八月も半ばを過ぎましたが、灼熱の空気と強烈な日差しが続き、連日、熱中症警戒を知らせております。
 七月には、毎年聞くひぐらしの声が少なく感じましたが、今は夏本番らしくセミが鳴いております。それでも夏が来ると、道すがら毎年楽しみにしているネムの大木が、今年も淡紅の刷毛のような美しい花を咲かせ、また、百日紅のピンクや白の花が房のように垂れ下がり、炎天夏で咲き誇るその姿に、私達は力をもらっているような気がします。
 久しぶりに花火が夜空を彩り、楽しい夏祭りの季節を迎えております。 今回は、紫式部が書いた源氏物語から、謡曲「葵の上」より取り入れた「三つの車」と、夏らしく風鈴の音やほうずき売りを題材にした「別世界」という小唄二題をご紹介いたします。
 
 三つの車  
 作詞・益田太郎冠者 
 作曲(初代)平岡吟  舟 
 明治35年の唄です。

三つの車に法の道 火宅の門や出でぬらん そ~ら出た 生霊なんぞおおこわや 身のうきに 人の怨みはなんのその
私の思いはこわいぞえ なぞの御息所は 乙つうすまして お能がかりで おっしゃいましたとさ「のうまくさんまんだ ばさらんだァ」でェやんれ身をこがしたとさ 悋気と浮気は罪なもの

 この小唄の「三つの車」というのは、仏教の言葉で迷いに満ちたこの世から衆生を救い出す教えを車にかえたものです。
 出だしは源氏物語を題材に謡曲「葵の上」の一声を取り入れ謡がかりで、重々しく凄みをもたせて、「三つの車に法の道…」と出て「そうら出た生霊なんぞおおこわや」と経妙にくだけてゆく面白さが聞き所です。
 光源氏は葵の上という本妻がありながら、源氏は、六条の御息所と通じ逢い、加茂祭で両女の車が行き会って、車争いになります。
 負けた御息所が、うらみを持って死んだ人の霊、生霊となって「葵の上」を悩ますという小唄になっています。
 謡曲「葵の上」から河東節や富本節、清元、長唄などを取り入れ、この小唄は謡曲の中の謡曲と言われております。悋気と浮気は罪なものと、この世の生き方を唄っております。

 別世界(丹波ほうずき)  作詞・英十三
 作曲・吉田草紙庵
 昭和15年の唄です。

丹波ほうずき 長刀ほうずき 梅ほうずき 昼寝の耳に夢うつつ 葭戸に透いた秋草の 影絵の様な一と昔 悲しいことや辛いこと 思い叶って「別世界」軒の荵の風鈴も 情が移って鳴り交わす 

 別世界とは、妾宅のことを言っています。大正の中頃、ほうずき売りの声で昼寝からさめた女が、苦しかったこと、悲しかったつらい過去を思い出し、日陰の身として、人に冷たい眼で見られる境遇であっても、思いがかなって、この方が身軽で気骨が折れず、気疲れせず、男性への愛が深まりますと唄っています。
 この小唄は、作詞者、英が同名の「別世界」という地唄から想いを得て作詞したものです。
 この曲の三味線の送り(小唄の最後、三味線だけの音曲を付けること)は風鈴が風に吹かれて、急に鳴り出したかと思うと静かになるという手付がついていて、面白く見事なものです。
 夏本番、くれぐれも体調を崩さないよう気を付けてお過ごし下さい。
 小唄 土筆流家元
 参考・木村菊太郎著「江戸小唄」
 三味線や小唄に興味にある方、お聴きになりたい方、楽しい教室です。お気軽にご連絡下さい。また、中日文化センターで講師も務めております。稽古場は「料亭ヤマニ」になっております。 電話059・228・3590。