社会

津市は遊休公共施設の利活用策の一環として、旧安西雲林院幼稚園=津市芸濃町北神山=を市内の外国人技能実習生を教育する団体との間で賃貸契約を結んだが、地元自治会の反発もあり、先月、団体からの申し入れで契約が白紙に戻った。市の判断の甘さが招いた結果で、行政の信頼が揺らぎかねない失敗を今後の教訓にすべきだろう。

 

利活用をめぐり賃貸契約が白紙に戻った旧安西雲林院幼稚園

利活用をめぐり賃貸契約が白紙に戻った旧安西雲林院幼稚園

人口減少と少子高齢化の影響で全国の公共施設の統廃合が進められている。津市でも維持管理コストの面から、使い道を失った遊休公共施設の利活用(賃貸、売却など)は大きな課題。
そのひとつが令和2年3月末に閉園した「旧安西雲林院幼稚園」。津市は今年4月、同幼稚園施設の利活用策として、外国人技能実習生に日本語教育を施し、日本全国の企業にマッチングしている協同組合「亜細亜の橋」=津市芸濃町椋本、小倉武俊代表理事=と賃貸契約を締結。しかし、これが津市と地元自治会との争いに発展していく。
この契約を結ぶに至るまでに、市と地元の北神山自治会役員(当時)の間で事前説明会を開くという口約束はあった。しかし市が選択した公告という手法上の制限で同自治会が求めていた形での事前説明会(どのような事業者がどのような事業を行うかなどを説明する場)を開けなかった。
両者間の情報共有が上手くいかないまま、今年2月1日から3月10日までインターネット上と総合支所への掲示によって広く事業者を募る公告が実施されたが、他の事業者の応募は無く、地域の外国人子弟に対する日本語教育などのボランティア活動を盛り込んだ事業内容が評価され、3月末に同組合と市は正式な賃貸契約を結ぶに至った。
一方、今年4月に賃貸契約が結ばれたことを知った同自治会は、約束した地域に対する事前説明がなく、意見を全く無視した決定だと強く反発。幼稚園を地域住民の憩いの場として活用する案があることを理由に契約の白紙撤回を求める署名運動を行い、地域住民200名程の署名を集め6月に津市に提出した。
市も契約自体は法的に問題無いとする一方、地域への説明不足を認めて陳謝。話し合いの場を持とうと同自治会にコンタクトを試みたが、反発が強く折り合いがつかない状態が続いた。
そんな状況から「地域住民と協力する形の事業案の実行は困難」と判断した同組合は、8月に契約解除を津市に申し出た。これを受け津市は9月初めに賃貸契約を白紙に戻し、一般競争入札による施設の売却(時期は未定)に方向転換した。
同自治会は白紙撤回はされたものの、施設の売却という結論が出たことに納得せず、市と話し合いの場を持つことに。市は売却に至った理由を「幼稚園に隣接する旧安西小学校を地域の交流拠点として整備するため、地域に二つの拠点は必要ない」と説明。一方、自治会側は、手狭で駐車場の少ない北神山区公民館の代替施設として使用する案を掲げているが、今後は、この案の妥当性を検討することになる。
入札になった場合、地域住民の中には、同組合が今度は施設の購入に動くのでは、と噂する声もあるが、小倉代表理事は「全くそんなことは考えていない」と一蹴する。
公共施設の賃貸契約が、このような経緯で契約解除に至るのは津市では初めて。原因を追求すると、やはり対応の甘さは否めない。今回は市と地元自治会とのいさかいが起こっただけでなく、市の定めた手順に従って契約を結んだ同組合が施設を実質的に使えないにも関わらず、契約期間中の諸経費などの金銭的な負担と労力を強いられるという理不尽な扱いを受けた。行政として余りに不誠実といえ、二度と同じことが起こらないよう対策すべきだ。
今後も少子化や社会情勢の変化によって、統廃合で使われなくなる学校や幼稚園などは増えるが、地域住民の思い入れも強く、デリケートな対応が求められることも改めて認識すべきだろう。
今回の最大のミスは、手法の選択。市内に同業他社がいることもあり、「公平・公正を期す」という大義名分を重視したため、公告という手法で事業者を募り選定する形をとった。この手法で市が開ける説明会は、公告の期間、応募資格のある事業者は非営利で公共性の高い業種、予想される利活用案例の紹介程度に留まり、事前に事業者の紹介や事業案の詳細を住民に伝えることは不可能。詳細を地域住民に報告できるのは正式に契約を結んだ後になるため、説明会を開いたところで同様の反発を招いた可能性が高い。言うなれば、〝出たとこ勝負〟となってしまい、地域と事業者双方に大きなリスクがある手法といえる。
今回のケースは、施設がそう恵まれた立地ではないので、同業他者が応募してくる可能性は低かったため、市は事業者との随意契約という手法を選ぶのが現実的だった。そうすれば、契約前の検討段階で事業者の紹介や事業案の説明会を行えば、地域との意見交換や議論を交わすことができた。その結果、事業が行えないと判断した場合も、契約前であれば事業者が余計な負担をする必要も無くなる。
他地域で幼稚園施設が地域住民により利活用されている事例もあるが、その施設でしかできない妥当性を盛り込んだ案を打ち出している。今後、利活用を考えていく地域では、住民サイドも閉園が決定して施設が空くことが確定した段階で、いちはやく地域の総意を具体的にまとめて市に示すことが肝要だ。
公有財産の適切な管理を考えていく上で、行政は維持管理コストなどを加味した市全体の利益を考える大局的な目線と、立地する地域のニーズを考える局所的な目線を両立した非常に繊細なかじ取りが求められる。
その過程で時に行政と地域の意見が対立することもあって然るべきだ。しかし、今回のように対応の甘さが原因で、市の判断が実質的に覆えれば、信頼を失墜しかねない。二度と同じ失敗が繰り返されないよう教訓となる事例といえる。

