特別寄稿

1・テン・ミリオン計画

昭和62(1987)年9月、「海外旅行倍増計画」(テン・ミリオン計画) が策定された。ここでは、前年時点の日本人海外旅行者数552万人をおおむね5年間で1000万人に倍増することが目標とされた。
この計画は、「1980年代の日米貿易摩擦が激しい頃、日本のドル減らしを直接の目的として構想された」ものであり、当時、我が国の貿易黒字の大きさが米国等から批判されたため、その対応として積極的に海外旅行を促進した珍しい政策と評価されている。
具体的な施策として、①海外旅行促進キャンペーン等の実施、②海外における日本人観光客の受入環境の改善、③海外旅行促進の環境整備、④航空輸送の整備、⑤外航客船 (クルーズ船)旅行の促進、⑥「海外旅行促進フォーラム」の活動の推進が掲げられた。このうち、若者のアウトバウンド観光に関係する施策としては、③海外旅行促進の環境整備の中で、海外修学旅行の促進が挙げられた。
また、⑥海外旅行促進フォーラムは、テン・ミリオン計画を民間サイドから支援するために、旅行業者、航空会社、観光関連事業者、地方自治体、外国政府観光機関等によって昭和62年(1987)11月12日に設立された会議体で、その幹事会の下に海外修学旅行懇談会が設けられた。
このように、計画全体の背景として貿易摩擦の解消があるが、海外修学旅行の促進の背景には、「感受性の豊かな若い時代に外国の土を踏み現地の人々と接触を持つことは、人生経験として極めて有意義であって、日本人の国際化に資する」という考え方があった。

2・観光交流拡大計画 (Two Way Tourism )

平成3年(1994)7月、運輸省は「観光交流拡大計画」を策定した。テンミリオン計画の目標であった海外旅行者数1000万人到達が前倒しで達成され、新たな計画が必要となったことが背景にあるとされる。
「ポスト・テン・ミリオン」とも称されたこの計画では、インバウンドに軸足を置きつつ、インバウンド・アウトバウンド双方向の観光交流の拡大やアウトバウンド観光の質の向上が目指されていた。このうち、若者のアウトバウンド観光に関する施策としては、テン・ミリオン計画に引き続いて、海外修学旅行の促進や相手国の若者との交流の場の拡大が盛り込まれていた。

以上は、国立国会図書館調査及び立法考査局のドキュメントからの抜粋である。
この計画の背景には、日本製品の輸出拡大による貿易不均衡問題がある。つまり、工業製品輸出で潤う産業界のために、観光客を差し出し、地域観光経済や国内旅客輸送にはダメージを与えていたのだ。国際収支の上で、コロナ禍とインターナショナル・ツーリズムが表裏一体の関係にある事は前回書いたが、モノ貿易とインターナショナル・ツーリズムもまた表裏一体の関係なのである。
また、東日本大震災によって福島第一原発が爆発した2011年、当時の政権は、震災・自粛ムードに疲弊した地域観光経済を尻目に空前のアウトバウンド(海外旅行)・ブームを仕掛けてもいた。
その背景には、一時76円台にまで急騰した円高があるが、旅行業界はこぞって海外送客に勤しみ、この年のアウトバウンドは1699万4200人を数え、旅行収支は受取8752億円、支払2兆1716億円で、1兆2963億円の赤字となった。
残念ながら、日本の観光業界は世事に疎い。長らく不要不急産業との揶揄に甘んじてきたからか、業界としての力が弱いのだ。だから皺寄せが来るのである。
(OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

