全曇で爆撃目標を津市に変更 雲 井 保 夫
アメリカ軍の天気予報では名古屋地方は、この日は高度5000メートルに高層雲、9600メートルに巻雲があり、30パーセントの曇天ということであった。
しかし、いざ日本近くまで来ると、2600メートルから9000メートルにかけて雲の層があり、全曇、つまり、すき間が全くない100パーセントの曇りであった。これでは目視による照準爆撃はできなかった。それで、目視照準爆撃地をそれぞれのレーダー照準爆撃目標地に変更することになった。津地区にこの日の午前5時48分に「警戒警報」が発令された。午前6時32分には「空襲警報」が発令され、けたたましいサイレンの音が鳴り響いていた。
第314爆撃航空団所属のB─29の爆撃機41機が午前10時17分から津市市街地に対して、高度1万5800~1万8600フィートからAN─M64、500ポンド〔約250キロ〕通常爆弾1216発を投下した。その数1120発である。10時54分で全弾投下し終えた〔作戦任務第289号〕
津地区が全曇ということで、津海軍工廠の爆撃はできなくなった。それで、同爆撃航空団は第1レーダー照準爆撃目標地の津市街地を午前10時38分から爆撃しだした。
爆撃は「レーダー直接同時方式」でなされた。まず34機のB29爆撃機が投弾した。次に編隊構成に遅れた4機のB29爆撃機が投弾した。午前10時54分に爆撃は終了した。 この爆撃でAN─M56、4000ポンド〔2トン〕軽筒爆弾が296発、AN─M64、500ポンド〔250キロ〕通常爆弾が1216発投下された。
一方、名古屋地区も全曇のため目視照準による爆撃ができず、第1レーダー照準爆撃目標地の津市街を爆撃すべく飛行の針路変更をした。75機のB29爆撃機が午前10時38分に爆撃を開始し、わずか16分で爆撃を完了した。攻撃高度は6000~7500メートルであった〔作戦任務第289号〕
第313爆撃航空団所属のB29爆撃機は津市街地を爆撃後、伊勢湾に抜けテニアン島西飛行場に帰投した。
この日の天候が「全曇」でなかったとしたら、津市街地への爆撃はなかったにちがいない。天候さえ良好であれば第1目視照準爆撃地の津海軍工廠と三菱重工業名古屋機器製作所が猛爆を受けていただろう。
この日の攻撃によるB29爆撃機の損失は「0」機である。
▼玉置町の惨状▲
◆「津市北堀端1866、竹材店、関竹の主人・内山竹次郎さん(50歳、年齢は空襲体験当時のもの、以下同じ)は師範学校(現在の津市市役所の在るところ)の北東かど(いまの公民館付近)の警防団第3分団詰め所にいた。
「空襲だー」との望楼からの声を聞くより早く、目の前の裁判所に爆弾が降ってきた。団員はくもの子を散らすように退避した。
道路の向こう側の空き地へ走る者、ヘナヘナとその場に座り込み、はう者…内山さんは詰め所の防空壕に飛び込んだ。防空壕の床は雨水が深かった。ぎっしり満員でもう入れない。
町内会長で第3分団長の小沢憲夫さん(54歳)と肩を組み合ったまま、みんなの尻に頭を突っ込んでいた。
「頭の上を列車が走りすぎるようなショック」からさめると小沢分団長はぐったりとしていた。「分団長!小沢さん!」腰にまわした手をゆすってみた。小沢さんは死んでいた。団員の何人かが走った空き地の回りには同僚たちや避難中の人たちが地面にたたきつけられて変わり果てていた。
◆津市玉置町1897、弁護士、山田寛さん(57歳)方。午前10時30分頃の空襲警報で、寛さんは家にいた妻千代さん(50歳)二女、幸子さん(22歳)=実践女学校教師=、四男、正武君(16歳)=津中4年=、五男、正国君(14歳)=津工業高校1年=の4人を庭の防空壕に退避させた。
自分は部屋に残ってラジオにかじりついていた。「敵大型機数目標、志摩半島を北上中」。その瞬間、両耳をなぐられたような衝撃とともに、窓ガラスが吹っ飛び、何も見えなくなった。近くの家が倒れる音にドーッという広範な地鳴りの音がまじる。砂煙の中を手探りで家族のいる防空壕へ入った。同時に家の前の通り、隣の家につぎつぎと爆弾が炸裂した。
離れて落ちる爆弾はズズーン、ドカーンと音が聞こえるが、至近弾はドドーッと地響きがするだけ。いつの間にか防空壕の一番奥に一家5人が頭を突き合わせてひとかたまり、地響きがするたびに抱き合って息を殺した。
自宅防空壕の中で息を殺していた山田寛さん一家5人は、4、5波の爆撃にも奇跡的に全員無事だった。防空壕の盛り土は爆風にとばされ、5人の頭上には竹格子があるだけだった。空はもうもうたる砂塵で夕暮れのように暗い。
見渡す周囲には家は一軒も建っていなかった。みんなホーッと深い息を吐いて床にペタンと座った。体中ほこりまみれの女の人が、防空壕をのぞき込み、わけのわからぬ声をあげて髪を振り乱して廃墟の町へ駆けていった。無事と思った家族の中で四男、正武君が背中に怪我をしていた。爆弾の破片が伏せていた正武君の背中をかすめて突き抜けていた。
(次回に続く)