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 5月19日13時30分~15時、津センターパレス2階ホールで、ときめき高虎会が主催する歴史講演会「津藩家臣団の形成と構造~高虎時代を中心に」が開かれる。
 講師は元三重県史編さん事務局職員の藤谷彰さん。令和6年度は藤谷さんによる4回の連続講座で今講演会が第1回。
 豊臣大名であった津藩祖・藤堂高虎時代の家臣団がどのように形成されていったかや、その構造を分限帳や由緒書を元に分析していく。更に家臣の中で大名格の者たちが藤堂家の権力に包摂されていく様や陪臣家臣団について藤堂采女家の家臣団を事例に検討する。
 参加費は一般600円。問い合わせは赤塚さん☎090・7313・0182へ。

講師の倉本一宏さん

斎宮歴史博物館(多気郡明和町竹川503)で開催中の開館35周年記念春季企画展「源氏物語と斎宮─王朝のきらめき 光る君の栄華」に伴う記念講演会を実施。現在、参加者を募集している。開催日は5月18日㈯13時30分~15時30分まで。
 講師は、倉本一宏さん(国際日本文化研究センター名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授)。
 演題は「紫式部 その三つの人生」。
 倉本さんは1958年、三重県津市生まれ。京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位修得退学。専門は日本古代史、古記録学。博士(文学、東京大学)。国際日本文化研究センター教授。NHK大河ドラマ「光る君へ」の時代考証を担当する。
 著書に『藤原道長「御堂関白記」全現代語訳』『藤原行成「権記」全現代語訳』(講談社学術文庫、ともに全3巻)、『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書)、『藤原氏―権力中枢の一族』(中公新書)など。編著に『現代語訳小右記』(吉川弘文館、全16巻)がある。 
 当日は世界最高峰の文学である『源氏物語』を著した紫式部のリアルな生涯を三つの視点から読み解く。
 特に三つめの「彰子の申次女房として」は、おそらく紫式部にとっては人生の主要な部分であったと思われる。時間があれば、道長が『源氏物語』や『紫式部日記』の執筆に及ぼした影響を考え、『源氏物語』と『紫式部日記』が道長なくしては成立しなかったことを明らかにする。
申込方法=こちらから 
 申込期間=5月12日㈰必着。
 配信方法=参加申込者にユーチューブの配信用アドレスと資料のダウンロード用アドレスが5月15日㈬までにメールで連絡がくる。
 講座終了後1週間程度のアーカイブ配信を予定している。
 その他=インターネットに接続できる機器・回線(データ通信料)は参加者自身で用意・負担。
 諸般の事情により、やむを得ず講座を中止する場合がある。
 問い合わせは、学芸普及課(記念講演会担当)
☎0596・52・3800(月・日を除く9時~ 16時)。
 同博物館で開催中の「源氏物語と斎宮─王朝のきらめき 光る君の栄華」は、源氏物語に描かれる斎宮、伊勢斎王を切り口に、歴史上の伊勢斎王とのつながりや、平安時代の貴族の日記に記された斎王の儀式、源氏物語の作者・紫式部の人物像なども絡めつつ、源氏物語と斎宮の深いゆかりを紐解く。会期は6月2日㈰まで。
 観覧料=一般300円、大学生240円、高校生以下無料。

