津ぅるどふるさと

伊勢国司・北畠氏を祀った「北畠神社」

伊勢国司・北畠氏を祀った「北畠神社」

 美杉町下之川の仲山神社を後にした私たちは更に、美杉町の奥を目指して進んでいく。
 「走れば走るほど実感するけど、良いところだな」と、いつも小難しい表情のM君らしからぬ晴れやかな笑顔を浮かべている。確かに、澄んだ空気を味わいながら、ペダルを回しているだけで、幸せな気持ちになってくるから不思議だ。
 ここには〝なにもない〟がある。言い換えるならば目に見えない大切なものがそこかしこに息づいている。それは現代人が忘れてしまった自然との接し方や濃密な人付き合い、ゆっくりと流れる時間だったりと枚挙に暇がない。物質的な豊かさだけでは、人は本当の意味での幸せを手に入れることは出来ない。ちょうど、戦に明け暮れた武士がその空しさに気づき、晩年に出家するように、我々の生活が発展を続けるほどに、ここに立ち返ろうとする人が増えるのではないかと思っている。
 スローペースを保ちながら川沿いの道をしばらく走ると、多気の集落に到着。「北畠神社」で自転車を停める。この神社の主神である北畠顕能公は南朝を代表する武将のひとりであり、伊勢北畠氏の栄華を築いた人物。境内にある碑には、「いかにして 伊勢の浜荻 吹く風の おさまりにきと 四方に知らせむ」という彼の遺した歌が刻まれている。歌には明るくないが気品と教養に満ち溢れた巧みな言葉の配し方がなんとも美しいと思う。二人して碑を読み上げながら、大和言葉の妙味に酔いしれた。

来年度中に復旧する「名松線」の鉄橋

来年度中に復旧する「名松線」の鉄橋

 その後、道の駅美杉で一休み。隣には、美杉町でロケが行われた映画「WOOD JOB!~神去なあなあ日常」の記念館。あいにく土日祝日開館なので、この日は入れなくて残念だったが、ロケ地ツアーも含めて大変盛り上がっているようだ。散々取り上げられてきたので、内容にはふれないが、美杉地区や林業が活性化するきっかけになればと思う。原作となった三浦しをんさんの小説やその続編も、映画とは違った面白さがあるので、未読の方にはオススメしたい。多分、久居という言葉があんなにも頻繁に出てくる小説は、他にないと思う。
 しばらく休憩し、体力が回復した私たちは、道の駅からまっすぐ奥津方面へ。徐々に斜度を増す坂道を登っていくと、目の前に関西と伊勢神宮を結ぶ伊勢本街道の難所として知られた飼坂峠が見えてくる。今ではトンネルが通っており、交通は容易だが、本来の道は中々に手強い。流石に今日は、トンネルを抜ける。
 夕暮れも近づいてきたので、今日はここでタイムリミット。白山消防署美杉分署の交差点から八知回りで車のある白山町まで戻ることにする。途中には、来年度中の復旧が予定されているJR名松線の線路や鉄橋が見える。様々な課題を抱えているのも事実だが、素直に再び電車が走る日を心待ちにしている。(本紙報道部長・麻生純矢)

