まで介助させて頂く。障害を持つ人も、もっと外出の機会と楽しみの時間を増やしてもらう意味でも、バリアフリー化を提唱する県のさらなる政策の充実が必要だ。
 日誌の中には、まだいろんな出来事があるが、介助や送迎中に、私自身が新聞記者の駆け出しだった当時、ある先輩記者に教わったことを思い出す。「報道写真は一歩踏み込んで撮るように。そこからさらにもう一歩踏み込んで撮れば、被写体がどういうものか初めてわかるんだ」。
 未だにその言葉が脳裏から離れない。今は職業こそ違え、福祉タクシーの現場でも同じことを感じる。お年寄りや障害を持つ人、体調を悪くした人達に対して、送迎や介助の時に少しでも近くで接してみることにしている。介護では基本的なことだが、時間に追われてつい疎かになることもある。自身がそれを忘れず実践できるように毎日福祉タクシーを走らせている。
(大森 成人 日本福祉タクシー協会会員 はあと福祉タクシー)