ベンチに座っていたら、背後からおじさんたちの声が聞こえてきた。「昨夜フキノトウの天ぷら食べたんや。フキノトウを漢字で書けるか。これがなかなか書けやんのや」「そんなん書けるかい」
 私はフキという漢字を思い浮かべた。草冠に路と書くのではなかったか。路端に生えるから蕗かなと思う。ではトウはどんな漢字だったか。草冠に童ではなかったか。花の子供の集まりだから。
 そこでスマホで調べてみたら、蕗の薹のトウは童ではなかった。そんなん書けやんわと私も口に出しそうになった。
 漢字は難しい。読むのは結構得意だが、書くのは苦手。キーボードで文字を出すようになって四十年ぐらいになる。指を動かせば漢字が出てくるからペンで一画一画書くことを忘れてしまった。
 檸檬とか薔薇とか、クイズになりそうな漢字もある。顰蹙とか憂鬱とか、そういう字は書けなくても良いだろう。
 今の若い人は小さい時からキーボードやタッチパネルで文字を出しているのだから、漢字を書くことなど無駄だと感じているのではないだろうか。書き取りなどやりたくなさそうだ。
 でも漢字は意味を含んでいる。山脈、食堂などの語を見ればだいたいの意味が分かる。漢語は短い表現で意味を伝えられる。木へん、金へんなどと書きながら意味を覚えることも大事かと思う。 
       (舞)

三重県総合文化センター第2ギャラリーで、29日㈭〜3月3日㈰までの10時〜16時(最終日は15時まで)、『第十六回桂筆会かな書展』が開かれる。主催=桂筆会、後援=正筆会・津市教委・中日新聞社、本紙。
 「桂筆会」は日本の文化である仮名書道の研究を目的としたグループ。 会員の年齢は20歳代~80歳代と幅広く、習い始めて数年の会員から30年以上というベテランまで、主宰の高根桂祥さんが津市一身田大古曽で開く教室で日々研鑚を積んでいる。展示会は2年半に一度のペースで開催している。  
 今展では、各自が好きな歌や詩、言葉を多彩に表現した折帖、臨書、軸装、額装、巻子など100点以上を展示。遊絲連綿(二文字以上を続けて書く書体)の美しさや、書く人によって異なる味わいが楽しめる。
 高根さんは「今回は、かな作品に加え、誰もが読め、親しまれる調和体作品にも挑戦しました。来場者の皆さんに楽しんで頂けるよう心を込めて作品創りしました。早春のひと時をゆっくり御覧下さい」と話している。問い合わせは高根さん☎津232・6369。

 時刻は17時半過ぎ。日没と共に闇のとばりが景色を覆い尽くそうとする中、東海道五十三次の五十番目の宿場町水口宿に入る。ゴールの近江鉄道の水口石橋駅は目前である。水口宿は前回紹介した水口岡山城がある大岡山の南麓に整備された宿場町で、江戸時代後期には40余の旅籠と、本陣と脇本陣も置かれるなど、街道一の人止場と呼ばれるくらい大勢の人々でにぎわった。この集落で最も印象的なのは東海道の道筋が東西の入り口から約1㎞ほどの区間で3つに綺麗に分かれ、それに沿う形で町並みが形成されているところだろう。このまちで有名なのは 毎年4月に行われている水口曳山まつり。町の南に位置する水口神社の例祭で、江戸時代中期に始まっており、滋賀県の無形文化財にも指定されている。各町で受け継がれている豪華な曳山が囃子に合わせて練り歩く。曳山は地域のシンボルにもなっており、三筋の西側の入り口には曳山を模した立派なからくり時計も置かれている。地域のまつりを受け継いでいくためには、多くの人の熱い思いが不可欠である。皆が熱い思いを持っているが故に、一致団結もできるが、時に衝突もある。そんな紆余曲折を繰り返しつつ、あるべき形をつくりあげていく。つまり、伝統は革新の積み重ねなのである。
 その後、間も無く近江鉄道の水口石橋に到着。時刻は18時前。総距離は約37㎞。鈴鹿峠越えを含むので、これまでの徒歩旅でも指折りの過酷な行程となった。駅は無人なので、改札からホームへと入り、ベンチに腰掛ける。近江鉄道は滋賀県最古の私鉄で、その歴史はなんと120年を超える。地元の人たちからは電車の走る音にちなんだガチャコンの愛称で親しまれている。ホームに到着した電車はワンマン運転。いかにもローカルな感じで落ち着く。車内に入って吊革にぶら下がりながら周囲を見回してみると、楽しそうに会話をする高校生の男女、本を読むスーツ姿の男性等々、私も含めて家路につく人ばかり。徒歩旅を始めて以来、出来るだけローカル線に乗りたいと思うようになった。新幹線や特急を使えば、あっという間に目的地にたどり着けるが、道中は非常に味気なく感じてしまうからだ。耳にしたことのない駅名、道中の車窓から見える景色、ドアを開けた瞬間入ってくるにおい、車内で出会う地元の人々の表情…。私には、それら全てが愛おしい。さりとて、私は鉄道マニアという訳でもないので、電車に乗ることが目的というわけでもない。つまるところ、道中から目的地まで余すことなく楽しみたいという欲張りな性分なのである。
 「次回は草津辺りまでいけるといいな」。近江鉄道に揺られながら頭の中に酷くいい加減な滋賀県地図を描き、これまた酷くいい加減な憶測を基に次回の行程をイメージする。もちろん、そんなことをしても、確かなことなど何一つわからない。こういう時、便利な決め台詞がある。「ええい、ままよ」である。次回も楽しい旅になることだけは確信できる。(本紙報道部長・麻生純矢)

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