毎日、桜だよりが届きます。うららかな光を受けて草木が艶を増し、柔らかな風が桜とともに春の訪れを知らせてくれます。
春はなんと言っても桜。ほころぶ蕾を見ると心が躍り、花が咲くと笑みがこぼれ、風に舞う花びらに心を奪われ、淡い桜色に包みこまれる春の日。古くから桜は、日本の春を象徴する花でした。何故か心が浮き立ち春を感じるのは、桜が春を呼び時を告げる花だと言われるゆえんでしょうか。
「さまざまの事おもひ思す桜かな」芭蕉
とりわけ桜咲く時季は様々な昔の事を思い出させてくれます。そして桜は短い春を謳歌するように咲き誇り日本中が桜一色に彩られます。今回は桜の花にちなんだ小唄をご紹介します。
助六(花の雲)
〽花の雲 鐘は上野か浅草か
ゆかりの色の鉢巻も江戸紫や伊達姿
堤八丁衣紋坂 大門くぐる助六に
煙管の雨が降るように
この唄は河上渓介作詞、宮川吟柳作曲で、華やかな助六の花道の出を唄ったものです。「助六」は歌舞伎十八番の一つ、「助六由縁江戸桜」の主人公の名前で花川戸助六、実は曽我の五郎が源氏の名刀、友切丸を探すため吉原(郭)に出入りし、喧嘩をふっかけては腰のものを改め、恋仇の髭の意休の持つ刀がそれとわかり、恋人の揚巻(三浦屋の遊女)の助力でそれを奪うというストーリーです。
「花の雲 鐘は上野か浅草か」芭蕉の句からこの唄は始まります。花の雲とは桜が一面に先満ちたことを雲に例えた言葉で、雲のようにエドヒガン桜が美しく咲き誇り、上野の寛永寺か、浅草の浅草寺でしょうか、どこからか、鐘の音がきこえ、春の日の、のどかな情景が目に浮かびます。
江戸っ子の象徴であるゆかりの江戸紫の鉢巻に伊達姿。当時、吉原に通うのには、堤八丁から衣紋坂を下り大門に入るのが順序であったらしく、助六が大門に顔を出すと、仲の町の両側から、吸い付け煙草が雨が降るごとく出された様子が唄われております。
(註)寿司の助六の揚げと巻きは、歌舞伎の助六に登場する花魁の名前の「揚巻」からきています。
葉桜や
〽葉桜や月は木の間をちらちらと
叩く水鶏に誘われてささやく声や苫の船
〽青々と何時も松葉の二人連れ
末も栄えて高砂の変わらぬ色や春の風
明治中期の江戸小唄で、「青々と」は「葉桜」の替唄です。向島で初夏の宵を楽しんでいると水辺の茂みから水鶏の雨戸を叩くように高く鳴く声がするので障子を開けると、向島の土手は既に葉桜、その木々の間から月の光がちらちらと見え、囁く声が聞こえます。おそらく苫の船に腰を下ろし、対岸の灯を眺め恋を囁く若い二人でしょう。
「青々と」はお目出度い時に唄われます。いつまでも二人は松葉のように手を携え、高砂の尉や姥になるまで変るまいと誓う言葉を小唄にしたものです。土筆派ではこれが名取式の祝賀の唄になっております。
一本桜から桜並木、そして宵闇に白く輝く夜桜。花より団子と言わず、外に出て桜の下に集い桜景色を楽しむのはいかがでしょう。  (小唄 土筆派家元)