神武天皇陵

神武天皇陵

 

JR畝傍駅を過ぎると国道165号は、国道24号と合流。京都市と和歌山県を結ぶこの国道は以前、国道163号を終点から起点まで踏破する旅の際に、少しだけ通ったことがある。なんだか旧友と再会したような気持ちになる。
そのまま国道を南へ進むと、大和三山の最後の一つ。畝傍山が見えてくる。この山の麓には、初代天皇・神武天皇の宮があったとされ、神武天皇を祭る橿原神宮、神武天皇陵などがある。世界でも類まれな2681年もの月日を積み重ねてきた皇室の歴史を刻んだ神武天皇即位紀元(皇紀)。その始まりの地である。国道から畝傍山を眺めていると、津市からここまで国道を遡ることが、日本の歴史を遡るような気持ちになってしまう。私はどこまでも単純で浅はかな人間だ。
ただここから大阪へ向かう国道にいささか不満を感じている。というのも高架化された自動車道として整備されているため、歩くことが叶わないからだ。しばらく国道に沿った側道を延々と歩くこととなる。山間部を走る区間が多かった国道163号ではこのようなことは無かったが、人口の多い市街地を走るという事情の違いがそうさせるのだろう。近くて遠い存在として傍らにそびえる国道に複雑な思いを抱き

