亀山駅前の日本武尊と弟橘媛の銅像

 6月9日7時40分頃。伊勢別街道の旅2日目。前回の中断地点である芸濃町椋本まで戻るために、JR亀山駅近くの駐車場に車を停めた私は駅に向かって歩き出す。駅前は数年前の記憶から、すっかり様変わりしていた。再開発事業によって図書館・マンション・商業施設からなる洒落たビルと高層マンションがそびえ立っている。ロータリーも駅を利用する人の送迎の車から、乗降しやすいように待機スペースと通行部分がしっかり分けられている最新型。スタイリッシュかつ使いやすく整備されているのが見ただけでわかる。ロータリーの中ほどには、日本神話の大英雄・日本武尊と寄り添う妃の弟橘媛の銅像。亀山市は、日本武尊が最期を迎えたと言われる能褒野があるため、縁が深い。交通の流れを大きく変えるリニア新駅の市内誘致が期待される中で、新たな時代を象徴する駅前のシンボルにふさわしい。
 通勤時間なので、人々が列をなす三重交通のバス停で時刻表を覗いた私は思わず「しまった」とうめく。バスは5分ほど前に出発してしまっており、次発は10時前だったからだ。しかし、そうなれば、私が取るべき行動は一つ。椋本まで歩くのみ。距離にすると7㎞強。道程とこれまでの経験を加味すると、ちょうど10時くらいに着けるはず。リニアで東京大阪間が凡そ一時間で結ばれるという話題とは正反対ののんびりとした時の流れに身を任せようとしている。
 駅を後にした私は関西本線と紀勢本線の踏切を越え、県道28号(亀山白山線)を南進していく。薄雲のカーテンが日差しを和らげてくれているおかげで歩きやすい。この道は車ではたまに通るが、のんびり歩くのは初めて。10年ほど前に連載していた津市全域を巡る自転車旅の初日もこの道を走って芸濃に向かったことを思い出す。あの連載以降、形や場所を変えながら、旅をテーマにした連載は今や私のライフワークにもなっている。今日ここを歩くのは全くの想定外だが、旅連載の原点を振り返ることが出来たのは僥倖と呼ぶほかない。「人生はどこかで帳尻が合うようにできているものだ」としたり顔で頷く自分の楽天家ぶりに我ながら感心する。
 伊勢自動車道の上を横断すると、間も無く亀山市と津市の市境。時刻は9時前。予定通り10時頃には中断地点まで辿り着けそうだ。原点を振り返ったついでに、少しだけ私事を語らせて頂くが、4月に第一子となる長男が生まれた。名前は「步人(ゆきと)」。歩みを止めなければ、どこにでも辿り着けるというこれまでの連載で得た学びに由来していることは言うまでもない。読みは、敬愛する幕末の偉人の山岡鉄舟の本名・高歩(たかゆき)より拝借した。
 名は親が子に与えられる最初の贈り物。この名を息子に贈ることができたのも私の徒歩旅を応援してくださる皆様のおかげに他ならない。一歩ずつ成長していく小さな命を見守りつつ、この旅を最後まで終えることが当面の目標である。
 予想通り10時ちょうどに椋本のバス停に到着。十分すぎる準備運動を終えた私は関宿をめざして歩き始める。先に何が待つか楽しみである。(本紙報道部長・麻生純矢)