 水口城跡からは旧東海道を西へと進んでいく。今や主要道路としての役割は北を並走する国道1号に譲っており、ロードサイドの店舗も充実している。きっとこの辺りを訪れたことがある人も、そちらのイメージが強いことだろう。一方、街道沿いの風景は「ひなびた」という言葉がぴったり。古い建物はそれほど多くないし、今やこちらの道でも車が主役ではあるものの、多くの旅人が行き来をする中で磨かれてきた地域のアイデンティは静かに息づいている。往時の風景は、ところどころに遺された案内看板や一里塚の跡といった痕跡から想像するしかないが、裏を返せば、想像せずにはいられない。人の少ない平日の午前中に、のんびりと徒歩旅を堪能しているのは役得という他ない。
 4㎞ほど進むと野洲川に突き当り、そこには横田の渡し跡がある。鈴鹿山脈の御在所岳を水源とする野洲川は琵琶湖に流れ込む川の中で最大の流域面積(387㎢)を誇っており、明治時代あたりまでは横田川と呼ばれていた。江戸幕府が整備をした東海道には、舟に乗ったり、人夫に背負われて渡河が必要な十三の渡しがあった。横田川の渡河地点で、川幅は300m以上で往時に旅人たちは船賃を支払って渡っていた。明治24年(1891年)に橋が架けられることで渡しは無くなったが、たった130年ほど前と考えると、「つい最近」である。渡しの跡から豊かな水をたたえる野洲川や対岸を眺め、往時の旅人たちの姿を思い浮かべる。この渡しには文政5年(1822)に建てられた高さ8・1mの巨大な常夜灯がある。水運と関わりの深い金毘羅権現の名と共に、多くの寄進者の名前が刻まれている。東海道でも一際大きかったそうで、ドイツ人の医師で植物学者のシーボルトも、江戸への旅路で目にしたこの常夜灯の偉容を記録に残している。彼もきっと今の私と同じで、次から次へと押し寄せる未知との遭遇が楽しくて仕方がなかったに違いない。
 このまま、徒歩で野洲川を渡るわけにはいかないので、横田の渡し跡から国道1号へと移動。ほどなく、甲賀市と湖南市の市境。湖南市はその名の通り、琵琶湖の南側にある人口5万人ほどの小さな都市。その名とは裏腹に、琵琶湖に面していないのが意外だが、琵琶湖の南側を指す湖南地方が由来のようだ。国道1号で大津方面へと向かう際、湖南市を通過したことはあるが、じっくり歩くのは初めてなので胸が高鳴る。横田橋で野洲川を渡り、JR草津線の三雲駅で休憩し、スマートフォンの地図アプリでルートを確認。旧東海道と国道1号は野洲川を南北に隔てる形で並走しており、湖南市の市街地は旧東海道に沿って形成されている。つまり、この辺りを味わい尽くすには街道を歩くことが欠かせないという訳である。
 時刻は12時過ぎ。駅から少し歩き、ラーメン屋に入る。席に着くと店員さんがラーメンの好みを訪ねてくるので「全部普通で」と伝える。最近は親切に麺のゆで具合やスープの濃さなどを聞いてくれる機会も増えたが「プロのベストが食べたい」というのが私の本音。もちろん、自分好みにして食べたい人が居ることも理解はしている。
 ふと、とある有名ラーメン店で働いていた友人から聞いた話が脳裏に浮かんだ。ある日、友人がラーメンのオーダーを取りにいくと、男性から「化調(化学調味料)抜きで!」と言われた。そのようなサービスはやっていないので、困った友人は店主に小声で相談したところ「普段通りにつくるから」とニヤリ。そして、友人は出来上がったラーメンを恐る恐る運んだところ、男性はラーメンのスープを口に入れるなり、何度も深く頷いたという。そんな様子をカウンター越しに見ていた店主は、友人に向けてウィンクしたそうな。結局、男はスープを一滴残らず飲み干して「以前より美味かったよ!」と満足して帰っていった。この話は、客の要望を無視したお店側の対応が不誠実と感じる人も居ると思うが、素人に口を挟まれたくないという店主の気持ちも理解できる。結果として、客を満足させつつ、店主もこだわりを曲げなかったと考えれば、この対応は両者のニーズを満たす正解といえるのかもしれない。「お客様は神様です」という言葉はあくまでサービスを提供する側の心構えに過ぎない。サービスを受ける側も、また提供する側に相応の敬意を払うのが健全なビジネスの在り方であると思う。
 カウンターで頬杖をつきながら、そんなことを考えていると、ラーメンが来た。空腹に任せて箸を進めると、あっという間にどんぶりは空になる。店員さんに一礼し、店を後にする。空腹さえ満たされれば、今日はもう恐れるものはない。(本紙報道部長・麻生純矢)

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