畝傍山山頂から見る国道165号

畝傍山山頂から見る国道165号

ながら、側道を歩き始める。「会えない時間が愛を育む」。婚活アドバイザーでもある私は、もっともらしい言葉で自分の心を慰める。いつ再び側道ではなく、国道をこの足で踏みしめることができるのだろう。不満は不安へと変わっている。
後日、追取材のため、橿原神宮やその周辺を訪れた。明治に創建された橿原神宮の歴史自体はそれほど長くはないが、広大な境内は穢れなく厳かな神域。それを取り囲む鎮守の森が広がっている。神武天皇陵も非常に厳かかつ整然とした神域。連綿と続く我が国の原点を垣間見ると、不心得者の私ですら、思わず背筋が引き締まる。古の大王は時の彼方で何を思うのだろう。
その後、境内にある登山道から畝傍山の山頂をめざす。標高199mと高くはない山だが、盛夏ということもあり、頂上へ登った頃には汗だくに。黒いカーディンガンの表面にはうっすらと白い塩が浮かんでいる。山頂から北を走る国道165号をじっくりと眺める。側道を歩いた時は、国道が私を見下ろす立場であったが、今度は私が見下ろす立場である。国道を歩けないことを勝手に「裏切られた」と認識し、復讐心をたぎらせている自分は、まるで自分を捨てた許嫁お宮を恨む金色夜叉の貫一のようではないか。我に返ると深刻に考えている自分が余りにも滑稽で思わず、口元がゆるむ。
国道の側道を歩く旅も結果を先にお話すると、楽しいものだった。次回からはそれを紹介するとしよう。
(本紙報道部長・麻生純矢)

津市東丸之内の百貨店「松菱」は9月から来年3月にかけて、首都圏の百貨店で三重県内の食品業者を集めた「三重の食フェア」を開く。県の受託事業として、新型コロナで苦戦が続く業者の販路開拓を支援するだけでなく、松菱も業者とのつながりを深め、自社の品揃えを充実させる。百貨店が他百貨店で催事を開くことは全国的にも珍しく、「地域商社」という新たな役割を打ち出す取り組みに注目が集まる。

 

 

百貨店「松菱」(津市東丸之内)

百貨店「松菱」(津市東丸之内)

同フェアは、三重県から受託した販路開拓事業として松菱が首都圏の百貨店の食品売り場の一部や催事場を借りて行うもの。県内食品業者を募り、県内産の弁当、惣菜、菓子などを販売する。参加希望業者は、松菱に出店料を払う形だが、行政の補助が受けられるので、交通費などの出店コストが軽減されるのも特徴。出店先は日頃から松菱と付き合いがあり、協力を求めやすい首都圏の百貨店が中心。出店スケジュールは、9月1日から松屋銀座店=東京都=を皮切りにスタート。京王百貨店新宿店などで来年3月まで開催していく。
多くの客が訪れる呼び水となる物産展など、百貨店の催事は他売り場への集客目的でも開かれるため、同フェアのように他百貨店で開くという形は全国的に見ても非常に珍しい。参加する県内食品業者にとって、大都市との販路拡大になるのはもちろんだが、大都市の百貨店にとっても、地方の良質な商品を集めた催事を開けるのでメリットは大きく、松菱と商圏が重なっていないため競合にもならないという。松菱としても地元業者とのつながりを深めて自社の品揃えの強化が図れるだけでなく、同フェアでの売れ行きを参考にしながら県内業者と商品の共同開発も検討していく。
既存の考え方に捉われない新たな試みに対する反響は大きく、首都圏の百貨店の担当者や出店希望業者からの問い合わせも多数寄せられている。現在、東京、神奈川、埼玉の百貨店を中心に調整を進めている。更に、関西などの百貨店でも、同様の催事を開いていく予定。
全国的にも地方の百貨店は大型ショッピングセンターやネット通販の台頭で逆境が続く。三重県内でも、最大5店舗あった百貨店は徐々に姿を消し、今では松菱と近鉄百貨店四日市店を残すのみとなった。時代の流れを読んだ生存戦略を練っていく過程で、唯一県内に本社を置く百貨店である松菱は、地元に根付いた強固なネットワークを生かす立ち回りが求められる。そのような背景で企画された今回のフェアに色濃く打ち出されているのは「地域商社」としての役割だ。
政府が掲げる「地方創生」で地域が誇る物産などを地域外へと広く販売していく「地域商社」の存在はキーとして注目されているが、実践するためのハードルも高く、成功例は決して多くない。
地方の百貨店の新たな在り方と可能性を示す試金石となる今回のフェア。その成功と今後の展開が期待される。

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