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歩道橋を渡っていたら、救急車の音が聞こえた。車でいっぱいの二車線を分ける白線の上を救急車がやってくる。上から見ると、車の動きがよく分かる。車の列は左右に寄って救急車を通そうとしている。
もたもたと救急車の邪魔をしている車があった。あのような車がいると、緊急であってもそんなに速度を出せないだろう。
実際、車の運転中に救急車の音を聞いて、どこから来ているかわからないことがある。バックミラーをチラチラ、周囲をキョロキョロ見ながら、とりあえず減速する。前後の車の動きに気を付けて、救急車の邪魔はしないように。そうしたら、分離帯の向こうを救急車が走ってきたりもする。
歩道橋から見ているように、緊急車両の動きが分かったらと思う。カーナビに緊急車両の位置情報を載せるのはどうだろう。それぐらいの技術なら、すでに可能ではないだろうか。
車に音が後ろから近づくか、前から近づくかの判断支援機能があれば、キョロキョロしなくて済む。交差点では左右も必要だろう。緊急車両の音とただの騒音との判別が難しいかもしれないが、音の方向を示す機能があれば役に立つ。
救急車は歩道橋の下を進んでいく。どんな人が乗っているのだろう。早く病院に運んで助けてほしい。もたもたしていた車の人もそう思っているはずだ。(舞)

津市榊原町の温泉旅館「湯元榊原舘」は、オープン6周年を迎える「道の駅 津かわげ」=津市河芸町=と連携。同道の駅で「湯禊水」や、月替わりで好評を博している「晦日餅」を販売するほか「みえを知る旅」と題して、三重県内の歴史をテーマにした講演と温泉入浴をセットにした企画も行い、広域的な三重の観光アピールを行う。

 

 

湯元榊原舘の前田社長

湯元榊原舘の前田社長

榊原温泉は伊勢神宮参拝の前に身を清める湯ごりの地。現代でもぬめりのあるアルカリ性単純泉は美人の湯としても多くのファンを獲得している。湯元榊原舘では、コロナ禍で観光産業が苦境に立たされる中、榊原温泉や地域の魅力にふれる機会を作りたいと新たな取り組みをしている。今回の「道の駅津かわげ」との連携もその一環。
第一歩として三重県の南北を結ぶ中勢バイパスに立地し、日々多くの人たちが訪れる道の駅で現在開催中の6周年感謝祭(明日まで)に協力。
具体的な内容は、泉水を500mlのペットボトルにつめた飲む湯ごり「湯禊水」の販売(1本200円)。来月からは好評を博している「晦日餅」の販売予約も毎月実施。「晦日餅」は「夢菓子工房ことよ」=四日市市西日野=の岡本伸治さんとのコラボ商品。古くから毎月1日に伊勢神宮に参拝して1カ月の息災を祈る風習「朔日参り」にちなんだ月替わりの餅。販売は毎月最終日と1日。5月のデザインは南天で中はほうじ茶餡。1個450円(税込)月末2週間前に予約締切。
そして、古くから湯ごりの地として役割を果たしてきたという歴史を踏まえた企画「みえを知る旅」を道の駅津かわげと津市観光ボランティアネットワーク協議会の協力で開催。多彩な文化的背景を持つ三重県の歴史を知ってもらおうと、様々な講師を招いた講演と温泉入浴をセットにした企画。①「伊勢参り…旅と街道ものがたり」…5月30日10時〜12時、講師は三重郷土会常任理事の浅生悦生さん②「伊勢国司北畠氏VS伊勢国人長野氏」…6月6日10時〜12時、講師は皇学館大学文学部教授の岡野友彦さん③「伊勢商人と4つの道」…7月4日10時〜12時、講師は三重短期大学名誉教授の茂木陽一さん④「伊勢商人が町を編集する」…7月25日10時〜12時、講師は本居宣長記念館名誉館長の吉田悦之さん⑤「三重県の茶『伊勢茶の歴史』を辿る」…8月8日10時〜12時、日本茶インストラクターリーダーで三重県茶業史編集者の高瀬孝二さん⑥「伊勢神宮…歴史と神秘、そして謎」…8月29日10時〜12時…講師は浅生悦生さん。会場は湯元榊原館会議室。事前申し込み制。 参加は、湯元榊原舘、道の駅津かわげ、アスト津2階の津市観光協会と三重観光連盟、三重県庁1階の三重観光局に設置されている専用申込用紙に記入し、FAXで送信。定員先着60名。参加費は6回分6000円(入浴料込み)の一括払いが基本だが、2回分2000円の分割払いも可。募集締め切りは5月20日。
津市は三重県の真ん中で県内を結ぶ役割を果たすことができるため、湯元榊原館の前田諭人社長は「三重県全体の観光を盛り上げる一助となれば嬉しい」と語り、今後も道の駅津かわげやその運営会社の新三商事㈱との連携も深めていく予定。
みえを知る旅についての問い合わせは湯元榊原舘☎059・252・0206。

先月、国の文化審議会は全国の90件の建造物を登録有形文化財に指定するよう文科相に答申したが、うち津市内の建造物は4箇所7件が含まれている。その中の恵日山観音寺観音堂=津市大門=は、昭和20年の戦災によって焼け落ちた国宝指定を受けていた観音堂の面影を受け継ぐ。いずれも地域になくてはならない景観などが評価された。

 

の登録有形文化財答申を受けた「津観音観音堂」

の登録有形文化財答申を受けた「津観音観音堂」

焼失する前の旧国宝・津観音観音堂

焼失する前の旧国宝・津観音観音堂

登録有形文化財は、築50年が経過した歴史的な建造物のうち、一定の評価を受けたものを文化財として登録し、届出制という緩やかな規制で保存と活用を促進する制度。今回は津観音のほか、旧小渕医院=津市一志町波瀬=、旧倭村役場=同市白山町中ノ村=、旧吉田医院=同市白塚町=が選ばれている。
恵日山観音寺は真言宗醍醐派の別格本山。津市民からは「津観音」「観音さん」と呼ばれ親しまれており、市内外から多くの参拝者が訪れる。津観音は和銅2年(709)の開山以来、室町時代から江戸時代の将軍家や津藩主藤堂家の祈願所として加護を受けた。また、国府阿彌陀如来が伊勢神宮の天照大神の本地仏(同一存在)とされたため、お伊勢参りの参拝客でもにぎわった。旧国宝の観音堂と阿弥陀堂、7つの塔頭寺院を含む41棟を擁する大寺院だったが、昭和20年の戦火によってすべて焼失してしまった。
有形登録文化財に指定される観音堂は昭和43年(1968年)に建てられたもの。総面積約133坪の鉄筋コンクリート造だが、京大名誉教授も務めた建築史家・村田治郎氏の監修のもと、焼失した観音堂を復元。屋根は寄棟造本瓦葺で四周に縁を巡らせ、参拝所の外陣、内陣、後陣の3列構成。外観にも意匠が施され、以前の姿を今に伝える復興建築。
津市の中心市街地、大門地区の景観を形成する上で無くてはならない存在としても高い評価を受けた。

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