そびえ立つ「君ヶ野ダム」の巨躯

そびえ立つ「君ヶ野ダム」の巨躯

 「リバーパーク真見」から、県道15号を上流へと遡っていくと、すぐに美杉町へと入る。
 もちろん、美杉町には、幾度となく来たことがあるが自転車でここを走るとは思ってもみなかった。芸濃町から始まったこの旅も思えば、遠くまで来たものだ。
 しばらく道なりに直進。美杉町竹原で名松線踏切手前の分岐を下之川方面へと進んでいく。やがて、そびえたつコンクリートの大山が見えてくる。そう。君ヶ野ダムである。
 その巨躯を仰ぎ見るように走る坂道をペダルに力を込め、一気に登っていく。このダムの好きなところは道から〝顔〟をじっくりとみられるだ。
 昔、ダムマニアの友達に携帯電話でこのダムを撮影した画像を送ったところ、ほどなく「立派な重力式ダムだね。下の方にある放水口がかっこいい」と返事が返ってきたことがある。普段なにげなく見ていたダムの建築方式がいくつもあることをこの時初めて知り、人の趣味趣向の多様さに感心したものだ。
 下之川方面へ向かう道は車の交通量が少ないため、非常に快適なサイクリングコースだ。鮮やかな新緑を水面に映すダム湖や清涼な空気。どれをとっても素晴らしい。最近、始めた走り込みの効果は絶大で、肉体的にも余裕が満ち溢れているのが自分でも分かる。いつもは辛口のM君も「やっぱりな。今日はいつもと違って体幹がブレてないなと思ってたんや」と彼らしい言葉をかけてくれた。
 のんびりとしたペースで進んでいくと、毎年2月11日に行われる奇祭「ごんぼ祭」で有名な仲山神社に到着。この祭りの内容を簡単に説明すると男性器を模した丸太と女性器を模した稲わらを乗せた神輿が境内を練りながら激しく合体し、子孫繁栄と五穀豊穣を祈るというもの。tsurude3
 早速、鳥居の前に自転車を停めて、境内へ入っていく。立派な御神木が立ち並ぶ参道の途中には、異形の狛犬が鎮座している。ほっそりとした体に大きな目。どことなく西洋の建築物の屋根に置かれるガーゴイルに似ている気がする。tsurude4
 社殿の中を覗き込むと、前述の性器を模した丸太と稲わらが祀られている。シャイなM君は、実物を見て気恥ずかしそうな様子。確かに生物としての根源をストレートに表現した祭礼には少々刺激的な印象を受ける人も少なくないだろう。しかし、そんな恥じらいを捨て去り、あえて原初の営みに立ち返る行為をするからこそ、そこに神が宿り、生命のきらめきを感じられるのだと思う。にぎわう祭りの様子を思い浮かべながら境内を後にした。(本紙報道部長・麻生純矢)

こぶ湯のすぐ下に流れる清流・雲出川

 こぶ湯のすぐ下には、雲出川が流れており、簡単に川原へ降りられるようになっている。清流を前にしたM君は澄んだ水に心を奪われている様子。アウトドア派の彼にとって、更に上流をめざす今日の行程は楽しいものになるはずだ。
 家城神社を後にした私たちは、たわわに穂を実らせた麦畑の中を走り、県立一志病院の前から、南家城の集落を美杉に向って抜けていく。今では少し寂しくなってはいるが、ここの街並みは古き良き時代の温もりを感じさせてくれる。
 再び、県道15号に出るとまっすぐ南下。雲出川沿いに立てかけられた藤原千方伝説の地と書かれた看板を発見。M君は千方の名を見ても、余りピンとこないという顔をしていたので「刀や矢も通さない頑丈な体を持つ金鬼、水を自在に操る水鬼、突風でどんな敵も吹き飛ばす風鬼、完全に気配を消し去れる隠形鬼という4匹の鬼を従えて、朝廷に反逆した豪族だよ」と簡単に説明をする。M君は「平将門みたいな感じの人か」とうなずく。古くはローマの剣闘士スパルタクス、日本では明智光秀や天草四郎など、反逆者と呼ばれる人物たちは言い知れぬ魅力を秘めている。千方は彼らに比べると、流石に知名度は劣るがファンタジー小説やゲームなどに登場することもあり、意外と若い世代に名を知られている。

たわわに穂を実らせた家城神社近くの麦畑

「リバーパーク真見」近くの橋

 その看板のすぐ近くには「リバーパーク真見」。豊かな自然の中、気軽にバーベキューや川遊びも楽しめるため、夏になると大勢の人たちで賑わう。興味津々のМ君を連れて、軽く公園内を散策。一通り回ったあと、川べりに自転車を停めて、しばし目をつむる。そして、川のせせらぎを耳にしながら新鮮な空気を胸いっぱい吸い込むと、どれだけ文明が発達しようとも人間は自然の一部であることが実感できる。このまま、いつまでもゆっくりしていたいが、そうもいかない。名残惜しいが公園を後にする。
 さて、この先はいよいよ美杉町。まだまだ今日はこれからが長い。(本紙報道部長・麻生純矢)。

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