城づくりの名手であり、津藩祖・藤堂高虎公の居城である津城復元に向けた環境が整いつつある。地道な募金活動やふるさと納税制度の活用によって順調に復元資金が集まっているだけでなく、景観を阻害している旧津市社会福祉センターが解体撤去に向け議論が進められいるからだ。一方、早急に対応すべき課題も浮上しており、気運が高まる中で復元に向けた市の〝本腰〟を入れた姿勢が期待されている。

 

1608年の藤堂高虎公の入府に伴い、大修築された津城は、平時は政治の場として活用し易く、有事の際には広大な堀と鉄門による鉄壁の守りを誇る天下の名城。現在では本丸・西の丸・内堀の一部(石垣)を残すのみとなっているが、5年前に「続日本100名城」に選定されて以来、全国から城郭ファンが訪れるようになっている。
津城跡は三重県の指定史跡であり、復元は歴史的資料に基づいたものでなければならないという大前提があるが、平成18年、当時広島大学の大学院生だった松島悠さんが三重県庁の資料から古図面『御城内御建物作事覚四」を発見。その他、丑寅櫓と戌亥櫓の二つを結ぶ多門櫓の古写真なども見つかっているなど、復元の条件は整っている。 残る大きな課題である復元資金の調達を行うため、「津城復元の会」=西田久光会長=は月一回の松菱での募金、津まつりをはじめとする様々なイベントでの街頭募金、協力店への募金箱設置などを実施。年に一度、ライブやゴルフコンペも企画し、そこで得た浄財を津市のふるさと納税制度「津かがやき寄附」の使途項目「津城跡の整備」に寄附するなど地道な活動を続けている。近年、ふるさと納税の好調に伴い、復元資金が集まるスピードも加速。昨年だけで約960万円。令和4年4月末で累計約5500万円が集まっている。
復元の気運が高まる中、津城を取り巻く環境も着々と整いつつある。その最たるものが耐震性の問題による旧津市社会福祉センターの解体撤去だ。同センターは石垣の間近に立っていることから、景観を阻害しており撤去されれば天守台が見えやすくなる。ただし、石垣を傷つけないように作業を進めるために関係部署との連携が必要になることなど課題もある。
一方、早急に対応すべき課題として浮上しているのが、城を復元した際に文字通りの礎となる石垣の修繕。櫓を撤去した場所に植えられた松などの樹木の根が内側から石垣を圧迫。台風などで倒壊した場合、石垣が破損する危険性が市の調査で判明している。
これら状況を踏まえ、6月の津市議会定例会の一般質問で、超党派による「お城を活かしたまちづくり推進議員連盟」の会長でもある青山昇武市議が「続日本100名城の選定5周年を迎えるこの時に、市の関係部署によるワーキングチームを設置し、集まっている寄附金で石垣の修繕を含む津城復元に向けた取り組みを推進すべき」と提案。これを受け、前葉泰幸市長は「寄附の中心となって活動されてきた方々に対し、一定の金額が集まれば市役所も復元に向けた次のステップに進むという話をしてきたと思うので、それを先に石垣の修繕に使ってもいいのかといったことなどについて考えを聞いてみたい」と答弁した。
青山市議は「市が復元に向けた具体的なアクションをすることで、浄財を寄せてくださった方々に意思をしっかり示すことができる」と本腰を入れた対応を求める。
津城跡は史跡であると同時に、市民の憩いの場であるだけでなく、策定中の大門・丸之内地区の未来ビジョンでも大きな役割を果たす。今後、市として多角的な議論を進めながら、津城復元に向けた道筋を明確に示す時が来ているといえる。