井村さん_表_220908_OL8月23日のNHKによると、日本政府は新型コロナの水際対策をめぐり、観光目的の外国人の入国制限を緩和する。これまで添乗員付きのツアーに限定していたが、添乗員がいない場合でも認めるとの方針だ。感染拡大防止として、日本政府が一時停止していたインバウンド受け入れ再開から2カ月(8月現在)。出入国在留管理庁によれば、6月が252人、7月が7903人と、観光入国が極めて低い水準だからである。
だが、個人旅行は引き続き認めない。ツアーを手配する旅行会社などがスケジュールを管理し、感染者が出た場合の対応などについても、ガイドラインを守るよう求める。このようなヒモつきでは焼石に水である。
8月31日現在、47都道府県で確認された累積感染者数は1896万7755人に対し、死者数33万9955人(昨年の2月17日から今年7月22日までのワクチン接種後死亡者1795人は含まず)。全数検査によって分母が急上昇したが、累積死亡率は0・21%へと着実に減っている。にもかかわらず、現在、訪日可能なのは、リスクが低いと判断された98の国や地域(度たびロックダウンを繰り返している中国も何故か含まれている)からのみである。これらの観光客は、ワクチン接種を受けていなくても入国時の検査や待機措置は免除され、それ以外の国と地域については、引き続き入国目的はビジネスや留学などに限定され、観光は受け入れの対象ではない。
各国の水際対策はどうか。
アメリカでは、入国規制を緩和し、6月12日からは外国から航空機で入国する際は、新型コロナの検査の陰性証明は不要としている。疾病対策センターCDCは、ワクチンの普及などによって「アメリカでの死亡や重症化のリスクが下がったため」と説明している。ただ、入国する外国人に、ワクチン接種の完了を原則として義務づける措置は継続している。イギリスでは、ワクチン接種が完了していない人に求めていた出発前や入国後の検査などを6月から廃止。フランスでは、入国の際にワクチンの接種証明書などの提示を求めていたが、8月からは不要。イタリアでは、入国の際にワクチンの接種証明書などの提示を求めていたが、6月からは不要。ドイツでは、暫定的な措置として入国の際にワクチン接種証明書などの提示を求めていたが、6月からは不要。スペインやオランダでは、EU連合の加盟国に居住する人などに限って水際での措置を撤廃、日本などから入国する場合はワクチン接種の完了などが求められている。
このような規制緩和につき、日本政府は慎重姿勢を未だ崩してはいない。しかし、国際収支の上で、日本はもう余裕がない。上の表は近年の日本の貿易収支と旅行収支で、私が毎月記録している財務省の速報値の和であり、日本のメイン・メディアが避けて通る数値の年間合計である。ご覧の通り、貿易収支の衰退と旅行収支のポテンシャルが明確に見てとれる。
日本のメディアがこのようなファクトの報道を避けるのは何故か。まず株式市場への影響、そして、単一言語による排他性、広告主の多い工業界の面子、中国共産党のゼロコロナ政策への同調等がある。が、既に多くの国々では、モノ貿易ではなくサービス貿易であるインターナショナル・ツーリズムに焦点を当てているのも事実だ。
そして、中国はコロナ禍の中にあっても、モノ貿易によってもたらされたマネーで軍備を増強し、他国の不動産にまで触手を伸ばしてきたのもまた事実である。
中国にとって、コロナ禍以前のインターナショナル・ツーリズムは、外貨が流出するだけだった。したがって、ゼロコロナ政策は、国外にある中国資本の土産店に中国人観光客が群がるように、外貨が還流する仕組みの構築を以て終了となる可能性が高い。コロナ禍とインターナショナルツーリズムは表裏一体の関係なのだ。
思い返せば、2010年に世界保健機関WTOのチャン(馮富珍)事務局長が、新型インフルエンザのパンデミック終息宣言を発表した時もそうだった。これにより、出足の悪かった同万博の入場者数は飛躍的に伸びて7308万4400人を記録、上海財経大学の試算によると、開催期間中半年間の直接的な経済効果は、1263億元(当時の日本円換算で約1兆5150億円)となった。(OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

今、伝統的な日本型旅館では、コロナ禍による団体客の激減に加え、高齢化や時代に即した働き方等によって、中居さん専従者が大きく減っている。結果として、旅一番の楽しみである夕食も、部屋食提供ではなく、ダイニングやレストランでの提供が増えてきている。これを日本文化の衰退とみるか、或いは世界標準化とみるかは意見の分かれるところだが、もともとコロナ禍以前に策定された観光庁の『観光ビジョン実現プログラム』には、民泊も含めた宿泊業と飲食店とのシェアリングを意図した「泊食分離」が盛り込まれており、時流に抗えないのも事実のようである。
とはいえ、いわゆるガストロノミー・ツーリズムは、その土地ならではの食材に、それを育んだ自然、伝統に則った調理法を、土地の文化として嗜む旅である。抹茶を椅子・テーブルでいただくことは殆どないが、供出作法が文化的一面であることは茶道が端的に表しているといえる。
例えば、特産松阪牛におけるスキヤキだが、特に火加減いかんによる霜降り肉の味付けを、手慣れた中居さんなしで堪能できる食通はそう多くはないはすである。
特産松阪牛とは、松阪牛の中でも兵庫県産の子牛を導入し、松阪牛生産区域で900日以上肥育した牛』と定義されたもので、松阪牛全体の数パーセントしか存在しない『松阪牛の中の松阪牛』『松阪牛のスペシャルグレード』である。
古来、松阪地方では、但馬地方(兵庫県)生まれで紀州育ちの若い雌牛を役牛として導入していたが、明治以降はそうした役牛を長期肥育することで、肉質の優れた松阪牛として生産してきた。
この肥育技術を継承し、松阪牛の中でも特に但馬地方をはじめとする兵庫県から生後約8カ月の選び抜いた子牛を導入し、900日以上の長期に渡り農家の手で1頭づつ手塩にかけて肥育されたものが「特産松阪牛」である。
一般的に牛を長く肥育することは、通常よりコストとリスクを負うため、熟練の農家が秘伝の匠の技を駆使し、『生きたまま熟成』させるという意味で、大切に育て上げた『究極のエイジングビーフ』だといえる。日本の農林水産省は2017年3月3日、「長期肥育による肉質の探求にいち早く特化し、その方法を確立した」として、国の特定農産物として地理的表示に登録した。
地域には、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が数多く存在している。これらの産品の地理的表示を知的財産として登録し、保護する制度が「地理的表示保護制度」である。
つまり、それは地域文化のブランディングなのであるが、ならば、その魅力を100パーセント引き出すための供出作法も、ガストロノミー・ツーリズムには欠かせないものであって、これらはSDGs⑧「すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」や、SDGs⑫の「持続可能な消費生産形態を確保する」にも合致する要素である。
ユネスコの無形文化遺産である和食に欠かせない炊飯米同様、生産性や合理性にとどまらなず、価値観を守り、共有する必要がある。ガストロノミー・ツーリズムにとって世界標準化は水と油である。
(OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

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