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大正、昭和の鳥瞰図絵師吉田初次郎のパノラマ地図の本を読みました。彼は「大正の広重」と呼ばれた人です。江戸時代の葛飾北斎や安藤広重の風景画の影響が感じさせられます。絵は目で見る文章です。正確な地形図を元にして、メインの場所を切り口に解りやすく言いたい所をひときわ目立ちさせて、見えない所まで見えるという不思議な図法で人々の夢を膨らませて旅へと誘ってくれています。
鳥瞰図とは、ゆったりと空を飛びながら下界を眺める、そんな気持ちにさせてくれる地図の事です。
今はドローンで空からいつでもどこでも見渡せる時代です。災害や緊急時に大いに活躍しています。テレビ番組「ポツンと一軒家」はその一例かな。吉田初次郎の鳥瞰図を見ていたら私も鳥のように、ドローンのように我が三重県を眺めたくなりました。三重県は歴史的にみると「伊勢国」「志摩国」「伊賀国」「東紀州」の四つから出来ていて多種多様の県です。
伊勢参りは伊勢神宮にアマテラスがおられて常に人々の幸せと平安を守って下さることに感謝する所で、「常若の国」といわれて永遠の命を約束してくれます。熊野詣はスサノオのいる熊野で「祈りと再生の国」の復活を約束する処です。6世紀に仏教が伝来すると熊野は浄土信仰も重なり、人々は浄土に生まれ変わる事を願って天皇、貴族、庶民がまるで蟻のように古道を一列になって詣でる 〝蟻の熊野詣〟をしています。日本最古の歴史書『古事記』『日本書紀』( 記紀)の神話は、ある面において私たちの生活や信仰心の基になっていると思います。
古代人は熊野の自然の力に畏敬し、神が宿ると考えて巨木、巨岩、川や大滝を拝みました。そして生きながら行ける浄土「あの世」への入口であり、スサノオが神として甦った場所。そこが熊野です。
今回は「東紀州」、尾鷲とイザナミの墓を訪ねて見よう。親子、姉弟愛を知る旅に出ようと。ワクワクするわね。さあ、伊勢国を出発して、熊野街道の上を飛んでいこうよ。まずは伊勢と熊野の分岐点の尾鷲です。尾鷲神社があり主神はスサノオです。ヤーヤー祭りが有名で豊漁、豊作を祈ります。尾鷲を過ぎて木の国(紀伊国=紀伊半島一帯)に入りました。 〝花の窟〟が見えてきました。イザナミの墓です。日本最古の神社といわれ、高さ45メートルの巨大な岩そのものが御神体。記紀にはイザナミが最後に火の神カグツチを産むが大やけどで死んだとされると場所です。花の窟の下部にある窪みは「ほと穴」といわれる黄泉の国(死者の国)への入口とされています。イザナミの魂を慰める為に毎年二月二日と十月二日に例大祭(お綱掛神事)が行われ、日本一の注連縄に三本の幡旗(アマテラス、ツキヨミ、スサノオ)が豊作と感謝の祈りを表して揺れています。その神事の綱は海岸へと伸びていて多くの人々が海の底に届くまで引っ張ります。それは豊かな漁場へとのびて繋がっています。これで熊野は大漁だあ! 私も参加して綱を握った時の気持ちは有難く嬉しかったです。近くには母イザナミの御魂を祀る産田社がありスサノオを見守りつづけています。
父イザナギの左目からアマテラスが生まれ、右目からツキヨミ、鼻からスサノオが誕生しました。父はアマテラスには「天上界」を、ツキヨミは「夜の世界」を、スサノオには「海原(自然界)」を治めるように命じました。
しかし、スサノオは母イザナミの所(根の堅洲国、死者の国)に行きたいと泣きじゃくり、ダダをこねます。とうとう父に天上界から追放されて、国津神として地上に降りてきました。スサノオはヤマタノオロチ退治伝説や日本最初の和歌を作ったり、家族思いの心を持つ神へと大きく立派に成長して文化創造の英雄神になりました。やがて「母のいる死の世界」を統治しています。このわんぱくな弟スサノオを優しく、そして厳しくしながらも成長を見守ったのは姉のアマテラスが大きな大きな愛で全てを包み込んだのでしょう。私はそう感じました。
夕方になり、もう周りが暗くなったのでお家に帰ろうーと。
記紀の神代の巻を久しぶりに読み返し、生、死、再生、愛に触れました。なんとなくホワッとした温かい気持ちになり、日本の神の本質に触れて嬉しい気持で本を閉じました。
日本誕生物語の舞台の伊勢「この世」と熊野「あの世」の二つ世界を持った三重県はいいですね。
(全国歴史研究会、三重歴史研究会、ときめき高虎会及び久居城下町案内人の会会員)
2021年1月12日 PM 1:33
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